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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
精霊王は剣と魔法の異世界でスローライフを満喫したい!
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23 月の扉の逆襲



蒼穹に高く、三時ティータイムを告げる時鐘が鳴る。


それを合図に、演習場やキャンパスから飛び出した生徒達が、戦場に雪崩なだれ込む戦士達のごとく、我先に学生街へ駆け込んでいく。数多の令息、令嬢が着衣の乱れにもかまわず街中を走り、必死になってレモネード売りを探し回るーーそんな光景が、すっかり見慣れたものになっていた。


数日前、幻のように現れて、その後、ぱったりと姿を消してしまった、謎のレモネード売り。


意匠の凝らされた瓶の美しさ。冷却基盤を使った氷のような冷たさ。そして何より、中身のレモネードの爽やかな酸味と豊潤な甘味。


身体中を風が吹き渡るような清涼感と、飲み終わってもなお消えることのない馥郁ふくいくたる香りは、舌が肥えているはずの生徒達をすっかりとりこにしてしまった。


まだ飲んでいないものは是非一度、一度飲んだものはもう一度、幸運にも何度も飲んだことのあるものは、羨望の眼差しを注がれる。幻のレモネードは、もはやただ喉を潤すための飲み物ではなく、生徒達のステータスの一つになっていた。


何としてでも手に入れたい。


いくら払っても、どんな手を使っても。


そんな、すれ違う生徒達の会話を聞いていたソレイユが、不敵な笑みをますます深める。


「この時を待っていたのよ.…! 機は熟したわ。敵陣に乗り込むわよ。皆、覚悟はいいわね?」


金蜜色の波打つ髪をなびかせ、威風堂々と学生街を行くソレイユとともに進むのは、ロベルト、レジーナ、アステルの三人だ。


ロベルトとレジーナは満面の笑みでうなずいたが、ただ一人、アステルだけは不安気な顔で、ソレイユを見上げた。


「ソレイユ、あの、本当に私でいいんでしょうか……?」


「当たり前じゃない! 貴女がやるからこそ、レアンドロス皇太子にとって大きな意味があるのよ。大丈夫、サポートはしっかりするわ。ねぇ、レジーナ?」


「勿論ですわ! わたくしの裏をかいた不届きな皇太子様を、ぎゃふんと言わせてやりますわ! そして、真の権利者であるアステルと、親友であるこのわたくしの力で、夏場の冷却魔術具市場を牛耳ってやるのですわよ!! オーッホッホッホッ!!」


「君には本当にその笑い方が似合うね。ーーレジーナ、アステルの親友になるのはいいけど、利用するだけ利用して、いらなくなったら突き放すなんて真似をしたら、君のところの商会関連の建物が、軒並み火を噴くぞ。彼女に祝福印を授けた火の精霊は、友情や愛情を重んじるからね」


「わ、分かっていますわよ! ご心配なく。金が切れても縁は切るなというのが、お父様の教えですわ。アフターフォローもしっかりいたしますわよ」


正しいようで、やっぱりどこかズレているレジーナの言葉にロベルトが苦笑する。その時、隣を歩いていたアステルが、意を決した面持ちでレジーナに言った。


「あの、レジーナ。貴女にお願いがあるんです。発明品に関する利権のこと、授業では基本的なことしか習わないの。どんな抜け道があるのか、もっと私に教えてもらえないでしょうか?」


「もちろん、いいですわよ。それで? 報酬はいかほどかしら」


「レジーナ! 言ってる側から君は!」


「ロベルト。対価があるからこそ、そこには責任が生まれるのですわ。わたくしが納得するだけの報酬を頂けるのなら、教えるだけと言わず、アステルの知的財産権を狙うあらゆる者から、大いなる財宝龍ファフニールの翼の下で庇護いたしますわよ」


レジーナの碧い瞳が、自信に満ちた強い光をたたえてアステルを見つめる。アステルは真剣な面持ちで耳を傾け、そうしてここ数日の間、ずっと考えていたことを口にした。


「私は魔工技士です。考えて、思いついて、作ることしか出来ません。それに夢中になってしまうから、他の事までとても考えが回らない。だから、出来ることならレジーナに、作った物をどうするかをお任せしたいんです。もう二度と、こんな悔しい思いをしなくて済むようにして下さい。もちろん、月の扉で使うことを優先させて頂きたいですけどーー」


「充分ですわよ!!」


パァッ! っと、レジーナが輝くような笑顔を浮かべる。


「ご安心を! わたくしに任せて頂ければ、必ずや巨万の富を築いてご覧に入れますわ! 細かな契約内容は追って詰めていきましょう。アステル、貴女の家の傾きを直すどころか、床を持ち上げて増築して差し上げますわよ!!」


「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします……!」


ウィンクひとつ、差し伸べられたレジーナの掌を、アステルが握りしめた時、ソレイユが足を止めた。目的の場所に着いたのだ。


学生街の、中央広場に面した一等地に店を構える、白亜の高級ティーハウス〝白鳥の首飾り(アルビレオ)〟。


帝都の一級店ばかりが軒を連ねる学生街の中でも、飛び抜けて良質かつ希少な茶葉を扱うこの店は、七ツ星学級(プレアデス)の生徒のみに入店を許された特別なティーハウスだ。


帝国の未来を担う優秀な人材である彼等に、不自由なくいこいの時間を過ごしてもらいたいという学院側からの配慮なのだそうだが、二ツ星学級(ダブル)から七ツ星学級(プレアデス)に昇級したばかりのアステルにとっては、中に入るどころか近づくことさえ躊躇(ためら)ってしまう場所である。


グランマーレ帝國の皇太子であり、七ツ星学級(プレアデス)の魔工技術科に所属しているレアンドロスは、凪いだ水の如き静謐せいひつを好み、騒がしい場所を何よりも嫌う。ソレイユやロベルトによると、一人の時間を大切にされるため、付き人も好まれないという。そして、三時ティータイムの休み時間には、必ずこの店の二階席で、グランマーレ産の翠緑茶を飲みながら、一人でゆっくりと読書を楽しまれるのだとか。


「さ、行くわよ。皆で貴女の発明品を取り戻しましょう!」


豪華な店構えに尻込みするアステルの手を、ソレイユが優しく引いて、中へとうながしていく。


「わ、あ……!」


白亜の緑門アーチを潜ったアステルは言葉を失った。


純白の大理石がふんだんにあしらわれた店内は広く、どこかの国の王宮のようだ。中央部の床には星空に翼を広げる巨大な白鳥が描かれ、天井からは何灯ものクリスタルシャンデリアが下がって、部屋の隅々まで明るく照らしている。


店内では七ツ星学級の生徒達が、各々に好みの席に着いて寛いでいたが、アステル達の来店に小さなざわめきが走った。彼等の視線はアステルに向けられる。そのうちの何人かには見覚えがあり、以前の召喚実技訓練に参加していた生徒達や、同学級のクラスメイト達だと気がついた。


昇級に伴い、アステルが七ツ星学級の授業を受けるようになって数日経つ。しかし、アステルはいつも授業が終わると同時に足早に教室を去り月の扉へ駆け込むので、友達はおろか、誰かとまともに会話を交わすことさえ出来ていなかった。レアンドロスもクラスメイトの一人だが、彼はアステルになど眼もくれない。彼の方から話しかけて来たのはあの日の一度きりだ。もし、彼からすすんでアステルに謝罪し、冷却基板の登録を取り消したなら、今日のこの作戦は決行しない予定だった。


しかし、冷気をまとった氷の彫像のような彼からは、そんな気配は微塵みじんも見られない。


ソレイユ達とともに螺旋階段を上がり、二階席へと向かいながら、アステルはぎゅっと拳を握りしめた。


基盤の登録を忘れていたのは、確かにアステル自身のミスである。しかし、月の扉の皆に迷惑をかけておきながら、平然と無視をする彼の態度には、正直、腹が立っていた。


「皇太子殿下はあそこよ。あの、奥の席」


ソレイユが指差す先。店の作りは円形で、中央は吹き抜けになっており、二階席からは一階部分を見下ろすことが出来る。レアンドロスは階段から最も離れた席に着いていた。


ソレイユとロベルト、レジーナはそれぞれ別の席につき、アステルだけが彼のいる席へと向かっていった。


テーブルを挟んで、向かい立つ。


相変わらず、隙のない美しい容姿だ。グランマーレ特有の青みがかった真っ直ぐな黒髪が清水のように肩から流れ落ちている。しばらくして、アステルの存在に気がついたレアンドロスは、紙面に落としていた視線を上げ、薄い唇を開いた。


「ーー誰かと思えば、君か。何か、言いたいことがありそうな顔だな」


「……先日、殿下が登録された冷却基板の魔工技術登録を、取り下げて下さい。権利を奪われたことでレモネードが売り出せなくなって、月の扉の皆が困っているんです。お願いします。今回のことは、確かに私の不注意です。でも、だからといって他の人の発明を盗むのは、間違っていると思います」


出来る限り、声を抑えてアステルは言った。レアンドロスは初めにアステルに向けた顔のまま、一切表情を変えることなく、冷たく言い放った。


「断る。どんな手を使って来るかと思えば、全くもって下らないな。そのような綺麗事を並べただけで、他人に奪われた権利が戻って来ると思っているのか? 誰がどう困ろうと、僕の知ったことか」


「ーー分かりました。では、致し方ありません」


アステルは眼を閉じ、深く息を吸い込んで、声を張った。


お腹の底から、この店内にいる皆に聞こえるように。


「まあ!! あの幻のレモネードの冷却瓶を作られたのは、レアンドロス皇太子殿下だったのですね!? どうして急に販売をやめてしまわれたのですか!? 私、一度でいいから飲んでみたかったんです! お願いします!! どうか、もう一度、レモネードを売り出して下さいっ!!」


「……突然、何を言い出す。僕はレモネードなど」


「それは本当でございますの、アステル!!」 


レアンドロスの言葉をばっさりと断ち切って、シトロンイエローのドレスローブを優雅にひるがえし、レジーナが参戦する。


「レアンドロス皇太子殿下! わたくしはファフニール商会を経営致しますボルレアス・リュクセン・ファフニール当主が娘、レジーナ・フォン・ド・ファフニールと申します! 失礼ながら、今のお話を聞かせて頂きましたわ! あのレモネードは、うちの商会でも取り扱いをと思っていたのでございますの!! 是非、是非、ファフニール商会と独自契約を結んでいただきたいですわ!!」


レジーナがよく通る声で朗々と言い、そしてすかさず、近くの席に着いていたソレイユとロベルトが大仰に驚いた。


「今の話を聞いた? ロベルト! 謎に包まれたレモネードの売主が、レアンドロス皇太子殿下だっただなんて! あの素晴らしい細工の瓶は、確かにグランマーレの技術に違いないわ!」


「なるほど。あの売り子も、グランマーレ製の自動人形だったのか! 幻のレモネード、僕はまだ一度も飲んだことがないんだ。皇太子殿下にお願いして、譲って頂けたらなあ!」


立て続けに放たれた彼等の言葉に、店内の生徒達は我先に席を立った。生徒達が向かうのは、二階席におわすレアンドロス皇太子殿下だ。彼の周りにはたちまち人だかりができ、店内は彼にレモネードの再販を求める声で溢れた。


「上手くいった……!」


アステルはレアンドロスが慌てているうちに、人混みをすり抜けてこっそりと退散する。ソレイユ達と合流し、〝白鳥の首飾り(アルビレオ)〟を出て学院街へ。大通りを歩きながら、出来る限り大きな声で再び噂を流した。


レモネードの冷却瓶を開発し、販売していたのは、レアンドロス皇太子殿下だと。今、〝白鳥の首飾り(アルビレオ)〟にいる彼に頼んで、こっそり一瓶分けて頂く約束をしたのだと。


すれ違う生徒達は次々と振り向き、〝白鳥の首飾り(アルビレオ)〟に向かって走り出していく。ついに明らかになったレモネードの売主。この噂は、あっという間に学院中を駆け巡るだろう。レモネードを求める生徒達はレアンドロスに殺到する。彼の嫌いな喧騒に囲まれる日々が幕を開けるのだ。


これで当分の間、一人で優雅にお茶を飲みながら読書を楽しむことは出来なくなる。


ーーこれは、逆襲である。


いくら彼が困ったとしても、反省するまでは絶対に助けてやるものかと、月の扉の面々はほくそ笑んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 権利、法律関係が上手く書いてあって感嘆のため息を出しました。 [一言] おいおい、やるじゃねーかψ(`∇´)ψ めちゃくちゃ簡単な、でも物凄くイライラするやつですね〜笑 次回のレアンドロス…
[気になる点] レジーナの碧い瞳が、自身に満ちた強い光をたたえてアステルを見つめる まるで自分だけを見ているスーパーナルシストのように…w 自信、ですね [一言] やりやがったwww まぁ、自分達が出…
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