40 陛下と寵妃とクリームあんみつ②
『お、ようやく帰って来たな、姫さん!』
『お帰り、ディアナ……グランマーレは楽しかった?』
月の離宮に着くと、珍しく一緒にいたクトゥグァとクトゥルフが、門まで出迎えに来てくれた。馬車から降りたディアナは、荷物を抱えてにっこりと微笑む。
「うん! とても楽しかったわ。アルテミシア皇女殿下にも会えたし、美味しい海鮮料理がお腹いっぱい食べれて、幸せだった! グランマーレ帝國の料理の味付けって、私の前世の世界で住んでた国の料理とすごく似てるのよ。だから、とても懐かしい感じがしたわ」
『おいおい、前世で食った物のことまで覚えてるのか? 前世も後世も、姫さんは相変わらず食い意地が張ってるな』
『業が深い……』
「い、いいじゃないの覚えてたって! そんな風に言うんなら、持って帰ってきたグランマーレの美味しいお土産、食べさせてあげないんだから!」
『はあ!? それとこれとは話が別だろ!』
真っ赤にした顔をぷいと背けてしまったディアナに、二人の精霊達は慌ててすがりついた。
『ずるいぜ、姫さん! こっちで大人しく留守番してたら、土産を持って帰るって約束しただろうが!!』
『お土産食べたいお土産食べたいお土産食べたいお土産食べたい……!!』
「わわ、分かった、分かったから! ちょっと待って、これは作らないと食べられない物なの。ルシウスはどこ? 手伝ってもらおうと思ってたんだけど」
二人の話ではキッチンにいるとのことなので、向かうことにする。途中で畑にいたニグラスと、いつの間にか離宮に戻って中庭で蜂蜜酒を飲んでいたハスターに声をかけた。続々と出迎えてくれる離宮の精霊達にも、ただいまを言っていく。
ようやくたどり着いたキッチンで、ルシウスはいつもどおりの従者服の上にフリル付きのエプロンをかけ、蓋つきの四角い容器を作業台の上に並べていた。ディアナに気がつくと、にこやかに振り向く。
『ーーやあ、ディアナ。おかえり。元気そうで安心したよ。あれ? ディートリウスは一緒じゃないのかい?』
「ただいま、ルシウス! 陛下は、まだ会議が終わらないらしいの。陛下がここに来る前に手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかしら?」
『ああ、もちろんだよ。何をするんだい?』
ディアナは抱えていた荷物の中から、白い植物のような物の束を取り出した。
「最近、暑くなってきたでしょう? だから、〝あんみつ〟を作りたくて、グランマーレ帝國から材料の天草を持ち帰って来たの! 作り方は教えてもらったから、料理の得意なルシウスに手伝ってもらおうと思って!」
『〝あんみつ〟……? ふぅん、僕の知らないお菓子だな。そういうことなら、お安い御用だよ。それじゃあさっそく、二人で作ってみようか』
「うん! クトゥグァ達の分も含めて、たくさん作るわよ!!」
〝あんみつ〟を作るには、なんと言っても寒天が必須だ。ディアナが持ち帰ってきた天草は、寒天を作るために使われる海藻の一種で、下処理が済んだ物を乾燥させているので、すぐに調理に利用出来るようになっている。
「まず、たっぷりのお湯を沸かしてお酢を入れたら、天草を煮込んでいくの。トロトロになるまで煮たら布でこして、その液を冷やせばプルプルに固まるんだけど、このままだと味がしないから、砂糖を加えて甘さを出すのよ」
『砂糖か……ディアナ、それなら、シロップ漬けにした精霊果のシロップを使ってみないか? 甘さと一緒にいろんな色が着いて、とても綺麗だと思うんだ』
「いいかもしれないわね! じゃあ、何種類か色を変えて作ってみましょう。あとね、ミルクを入れて固めても、まろやかになってとっても美味しいのよ!」
ルシウスの扱うこのキッチンには、ディアナが前世の世界でも見たことのある調理器具がズラリと並んでいる。銀色のバットに色づけした寒天液を流し込み、ルシウスが呼んだ水の精霊達に冷やし固めてもらう。固まったら、ナイフを使って縦と斜めに線を入れて、菱形になるように切っていく。
「切れたら、全部の色つき寒天をボウルに移して、硝子の器に取り分けていくのよ。それから、この上に色んなものを豪華に飾りつけていくの!」
『なるほど。これは確かに、見た目も涼しげでとてもいいね。飾りつける食材には何を使うんだい?』
「〝あんみつ〟のあんは、餡子のことなの。これは、グランマーレから持って帰って来たわ。あと、白玉も! 他には、泡立てた生クリームとか、果物かしら。特に、真っ赤なさくらんぼは外せないわ!」
『了解。すぐに用意するよ』
ルシウスが上に盛り付けるトッピングの準備を手早く済ませ、ディアナがそれを盛りつけていく。硝子の器を透かして、色とりどりの寒天が煌めく様はとても綺麗だ。
「寒天は、硬く作って専用の器具を使って押し出すと、麺みたいになって、心太っていう別の食べ物にもなるのよ。黒蜜をかけて食べるのが大好きだって、アルテミシア皇女殿下が言ってたわ」
『おや、彼女に会えたのかい?』
「うん。とっても元気そうだった! ユグドラシルのクワのおかげで、輿の外にも出られるようになって、性格も明るくなったんだって。贈った時にはただのクワだったのに、すごく豪華に改良されててね、バルハムート帝国のリンドヴルム魔術学院に留学してるお兄さんに、改造してもらったんだって言ってたわ」
『ああ、なるほど! 彼のことか……』
「ルシウス、アルテミシア皇女のお兄さんのこと、知ってるの?」
『うん。彼とはちょっとした縁があってね。ーーそうだ、ディアナ。あんみつのトッピングなんだけど、これも一緒に乗せてみたらどうかな?』
ルシウスはいかにも何かを企んでいるような笑みを浮かべて、作業台に並べていた四角い容器を手に取った。ディアナに手渡して、開けてみるように言う。
『きっと、君が喜ぶものだと思うよ?』
「本当? 何かしら。もしかして、新作のケーキとか………………」
うきうきした顔でパカっと箱を開けたディアナは、しかし、中身を覗き込んだまま、固まってしまった。
本当に、瞬きひとつしないほど動かなくなったので、流石に心配になったルシウスが、おそるおそる声をかけた。
『あの……ディアナ?』
「……こ、これ……これ、って」
わなわな、身を震わせながら、ディアナは言葉を振り絞った。
「アイスクリームだあーーーーっっ!!?? ど、どどどうして!? どうしてコレがこの世界にあるのっ!? 私、今まで何度も食べたいと思って、バルハムート帝国でもグランマーレ帝國でも探し回ったけど、どうしても見つからなかったのに……! きっと、もう一生食べられないんだって諦めてたのよ!? なのに、どうして!?」
『異世界にいる僕の化身の一人が作り方を教えてくれてね。でも、瓶を振って作るのは大変だって思っていたら、グランマーレ帝國からの留学生の、アステルという女の子が、なんとアイスクリームを作れる魔術具を作ってくれたんだよ! その時、アステルを手伝ってくれたのが、アルテミシア皇女殿下のお兄さん、レアンドロス皇太子というわけ』
「へえーー! …………あれ? でも、どうしてルシウスはそのアステルさんと知り合ったの? 留学生ってことは、リンドヴルム魔術学院の生徒さんよね?」
怪訝に首を傾げるディアナに、ルシウスはふっふっふっ、と、不適に笑んだ。
『ーー実はね。君がグランマーレ帝國に行っている間、あそこにある学院街の一角に、お店を出したんだよ!!』
「ええっ!? お、お店って、何の!?」
『〝月の扉〟っていう名前の、ティーハウスだよ。初めは、作りすぎた保存食を使い切る目的で開いたんだけどね。お客さんも少しずつ増えてきて、ソレイユやロベルトや、レジーナも手伝ってくれてるんだ。それで、このアイスクリームを含めて、今度の学院祭には新メニューをバンバン出そうと思ってるんだ!』
「ソ、ソレイユや、ロベルトや、レジーナまで……!? ずるい!! 私抜きで、皆でそんな楽しそうなことをしてるだなんて、ずるいじゃないっ!!」
決めた! と、ディアナは拳を固めて天を仰いだ。
「私も、絶対に学院祭に行くわっ!! こうなったら、どんな手を使ってでも、ディートリウス陛下を学院祭に引きずり出してみせるんだからっ!!」
拳を突き出し、えいえいおーと盛大に時の声を上げる〝精霊王の寵妃〟ディアナ・リーリス・ゾディアーク。いつにも増して勇ましいその姿に、ルシウスはパチパチと拍手を送っていたが、しかし。
背後から不意に響いた低い声が、その場の全てを凍りつかせた。
『ーーほう、それは面白いな。私の愛しい寵妃は、一体、どんな手を使って、この私を引きずり出してくれるのだろうか……?』




