38 クリームソーダと傲慢王子②
ルシウスの言葉を受けてキッチンから現れたのは、ソレイユ、ロベルト、レジーナの三人だ。
彼等はヴィルヘルムが来る前からここにいて、ルシウスの手伝いをしてくれていたのだが、隠れて様子をうかがいたいと潜んでいたのだった。学院の関係者でないルシウスが相手なら、普段は話さないようなことも油断して話してくれるのではないか、というロベルトの目論みは大成功。そして、キッチンから出るなり、ソレイユが溜め込んでいた怒りを盛大に爆発させたのである。
「なんって傲慢な王子なのっ!? 何が、『彼女のことも、きっと変えてみせる』よ! 余計なお世話よ! 貴方の力なんか借りなくたって、アステルは今のままでも充分素敵な女性なんだからっ!!」
「ソレイユ、ソレイユ! 声が大きい……! 近くにおられたらどうするんだ! ーーそれにしても、レアンドロス皇太子に対するあの口ぶり、お二人の間には因縁じみたものがありそうだね」
「今さらですわ。因縁があるからこそ、仲がお悪いのでしょう。ですが、妙ですわ。グランマーレ帝國とアイアンノーツ王国は、技術開発国と素材産出国として協力関係を築いてきた間柄のはず。なのに何故、王子達の仲がこんなにも険悪なのか……お父様なら、何か知っておられますかしらね」
「どうしても何も、レアンドロス皇太子は静寂と孤独と合理性を好まれる方よ。ヴィルヘルム王太子のあの態度では、嫌われても当然だと思うわ。自分に自信があるからといって、同じ価値観を他人に押しつけるのは間違いよ!」
「寵妃選考の時の君も似たような感じだったよ。君も王太子も地の精霊の加護を受けている。地の力が心を歪ませると、あんな風になるんじゃないかな?」
「やめてーーっ!! 酷いわ、ロベルト! あの時のことは、もう言わないって約束したじゃないっ!!」
顔を真っ赤に絶叫するソレイユを尻目に、レジーナは優雅な仕草でカウンターに置かれた金貨の袋に手を伸ばした。
「ソレイユ。この袋の中の金貨でも数えて、少し落ち着きあそばせ。元王子の婚約者であるわたくしから言わせれば、自ら磨いてやろうというだけ、愛がありますわよ」
「あら、レジーナ。貴女、王子様と婚約していたの?」
「ええ。アルクハンブラ王国の第三王子、パディーシャ様と。寵妃候補に選ばれたことをきっかけに、婚約は解消致しましたけれど」
言いながら、レジーナは眼にも止まらない速さと正確さで、金貨を数えていく。一枚一枚数えているわけでもないのに、彼女の掌の中で、ひとりでに十枚ずつ積み上がっていくようだ。魔術を使っているのかとソレイユが尋ねると、レジーナは小さな鼻を鳴らして笑った。彼女の人差し指の爪の先から二つ目の関節までで、丁度、金貨十枚分の厚みになるのだという。
「アルクハンブラ王国といえば、言わずと知れた貿易大国じゃないか。不意にしてしまって良かったのか? 大商貴族のご令嬢である君には、ぴったりだと思うけどな」
「ファフニール商会の支部を建てて経営しろと言うのであれば、喜んで参りますわ。けれど、後宮に押し込まれるのは、性に合いませんことよ。王にではなく、国に嫁ぐ覚悟がなければ、王妃など務まらないことが、寵妃選考に加わって良く分かりましたの。わたくしには成したいことがありますし、他人のためではなく、自分のために生きたいのですわ。ーーだからこそ精霊王様は、わたくしには寵妃は務まらないと判断なさったのではなくて?」
碧い眼を光らせるレジーナに、ルシウスはそんなことはないよと苦笑した。
『務まらないとは思っていないよ。それは、今でもね。ただ、ディートリウスとの相性を考えた場合、君と彼とではお互いがお互いに干渉しなさすぎて、バラバラになりそうだなと思ったんだ。レジーナ。風のように自由な君にはきっと、君が君のままでいられる、空のように心の大きな男性がいい』
「そんな都合の良い殿方、おられませんわよ!」
金貨を数え終えたレジーナは、ぴっしりと一部の乱れもなくそれを並べてにっこりと笑った。
「流石、良い金貨ですわ。アイアンノーツ産の金は、別名、火龍の血と呼ばれ、この金で作られたADは他国の金貨の1.5倍の値で取り引きされるほど、良質なものですの。かつて焔の谷に棲みついていた火獣魔龍が、英勇、霧の賢者様に討伐されてその身を真っ二つにされた際、血飛沫を上げながら谷底に落ちた尾が、この国章にも刻まれておりますわ。血は金となり、鱗は鋼鐡となり、肉や骨は数多の鉱石となったと伝えられているーールシウス。わたくしは十万ADも出す気はありませんけれど、このクリームソーダという飲み物を、是非飲んでみたいですわ!」
「わたしも飲みたいわ! キッチンに隠れていた時からずっと楽しみにしていたの」
「僕も飲んでみたいです。炭酸は少し苦手だけど、王太子がまろやかになると仰っておられましたし」
『了解したよ。それじゃあ、少し待っててね』
ルシウスはキッチンへ入り、人数分のクリームソーダを作って戻ってきた。並んでカウンター席に座った三人の前にサーブする。
「地の精霊果で作ったラムネに、バニラアイスクリームが浮かべてあるのね! 赤いさくらんぼとの組み合わせが、とても綺麗だわ!」
「飲み物とアイスクリームの組み合わせも工夫できそうですね」
『そうなんだよ! でも、最初はやっぱり定番のメロンソーダとバニラアイスとの組み合わせを知ってもらおうと思ってね。ーーちなみに、このさくらんぼの茎を口の中で結ぶ練習をするとキスが上手くなるんだって、異世界の僕が笑いながら言ってたよ』
「ーーッ!!??」
「キスが……上手く……!?」
「それは……確かですの、ルシウス!?」
『うん。僕もやってみたけど、舌を上手く使わないと結べないからじゃないかなーー……って、真剣だね、君達』
ムグムグムゴムゴと、さくらんぼの茎を口に入れたまま、三人とも固く眼を閉じ、高位魔術を行使する時のように集中している。
やがて、ロベルトがカッと眼を見開いた。
「ーー出来た!!」
「わたくしも出来ましたわ!」
「…………舌を噛んでしまったわ」
『大丈夫だよ、ソレイユ。練習すればすぐに出来るようになるさ。はい、もう一個おまけしてあげる』
消沈するソレイユのクリームソーダに、新しいさくらんぼを乗せてあげる。今度こそはと、必死で頑張る婚約者の姿を愛おしそうに眺めていたロベルトは、ふと思い出したように、ルシウスに視線を向けた。
「ルシウス……ヴィルヘルム王太子のことですが、力の歪みが生じ、それに飲まれて暴走した場合、助けるには戦うしかないのでしょうか? ……その、寵妃選考の時のように」
ロベルトの言葉に、二人の元寵妃候補達はハッとしてルシウスを見た。
『そうだね。人間の魔力は、良くも悪くも感情の影響を受けて増幅する。だから、強い感情を抱きながら、抑圧し続けるのが一番良くないんだよ。しかも、あの王子様は火と地の精霊の加護を受けた優れた魔術師だ。大きな力を扱える者は、生じさせる歪みも大きい。力に飲まれて暴走した場合、戦って魔力を使わせるのが一番だ』
「でも、ヴィルヘルム王太子はアイアンノーツ王国の第一王子よ? 戦いを挑めるような相手ではないわ。しかも、彼は攻撃魔術の戦闘訓練では学年一の腕前と名高い方なの。例え戦えたとしても、返り討ちにされるのが目に見えているわ」
『……なら、やっぱり、彼女の力を借りるしかないか』
「彼女?」
『うん。そろそろ、バルハムート帝国に帰ってきてくれるはずなんだ。溜まって澱んだ悪い魔力を、凄い勢いで流してくれる、天衣無縫の我らが寵妃様がね』
「まさか……!? またディアナに戦わせると言うの!? 駄目よ!! そんな危険なこと、させられないわ!」
『違う、違う。彼女は、ただいてくれるだけでいいんだ。それだけで、歪んだ力の流れるべき方向を示してくれる。方向が定まったら、全力で対処すれば良い。ーーまあ、まだあの王子様が暴走すると決まったわけじゃない。僕等は、僕等がやるべきことをするだけさ』
ルシウスは微笑んで、パチン、と指を鳴らした。
途端、彼のいるカウンターの上から、垂れ幕のような紙が大仰に垂れ下がる。何かの計画書のようだ。
『というわけで! いよいよ来週に迫った学院祭の販売計画を説明するよ!! 美味しいクリームソーダを飲んだ君達は、当然、このお店の手伝いをしてくれるってことでいいよね!』
「えっ!?」
「そう来られますか……タダより高いものはないって、本当だね」
「無理ですわ! そんなこと、聞いておりませんわよ!! わたくしは、わたくしのティーハウスを切り盛りするので手いっぱいですわよ!!」
『じゃあ、僕の店の商品を君の店で売り出す話は無かったことに……』
「ーーと思いましたけれど、ティーハウスにはそれぞれ専属の店長がおりますから、大丈夫ですわ! 賃金は、ここにある金貨全て、と言いたいところですけれど、他でもないルシウスの頼みですもの。三分の二で手を打って差し上げますわ!」
「レジーナ! 君はまた!」
「ルシウスが相場を知らないと思って、堂々とぼったくるのはおやめなさい!」
仲良く言い合う三人の様子を見守りながら、ルシウスは今頃、飛空挺に乗って空の上にいるはずの〝精霊王の寵妃〟ーーディアナの事を思った。
『ーーそうだ。彼女にもアイスクリームを食べさせてあげよう。喜んでくれるといいな』




