表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
精霊王は剣と魔法の異世界でスローライフを満喫したい!
91/122

33 ふわふわスフレのアイスクリームサンド②




寮を出たときには薄暗かった空も、すっかり陽が登って明るくなっていた。


確か、休日は研究室を使うと言っていたことを思い出し、アステルは学院街を抜けてキャンパスへと戻ることにする。朝食時の今、授業もないのにキャンパスをぶらついているような生徒はいない。人気のない廊下を歩きながら、バスケットの表面に薄い霜がついているのに気がついた。バスケットの材質は藤蔓ふじづるなのでさほど冷たくはない。


「そういえば、アイスクリーム製造機の外装は鉄だから、すごく冷たくなってた……蓋も、霜がついて開けにくい時があるし、熱伝導率の低い別の素材に変えた方がいいかもしれない。あと、こうやって持ち歩くための保冷容器や、作ったアイスクリームを入れておくための容器も必要だし……どうしよう、作りたいものがいっぱいありすぎて、楽しいっ!!」


父の命令でも、授業の課題でもない。


自分の作りたいものを、作りたいように作ってもいいのだと考えると、胸の中がムズムズして、楽しくて嬉しくて、仕方がなくなる。


もう、出来ることなら丸一日、部屋にこもって魔術具を作り続けていたいーーそのために必要な物は、自由に使っていいと言ってくれたのはレアンドロスだった。そのことも含めてお礼を言わなければ。


目的の研究室に着き、アステルは扉をノックする。


「レアンドロス殿下、アステルです」


ーーしかし、いくら待っても返事がない。


それほどまでに落ち込んでおられるのだろうか。心配になり、鍵を使って扉を開け、中をのぞいてみた。室内は薄暗く、カーテンも閉じ切っている。


「……陛下、まだ来ておられないみたい。どうしよう、寮にある殿下のお部屋にまで押しかけるわけにはいかないし」


そんなことをすれば、殿下直属の従者達が黙ってはいないだろう。仕方がない、メモを残して、バスケットを置いていくしかないかと思ったその時、先ほど聞いたクトゥルフの言葉を思い出した。


「たしか、池の畔のベンチでよく本を読むって……行ってみようかな」


駄目もとかもしれないけれど、もとより覚悟の上なのだ。アステルは廊下を引き返し、回廊から中庭に出て、池へ続く遊歩道をたどっていった。確証はないのに、不思議と会えるような気がしていた。そんな予感は的中して、意中の相手は、あっけないほどすぐに見つかった。


薄紅色の扇子状の花を咲かせる合歓ねむこずえの下に、その人影を見つけた。碧く輝く水面を背に、レアンドロスがベンチに座って本を読んでいる。


近づいていくと、足音に気がついたのか、うつむいていたその顔が持ち上がった。


深い藍の瞳がアステルを捕らえる。


「ーー君か、どうした。断りに来なくても、研究室なら好きに使ってかまわないぞ」


「あ、ありがとうございます。えっと……でも、今日は、そうではなくて……」


「……?」


「アイスクリームを作って参りました。昨日は、その、きちんとお礼が出来ませんでしたから……」


レアンドロスは表情を変えずに、アステルが差し出したバスケットに視線を向けた。


「わざわざ、持ってきてくれたのか」


「は、はい。どうしても、殿下に食べて頂きたかったんです。だって、殿下が手伝って下さったおかげで、完成したんですから」


「……僕のおかげ、か」


またあの瞳だと、アステルは思った。長い睫毛を伏せた影の中で、藍の瞳が悲しげに揺れる。差し出したバスケットを見つめたまま、レアンドロスは受け取ろうとはしなかった。


「……殿下?」


「君は、怒っていないのか? 昨日、ヴィルヘルム王太子が言っていたことは正しい。本当は、完成させるべきでなく、助言だけを与えるべきだった。だが、僕は、君の書いた図面を見ているうちに、我慢が出来なくなってしまった。早く、この魔導具を完成させて、動かしてみたいーーそんな欲求に勝てなかった。気がついたら、制作に夢中になってしまっていた」


レアンドロスの両手がそっと伸びる。バスケットを受け取るかに見えた彼の掌は、持ち手を握ったアステルの両手を優しく包み込んだ。


「……っ!」


「銅製の容器の研磨作業……加工機器を持たない君は、手作業で行っていたのだろう? こんなに傷だらけになるまで、懸命に製作に打ち込んでいた努力を、踏みにじるような真似をしてしまった」


言葉とともに、レアンドロスの掌から淡い光が零れる。日差しに揺れる水面のように、碧く美しい光だった。長時間ヤスリを使ったせいで、細かな傷がたくさんついていたアステルの指先は、光が消えた頃には、傷ひとつ見当たらなくなっていた。


アステルは、ハッと息を飲む。


「か、いふく、魔術……」


目の前で見たのは初めてだった。回復系の魔術は他の魔術と違って、生まれついての素質があるものにしか使いこなせないと言われている。しかも、無詠唱で行使するだなんて。目を丸くするアステルを、レアンドロスは暗い瞳で見つめた。


「君が昨日、他の留学生達に嫌がらせを受けたのも、僕に原因がある。人目も気にせずに学長室へ同行したり、研究室に招いてしまったのを見られていたらしい。不用意だった。僕は君の助けになどなっていない。嫉妬と憎しみを魔術に込めてぶつけられるなど、そんな目に遭わされるのは二度とごめんだろう。ーーもう、僕に関わるな」


「恐れながら!!」


「……!」


「そんなのは全部、殿下の憶測です……! 私は、殿下に感謝しています。行き詰まって困っていた時、殿下が御力を貸して下さって、とても嬉しかった。今まで知らなかった素材を知ることが出来たことも、見たこともない高い製作技術を間近で見れたことも。冷却容器を作って下さったことだってそうです。お爺様がいなくなってから、私はずっと一人きりで魔術具を作ってきましたから、誰かと一緒に、力を合わせて何かを作り上げることの楽しさを忘れてしまっていたんです。このアイスクリーム製造機は、殿下と、〝月の扉〟の皆で作り上げたものです。だから、私は、怒ってなんかいません」


反射的に言葉が飛び出していた。一度堰を切った気持ちは止められず、一気に言い切る。皇太子である彼の言葉を、真っ向切って否定したのだ。不敬だと処罰されてしまうかもしれない。けれど、レアンドロスに誤解をされたまま、あんな風に、悲しい眼をされるのはもう嫌だった。


はあはあと、肩で息をするアステルに、レアンドロスは二、三度瞬いた後、「……そうか」と、静かに立ち上がった。アステルの手から、バスケットを受け取る。


「良ければ、君も一緒に食べて行かないか。この場所には、他の者は滅多に近づかない。見られる心配はないだろう」


「えっ!? で、でも……!」


手を引かれ、ベンチに招かれ。気がつけば、もう後には引けない状態になっていた。ええい、ままよ、とアステルは腹をくくる。アイスクリームを食べたレアンドロスの反応を見たいのも、正直なところだ。


バスケットを開け、冷却容器を取り出す。


「〝月の扉〟のルシウスさんと作ったんです。あまり、甘すぎるものはお好みでないかもと思いまして、アイスクリームに水蜜桃を混ぜてみました。冷たく冷やしたスフレ生地にはさんであるので、スプーンを使わなくてもーー」


いい、と言いかけて、アステルは硬直した。自分が、とんでもない間違いをしでかしてしまったことに気がついたからだ。急に固まってしまったアステルの顔を、レアンドロスは怪訝にのぞき込んでくる。


「どうした?」


「す、すすすみません!! 私、うっかりして……あの、これは、手で持って食べる物なんです……! でも、殿下はサンドイッチなんてお召し上がりになりませんよね? た、大変、失礼致しました……!」


よくよく考えてみれば、こんな場所で物を食べる事自体、嫌がられるかもしれない。かたや皇族、かたや落ちぶれ貴族。産まれと育ちの差をひしひしと感じてしまう。顔を赤くしたり、蒼くしたりを繰り返すアステルを、無言で眺めていたレアンドロスは、つ、と白い手をのばし、アイスクリームを挟んだスフレを手に取った。


「ーーそれは、君の憶測だ。皇宮にいた時も、サンドイッチは良く作らせていた。従者達にはあまりいい顔はされないが、研究室にこもって、作業をしながら食べるのには便利だからな。逆に、テーブルについて一品ずつ食べていくような、時間のかかる食事は好まない。サンドイッチは合理的でいい」


「ほ、本当ですか……? 私も、魔術具を作りながら、よく食べていました。行儀が良くはないですけど、そうでないと、食べること自体忘れてしまうので」


「そうか。僕と同じだな」


レアンドロスはスフレに挟んだアイスクリームを興味深げに見つめたあと、ぱくっと齧りついた。


そして、すぐさま眼を見開く。


「これは美味しい……! すごいな。アイスクリームと言ったか、こんなに美味しい物が、あの魔術具を使えば簡単に作れてしまうのか?」


「そ、そうなんですよ! 材料を入れて、ボタンを押すだけです。元々は、冷たくした瓶に液を入れて振って作る方法を、ルシウスさんが教えてくれて、なんとか魔術具に出来ないかって、お願いされて作ったんです」


「アイスクリームを包んでいる、このふわふわと柔らかいものも、とても美味しい。凍らせた桃のみずみずしい甘さと、シャリっとした口触りによく合う!」


レアンドロスの藍の瞳がキラキラと輝いている。無表情であるはずのその表情が、ぱっと明るくなったように見え、アステルは戸惑いながらも、喜んでもらえたことを嬉しく思った。


手に持っていたそれを、たちまちのうちに食べ切ってしまったレアンドロスは、二つ目に手を伸ばそうとして、ハッとした様子で固まった。


「す、すまない……! 僕としたことが、一人で楽しんでしまった……」


「えっ!? い、いえ、いいんです! もともと、殿下に喜んで頂きたくて作ったんですから!」


「……ありがとう」


素直に二つ目を手に取ったレアンドロスに微笑んで、アステルも手を伸ばす。口いっぱいに頬張ったアイスクリームのスフレサンドは、レアンドロスの言うとおり、とても美味しかった。冷たいアイスクリームが口の中でとろけ、フワフワしたスフレに包まれていく。そこに、シャクシャクした水蜜桃の食感が加わって、それを楽しむうちに、あっという間に食べ終えてしまった。


「美味しい! 本当に、美味しいですね!」


「なんだ、君はまだ食べていなかったのか。僕が言うのもなんだが、たくさんあるから好きなだけ食べるといい」


「あ、ありがとう……ございます」


思わず、夢中になって食べてしまった……!!


恥ずかしさのあまり真っ赤になるアステルを、レアンドロスは静かに見つめている。光の加減か、錯覚か、その藍の瞳がほんの少しだけ細まって見えた。


水蜜桃のアイスクリームスフレサンドを、二人でお腹いっぱい楽しんだ後、ルシウスが持たせてくれた飲み物を手に取った。中身は冷たいミントティーで、すうっと清涼に喉をすべり落ちた後、ほんのりと甘い。


「ーーそうだ。さっき、殿下を探していた時にアイスクリーム製造機の改善点を思いついたんです。今のままでは、外装の鉄まで冷気が伝わって凍りついてしまうので、外装は熱伝導率の低い別の素材に変えてみようかと」


「そうか。実は、それについては僕も思うところがあった。素材もそうだが、デザインもだ。今の鉄の卵のままでは、あの店に置いた時に違和感がある。もっと親しみやすいような形に改善すべきだ」


「な、なるほど! 言われてみればその通りです。熱循環のいいようにと、効率性ばかりを追い求めてしまっていました! 道具は使う人のことを一番に考えないといけないのに……! ルシウスさんに可愛がってもらえるようなデザインに、作り直します!!」


拳を握りしめ、今にも研究室に向かって走り出しそうなアステルに、レアンドロスはポソリと言った。


「……なら……僕と一緒に作るか? 今度は誰にも見つからないように……君が良ければ、だが」


「……! は、はいっ、是非!! 実は、他にも作りたい物がたくさんあるんです! 作ったアイスクリームを保存しておくための冷凍庫に、溶けないように持ち運ぶための冷却箱! あと、この間、殿下が〝月の扉〟の店内を氷漬けにされたのを見て思いついたんですけど、冷却基板と風の基盤で、部屋全体を冷たく冷やせる魔術具が作れないかなって……殿下?」


「…………アステル嬢……いくらなんでも、そんなにたくさん、一度には作れない……っ、はは……!」


「ーー!」


アステルは言葉を失った。


レアンドロスがーー笑っている。クスクスとした小さな含み笑いから、しまいには身を折って楽しげに笑い声を立てる彼の姿が、信じられなくて、眩しくて、ただただ見惚れてしまった。美しい氷の彫刻が、血の通った人間になった瞬間だった。幼い少年のように屈託のないその笑顔は、初めて目にしたはずなのに、不思議と懐かしい心地がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふぃひひひひひひひひ(得体の知れない笑い) 良いぞぉ、レアンドロス殿下の氷がちょっとずつ溶けてきてるの良いぞぉ…ッ!! まぁアステル嬢とか、後は一応月の扉の面々とか? そう言う一部以外には今…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ