34 恋話とシャーベット
「なあんですってーーーーっ!!??」
同日のティータイム。
アイスクリーム製造機の魔工技術登録を終え、〝月の扉〟にやって来たレジーナは、大興奮のソレイユから諸々の出来事を聞かされるなり、真っ赤になって絶叫した。
「レアンドロス皇太子殿下とヴィルヘルム王太子殿下が、アステルを巡って対立!? ソレイユ、その話は本当ですの!?」
「本当よ! だって、ヴィルヘルム様がアステルを伴侶にして国に連れ帰りたいと仰った瞬間、レアンドロス殿下が魔力を暴走させて、店中を氷漬けにしたのよ!? 表情には出されない方だけど、魔力を暴走させたことのあるわたしには分かるわ。あれは、絶対に焼きもちよ!!」
「まあーーっ!! 間違いありませんわっ! それはもう間違いありませんわーーっ!!」
ともに帝国屈指の大貴族の令嬢同士、普段はなにかと大人びている二人だが、こと恋愛事の噂話ーーいわゆる恋話に関しては年相応の少女らしく、頬を赤らめながら大盛り上がりしている。
そして、彼女達の座るテーブルの隣席では、ロベルトが蒼い顔でグッタリとつっぷしていた。
キッチンから顔を出したルシウスが、それを見て苦笑する。
『大丈夫かい、ロベルト?』
「すみません……ルシウス。ソレイユが昨日からずっとこの調子だから、疲れてしまって……」
『ああ、確かに、この手の話題は男の子にはちょっとねぇ』
「あいづちを打っていたら真剣に考えてと言われ……否定したら女心が分かっていないと噛みつかれ……黙っていたら話を聞いていなかっただろうと怒られ続けて……もう、どうするのが正解なのか……」
いくら学院の王子様と名高いロベルトでも、乙女の恋話はハードルが高すぎたらしい。
ルシウスは気の毒にと、銀のトレンチに乗せていた縦長のグラスをロベルトの前に置いた。
『はい、どうぞ。疲れた時には甘い物が一番だよ』
グラスの中身は飲み物ではない。丸く成形した三種類のアイスクリームのようだが、不思議な透明感がある。上から順番に薄桃色、桃色、濃い紅色とグラデーションになっていて、とても綺麗だ。
見るからに冷たそうなスィーツに、死んだ魚のようだったロベルトの瞳が、明るい空色を取り戻した。
「何ですか、これ!? すごく綺麗ですね……! アイスクリームに似てるけど、材料が違うんですか? 瑞々しい感じがしますね」
『〝シャーベット〟って言うんだよ。アイスクリームが作れたんだから、これも作れるだろうって、またまた異世界の僕が教えてくれてね。見様見真似で作ってみた試作品なんだけど……おや』
テーブルの向こうに眼をやると、先ほどまで話に夢中になっていたはずの二人が、キラキラした眼をこちらに向けていた。
『えっと……二人も食べるかい?』
二人の顔がこくこく、と同時にうなずく。
「ルシウス、お願い! 今すぐに食べてみたいわ!」
ルシウスは、はいはいと笑いながらキッチンへ行き、数分も経たないうちに戻ってきた。トレンチに、先ほどとは盛り付けを変えた、翠緑と黄金色をした二つのシャーベットを乗せている。
『ソレイユにはメロン……に似た地の精霊果、レジーナには柑橘系の果実に似た風の精霊果のシャーベットだよ。使う果実の種類や組み合わせによって全然違う味になるから、食べ比べてみて欲しいな』
こくこくとうなずいて、二人は同時にスプーンを口に運び入れた。
「んんーーっ!! 美味しいっ! シャリシャリして、でも滑らかで、アイスクリームとはまた別の食べ物ね!」
「本当に! しかも、使う果実によって味が違うので、食べ飽きませんわね! ルシウス、このシャーベットというもの、わたくしのお店でも是非メニューに取り入れたいですわ!」
『構わないよ。とはいえ、アイスクリームの材料を果物の果肉と果汁に変えるだけだから、そんなに手間はかからないんだ。今度の学院祭にも出そうかなと思ってるんだけど』
初夏の学院祭。
それは、年に二回、夏と冬に行われるリンドヴルム魔術学院の学院生達によるお祭りだ。その日の授業は全て休みになり、学院街には出店が並び、様々なイベント事が行われる。
勉学から解き放たれた生徒達はひとときの自由な時間を思い思いに満喫するのだ。
「アステルには良いチャンスかもしれないわね。普段は校則が厳しいから、男女で仲睦まじく過ごすだなんてとても出来ないけれど、この期間だけは規制が緩むもの」
「甘いですわ、ソレイユ。そのせいで、それまで抑圧されていた恋愛欲求が一気に高まるのですわよ。まして、相手は学院の四王子のうちの御二人。周りはライバルだらけでしてよ? グランマーレの留学生達がアステルを襲った件はわたくしも耳にしましたけれど、あれは、学院祭に向けての牽制であると思いますわ」
レジーナの言葉に、なるほどとソレイユはうなずいた。二人の話に素直な疑問を抱いたルシウスは、自分用に作ったシャーベットをパクつきながら質問した。
『そもそも、この学院はどうしてそんなに恋愛事に関する校則が厳しいんだい? 学生生活に、恋愛事はつきものだろう?』
「……ちょっと言いにくいのだけど、前皇帝陛下と前皇妃様の影響なのよ」
ソレイユの言葉に、ルシウスは意外がった。怒らないで欲しいのだけど、と断って、彼女は話を続ける。
「前皇妃様は、珍しくも平民の出でありながら、その強大な魔力量と聡明さによって、リンドヴルム魔術学院への入学が許された特別な方だったわ。その上、同じ学級におられた前皇帝陛下に見初められ、精霊王に認められて〝精霊王の寵妃〟として皇宮に迎えられた。この夢のような物語は、たくさんの吟遊詩人達によって歌われ、物語になり、国中のーーいえ、友好国も含めて、全ての乙女の夢になったのよ。レジーナ、貴女もその一人よね?」
「お恥ずかしながら、そうですわ。また、平民の出身でありながら、寵妃の役目を立派に果たされた前皇妃様は、この国に産まれた女性の価値を恐ろしく高めてしまったのですわ。結果、リンドヴルム魔術学院にはたくさんの王皇族や貴族の令息達が、留学生として詰め寄せるようになった。魔術の習得のためという目的の裏には、あわよくば優秀な花嫁を見つけて自国に連れ帰り、側室にしたいという目論見があるのですわ。過去には、力づくで強引に事を運ぼうとする殿方もいたらしいんですの。だからこそ、校内での恋愛事は御法度。婚約者同士のソレイユやロベルトでさえ、並んで廊下を歩くことすら許されない。ーーまあ、人目を忍んで何をしているかは知りませんけれど?」
ひょい、と小さな肩をすくめてみせるレジーナに、ソレイユの顔がボンッと音を立てるかのごとく真っ赤になった。
「なっ!? なななななにもしていないわっ!! ねえ、ロベルト!?」
「慌てすぎだよ、ソレイユ」
『ふーん……あの二人をくっつけたことで、そんなことが起こっていたんだ。ちっとも知らなかったよ』
賑やかな三人を見つめながら、ルシウスは少し消沈した様子で呟いた。前皇妃も前皇帝も、その息子であるディートリウスも、そんな話は一言も言っていなかった。
ーーいや、恨み言を言うわけではない。それまで、ルシウスが関心を持っていなかったから、話題にのぼらなかっただけの話だろう。
思えば、こんなにも人間に関心を持ち、彼等の営みに近づきたいと思ったのは初めてのことなのだ。もしかしたら、それは、新たな寵妃ディアナに授かった愛名、ナイアルラトホテップという邪神が持つ特性ゆえなのかもしれない。
スプーンを咥えたまま黙り込んでしまったルシウスに、ソレイユは慌てた様子で言った。
「ーーべ、別に、御二人の仲をくっつけたことには何も問題はないのよ!? だから、そんなに落ち込まないで、ルシウス!」
「そうですわ! 結果として、周りにそういう影響を及ぼしただけという話ですのよ! 帝国最高のロイヤルウェディングですもの、誰とくっつけようが、何らかの影響は出るものですわ!」
『分かってるよ。ありがとう……落ち込んでるわけじゃないんだ。ただ、ちょっとアステルのことが心配になってね。最近、あの子の周りで力の歪みを感じるんだよ。力が歪んでいるという事は、心が歪んでいるということだ。その歪みがどんな形で現れるかは、正直なところ、僕にも分からない。ーーまあ、あの子にはクトゥグァの祝福印があるから、危ない目に遭っても精霊達が助けてくれるとは思うけど。出来ることなら、もうあんな目には遭わせたくないと思ってね』
「大丈夫。授業以外は、出来る限り一緒に過ごすようにするわ。七ツ星学級のわたし達が一緒にいれば、相手も滅多な真似は出来ないでしょう」
「そうですわね。なにしろ、か弱い乙女に大人数で魔術を行使するような臆病者達ですもの。七ツ星学級の優等生を敵に回すほどの度胸はないと思いますわ」
「僕も、精霊騎士候補生として、昨日のような事件は二度と起こしたくはない。他の候補生達にも、不穏な動きを見逃さないよう声をかけておくよ」
だから安心して欲しい、と三人の魔術師達は微笑んだ。
本当に強い子達だ、とルシウスは思う。力の歪みが人間の心体にどんな影響を及ぼすか、あの寵妃選考の一件で身をもって知っているはずなのに。
彼等の眼には、一片の恐れも見られない。
『ありがとう。ーーでも、君達も危ない真似はしないようにね。僕は、君達のことも同じように、大切に思っているんだから』




