第1話 超勇者と女神様の普段着生活
『ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……』
『パン』
「……む……」
(起きるか)
俺は普段通り目覚まし時計のアラーム音で目が覚めた。
時刻は朝8時。土曜日……のはず。
ヘッドボードに置かれているスマホに手を伸ばす。
10月13日(土)AM8:03
現在の気温 16℃ 晴のち曇
ぐずぐずしていると二度寝してしまいそうになるのを堪えて、飛び出すように上半身を起こした。
(寒いな)
10月の気温は、殺人的な暑さだった夏が幻だったかのように下がり、朝は少し肌寒い感じだ。
(そろそろ秋物をちゃんと出すかなあ)
薄手の長袖シャツに腕を通しつつそんなことを考えながら、脱いだ洗濯物をバスケットに集める。
どさっと洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。いつも通りの電子音がする。
ただ、その音はなんとなく懐かしい気もした。
21世紀の普通の生活は、やはり便利だと思う。
冷蔵庫を漁って、卵を1個とハム1パック。それからサラダ野菜のパック。冷凍庫からはラップで包んだ食パン1枚。戸棚からティーバッグを1つ。
とりあえず湯沸かしポットで湯を沸かし始める。
IHコンロにフライパンを掛けて、ハムエッグを作り始めた。
並行して、電子レンジで食パンを温める。温まった食パンを、さらにオーブントースターで焼く。
お湯が沸いたところで、ティーバッグをカップに入れて紅茶を入れる。
焼き上がったハムエッグを皿に、そして野菜サラダを付け合わせに盛り付ける。ドレッシングは市販のイタリアン。
フライパンを流しに放り込むと、少し手間のかかった朝食タイムだ。
テレビをつける。
旅番組か、女性タレントが豪華な内装の部屋で食事をしている。
こっちは一人寂しくハムエッグとトーストの朝食。
まぁ、上を見れば切りがないし、下を見ても切りがないし。
そんなことを思いつつ、黙々と朝食を済ませた。
食器を洗って片付ける。
皿、カップ、箸、そしてフライパン。
フライパンはコンロで加熱して油を引いておく。
アラサー男の少しの拘り。
フライパンを冷ましている間に、キッチンと食卓を綺麗に拭く。
いつの間にか洗濯が済んでいた。一週間ぶりの洗濯、だがそれほど量はない。
一枚一枚しわを簡単に伸ばしながらハンガーに掛けていく。そしてベランダへ。
干し終わったところで部屋の掃除をする。と言っても掃除機で床を軽く吸って、棚の上とかをワイパーで拭いたら終了。
10時を回る頃には全部終わっていた。
すっかり冷めたフライパンを壁のフックに掛けて、俺はやる事がなくなってしまった。
(ああそうだ、郵便)
部屋の鍵を持ってサンダルをつっかけて、マンション1階へ。
ポストの中身はそこそこ入っていた。
部屋に持って帰って、一つずつ確認していく。大半はチラシの類だった。
(まったく無駄だよな、こういうの)
心の中でため息を漏らしつつ、全部ゴミ箱行きになった。
そして今度こそ、俺はやる事が全くなくなってしまった。
TVをぼうっと眺めながら、時間が過ぎていく。
もうすぐ11時だ。
今日はどうやって過ごすか、まるでプランはなかったのだが、ふと思い出した。
(そうだ、少しキャンプ用品とか見に行きたいんだった)
今日の予定がこれで埋まった気がした。
そうとなれば、出かけついでにいろいろ買っておこうと思い立つ。
俺は立ち上がり、ストック棚をチェックし始めた。
少なくなっている物をメモ帳に書き込んでいく。
それから、あった方が便利そうなキャンプ用品を、思い出しながら書き連ねていった。
リストがあらかたできた頃、玄関の方で物音がした。
「亮輔ー、いるのー?」
玄関の方から女性の呼び声がする。
続いて足音がして、キッチンのドアが開いた。
「いたいた。もう、いるのなら返事くらいしてよね」
ドアを開けて現れたのは、ギリシャ神話にでも出てきそうな白い衣装に身を包んだ若い女性だった。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してたからさ」
俺は彼女に顔を向ける。
「考え事? で、何書いてるのそれ」
彼女が俺の手元を覗き込むようにして尋ねる。
「ああ、買い物リスト。家で使う物と、今後の討伐にこっちから持っていく物をな」
「こちらの物ってあっちに持ち込めるのかしら?」
彼女の表情が訝しげになる。
「あちらの服とかこっちに持ち込んでるわけだし、できそうな気はするんだよ。試してみる価値はあるかなと」
「ふうん」
「それに、野宿するのに便利な道具がこっちにはいっぱいあるからな。使えるなら使いたい」
「なるほどね」
「そんな訳でティルテ、今から買い物に出るんだが一緒に来るか?」
「行く行く」
ティルテと呼ばれた女性は表情を変え、目を輝かせてコクコクと首を縦に振る。
「じゃあ、着替えて来てくれ」
「わかったわ」
寝室の方に引っ込んだ彼女。しばらくすると、現代風の服に着替えて出てきた。
濃いブルー系のチェック柄ワンピースに、白いカーディガンを羽織っている。髪は後ろをシンプルなバレッタで留めてハーフアップ、すっきりとした印象だ。手には茶色のスエードパンプスがあった。
「どう? おかしくない?」
「よく似合ってる、と思う」
「なんだか微妙な言い方よね? それ」
「い、いや正直女の子の服はよくわからないしな」
俺は彼女と入れ替わるように寝室に入り、クローゼットから上着を引っ張り出して羽織った。白の襟付きコットンシャツにパーカーとジーンズ、靴はコンバースというありきたりな組み合わせ。そんなだからファッションがどうとか聞かれても答えに窮してしまう。
ともかく、そんな二人で街に繰り出すことになった。
目的のアウトドアショップは駅ビルの中にある。ついでに昼飯もそこらで食べてしまおうという考えだ。日用品の類はかさばるので帰りがけに、これもまた駅ビルの地下にある。
§
駅までは歩いて20分ほどの道のりだ。
駅に近づくにつれて徐々に人通りも増えていく。
中にはちらちらと彼女の方を振り向く男が、いや、女性でもたまに振り向く人がいる。
見た目が日本人離れしているせいか、やはり目立つんだなとか考えながら並んで歩いていると、彼女はいつの間にか後ろの方で立ち止まっていた。
俺も少し戻って彼女の斜め後ろに立つと、彼女はショーウインドーの前で熱心に服に見入っていた。しばらく見ていたが、満足したのか俺の方に振り向いて、元のように歩き始める。
駅までの道すがら、そんなことを3回ほど繰り返して、俺たちは目的のアウトドアショップにたどり着いた。
俺自身もアウトドアショップに入るのは初めてだった。
事前にネットで多少の知識を仕入れはしていたが、商品はどれもカラフルで目立つ。
リュック一つでもいろいろなサイズ、いろいろな形がある。ウェアもまた然りで、ティルテはまたしても熱心にあれこれいじり回しては見ている。
俺はというと、メモを片手に店員さんと相談する。
異世界の野宿でなにが困るかと言って、食料の調達と調理だ。
さすがに異世界に持って行くとは話せないが、持ち運びしやすさを優先して道具を選んでいく。とにかく、今のままでは火を熾すのも大変なのだ。
結局、調理用のガスバーナー一式と、それがすっぽり収まる鍋セット。
それから食器としてステンレスのマグカップ2個と折りたたみのスプーンやフォークなどを2人分。非常食としてフリーズドライのパスタやご飯物をいくつか。さらにエマージェンシーブランケットを買い込んだ。
ガスバーナーは出たばかりの新製品で、炎が外に出ないので風に強いという。燃料のガス缶が灰色で、渋く格好がいい。
会計を済ませたところでティルテがそばに寄ってきた。
「ねぇねぇ、テントとかいらないの?」
「あれはちょっとかさばるからな。それに、とっさに片付けできないしな」
「そうなんだ……」
少し残念そうな表情をするティルテ。気持ちは分からなくもないが、キャンプとは訳が違う。
あまり大物を持ち込みたくないというのもあるが、なによりカラフルすぎて目立ちすぎる。目立ちすぎて魔物どもに発見されてはまずいのだ。
§
ショップを出ると、午後1時に近くなっていた。
「さて、お腹も空いたし昼ご飯食べに行こうか。ティルテはなにがいい?」
「んーとね、私調べておいたお店があるのよ。オムライス?のお店」
「オムライスかー、そういえばここの上の方にあったなそんな店」
「それで、上に乗ってる卵がとろっとろで、ソースも自家製ですごく美味しいって。私オムライス食べたことないし、いいわよね?」
彼女の目がやたら輝いている……ように見えた。
「俺はかまわないけど。とろとろの卵とか、大丈夫か?」
「こっちの食べ物ってなんでも美味しいから、多分大丈夫だと思うわ」
「いや口にしたときの感じとか、そういう方の話なんだが」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
彼女はなんとしてもとろとろ卵のオムライスを食してみたいらしい。
まあ、本人がそう言うなら良いかと、俺たちはエスカレーターでレストラン階に向かった。
第1話、いかがでしたでしょう。
終始こんな感じで勇者と女神様の現代生活が続いていきます。
もし亮輔とティルテの事がお気に召されましたら、少しでもご評価いただけると作者喜びます。