19 黄色い王女のご来店①
カロン、カロン、とドアベルが鳴り、〝月の扉〟の店内に、売り子達が続々と帰ってくる。空っぽになった手押し車を見て、ルシウスは満足気にうなずいた。
『今日も、全部売り切れたみたいだね。明日からは、もっと売り子を増やしてみようかな?』
真珠色の髪に、碧玉の瞳。外見だけはルシウスと瓜二つな売り子達は、なにを隠そう、簡易に生み出したルシウスーー無貌の邪神、ナイアルラトホテップの化身達である。現在の化身達の数は十二人。自己意識はなく、〝レモネードを販売する〟という命令にのみ従って動く、自動人形のようなものだ。
ルシウスの言葉を聞きつけたソレイユが、レモネード用のシロップを煮詰める手を止めてキッチンから顔を出した。彼女とロベルトはあれから毎日、レモネード作りのために三時の休み時間になると手伝いに来てくれている。
「ルシウス。売り子の数を増やすのはいいけれど、そろそろ棚の蜂蜜酒が底を尽きそうよ? 月の離宮にはまだ作り置きがあるのかしら?」
『うーん。あるにはあるけど、流石にこれ以上くすねると、ハスターにバレちゃうかもしれないね。僕の力で作った偽物でも並べておこうかな……あれ? そう言えば、アステルはまだ来ていないのかい?』
「ええ。寮に荷物が届くから、取りに行ってからここに来ると言っていたわ。例の、アイスクリーム製造機の部品が出来上がったんじゃないかしら」
『ああ、そうか。銅製の冷却容器を、帝都の業者に頼んでいたんだっけ。それくらいなら、僕の力で作っても良かったんだけど……』
「それだと、確実に怪しまれますよ。ルシウス」
ソレイユの後ろから、ロベルトが顔を出した。
「彼女、魔術具や素材加工については、とことん詳しい専門家ですからね。下手に手を貸すと、必ずどこかでボロが出ます」
『それもそうだね。ーーそもそも、僕は人間に手を貸すのはあまり好きじゃないんだ。ソレイユにも叱られたけれど、加減が難しいからね。良かれと思ってしたことが、思わぬ不幸を招いてしまうこともある。……でも、時々、出会ってしまうんだよ』
ルシウスは言いながら、売り子達の手から売上金を受け取っていく。全て集め終わると、さっと右手を振り払った。売り子の姿は、手押し車ごと煙のように消えてしまう。
『ディアナや、君達や、アステルもそうだ。助けてあげたい、力になりたいと思う人間ーー精霊と通じ、信頼を築き、魔法の力を扱う才能のある者達にね。人間と精霊を繋ぐ、その絆を絶やしたくないと僕は思っている。魔術は確かに人間にとって便利だろうけれど、精霊達を、人間が望みを叶えるための道具にして欲しくはないんだよ』
「精霊王様! 精霊達を道具扱いなど、そのようなことは、断じてありません!!」
「その通りです! この学院でも、精霊達は何よりも敬うべき存在であると教えられています!!」
血相を変えて跪き、深く首を垂れるソレイユとロベルトに、ルシウスは慌ててかぶりを振った。
『こらこら、二人とも。畏った真似はやめてくれ。アステルに聞かれたらどうするんだい? 大丈夫。まだそこまで、人々の心は歪んではいないよ。でも、学院街にいると時折、感じるんだ……大きな力が歪む予兆をね。この帝国に染みついた、魔力実力主義の考え方もその一つだ。ディアナが寵妃になったことや、クトゥグァがアステルに祝福印を授けたことが、変革のきっかけになればいいんだけどね。ーーさて、二人とも。難しい話はここまで。レモネード作りは休憩して、お茶にでもしようか』
ルシウスはにっこりと微笑んで、二人をテーブルへと誘った。お茶を淹れる時、ルシウスは力を使わない。その方が、同じお茶でも美味しく仕上がるのだという。
ソレイユは、彼女の好む地の精霊花の花茶がカップに注がれていくのを眺めながら、ふとアステルの名を呟いた。
「アステル・リュクス・ベルクシュタインーーかつて、グランマーレ帝国にその人ありと謳われた、宮廷魔工技師ディアボルト・リュクス・ベルクシュタイン博士の孫娘。確かに、彼女は二ツ星学級に置いておくには勿体ないわ。このレモネードの瓶に取り付けた冷却基盤も見事な技術だけれど、それよりも、彼女の向上心は尊敬してしまうもの」
「僕もそう思う。彼女、毎日のように改良した基盤を持ってくるからね。物作りにかける情熱は、七ツ星学級の魔工技術科の生徒達よりも、遥かに勝ると思うよ」
やっぱり、彼女はディアナに似ているね、とロベルトは出されたお茶に口をつけた。
「ディアナが寵妃に選ばれたことで、魔力実力主義派の魔術師貴族達の立場は確実に揺らいでいる。あの召喚実技訓練をきっかけに、アステルの学内評価が上がれば、ディアナが学院に戻って来た時に、僕等と同じ七ツ星学級への所属が認められるかもしれない。ーーもしかして、クトゥグァがアステルに力を貸したのはそのために?」
『彼のあの様子を見てもそう思うかい? 無理無理! 火の精霊はそこまで考えて動けないよ。たまたまそうなっただけ!』
ルシウスが顎で指した先に、日当たりの良い庭に面した一等席を陣取り、気持ち良さげに昼寝をしているクトゥグァの姿があった。それもそうですね、とロベルトが苦笑した時、ドアベルが鳴り、意外な人物がドアの向こうから現れた。
左右に垂らした金の巻髪に碧い瞳。絹のような髪からシトロンイエローのドレスローブの裾に至るまで、キラキラと輝くアクセサリに飾られた、小さなお姫様のようなその風貌。
『おや、誰かと思えば。次のお客さんは君かい、レジーナ』
「あ、貴方は精霊王様っ!? 一体これは、どういうことですの? ソレイユ様、ロベルト様、あなた方までどうしてここに……!?」
「話せば長くなるわ。レジーナ、わたしにもロベルトにも敬称はいらないから、どうぞ、ソレイユと呼んで頂戴。丁度、お茶をしていたのよ。貴女も一緒にどうかしら?」
席を立ち、同席を勧めるソレイユに、レジーナは碧い双眸を丸くしたままで答えた。
「そ、それは、とても嬉しいお誘いなのですけれど……その前に、聞きたいことがあるのですわ! この、蜂蜜酒の香りのするレモネードについてですの。これの売主は、もしや、貴方なのですか!? 精霊王様!!」
『レジーナ、僕のことはルシウスと呼んでくれ。ここに通っている女の子がいてね、彼女には、僕の正体は内緒にしてるんだ。レモネードについてだけど、売主は僕だよ。離宮で作った蜂蜜酒と、風の精霊果の果汁を煮詰めて作ってある。でも、蜂蜜酒を使っていると良く分かったね?』
「精霊果!? つ、使っているのは檸檬ではないのですか!? 信じられませんわ……こんなに素晴らしいグラヴィール彫刻と、冷却基盤が仕込まれた瓶を使っている上に、中身は風の精霊果の果汁と、ハスター様の蜂蜜酒で作ったレモネード……それがたったの300D!? どうして!? 何故!? どういうことですのーーっ!!??」
『ハスター? ーーレジーナ、まさか君は……!』
ショックに震えるレジーナの言葉に、ルシウスが表情を曇らせたその瞬間、彼女のドレスローブの袂から、一羽の鸚鵡が飛び出した。けたたましく喚き散らしながらルシウスへと襲いかかる。その小さな羽ばたきは、驚くほど大きな旋風を巻き起こした。
『そんなことはどうでもいい!! ルシウス……ッ!! よくも俺の蜂蜜酒を盗んでくれたな、ただで済むと思うな!!』




