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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
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7 父との対峙




「ーーまさか、お前が選ばれるとはな」


そう零す父の表情は険しい。


久しぶりに間近で見るその相貌は、相変わらず嫌味なほどに整っている。不惑ふわくはとうに超えているはずだが、どう考えても三十路か、下手をすれば二十代の後半にしか見えない。力のある魔術師は年齢が外見に出にくいというが、父ほど顕著な例は珍しいだろう。


さらに、ただ造形的に美しいだけでなく、切れの長い眼の眼光の鋭さには、歴戦の中を戦い抜いた戦士を彷彿とさせる凄みがある。高い位置から私を見下ろす双眸は冬の空のような冴えた蒼色で、長く伸ばした銀灰色の髪を、後ろで美しく結えている姿が懐かしく思えた。最後にこうしてまともに言葉をかけられたのは、いつぶりだろうか。


こうして、まともに私のことを見てもらえたのは。


父から視線を注がれることに慣れていない私は、どうしていいか分からずに、ただただ動揺した。


話したいことはたくさんあるはずなのに、ひとつも言葉にならない。発することで、ようやくこちらに向いた父の興味を削ぐことが怖かった。また無視されることが。捨て置かれることがーー慣れているはずなのに、怖くてたまらなかった。


父の背後には、父の配下の宮廷魔術師団ソフィストが控えている。父を含め、全員が壮麗な刺繍と細工の凝らされた式典用の正装導衣を着揃え、その中には、第二席であるソレイユの父の姿もあった。


完全に失念していた。


花摘みの儀のことで頭がいっぱいで、考えが回っていなかったのだ。


〝精霊王の花摘み〟は国を挙げての一大行事。精霊王が手ずから行う儀式となれば、高位官職に就く父が関わっているのは至極当然の話である。


純白の花嫁衣装に身を包んだ私を前に、父は一体、どんな反応をするのだろう。


ーーいや、そんな期待を抱いてもきっと無駄だ。父はきっと、私のことなど、どうでもいいはず。


たとえ、見ず知らずの皇帝陛下のもとへ嫁ぐことになろうと……でも、もしかしたら流石の父も、少しは私のことを認めて下さるだろうか。


魔力がなくても、魔術が使えなくても、こうして〝精霊王の寵妃〟に選ばれた私なら。


父は蒼い双眸を冷たく光らせたまま、無言を貫いていたが、ーーやがて、根負けしたように口を開いた。


「……名誉なことだ」


「……! あ……ありがとうございます!」


生まれて初めてだった。


そんな言葉をかけてもらえたのは。


胸の中に、素直な嬉しさがこみ上げてくる。しかし、次に父が見せた氷のような表情に、全てがぬか喜びだったのだと悟った。浮かべようとした笑顔をどうすることもできず、そのままいびつに、頬を引きつらせてしまう。


父は、感情の一切こもらない声で告げた。


「……だが、辞退しろ。理由は、お前が一番良く理解しているはずだ」


「あ……」


ズクリ、と胸が痛む。


父の言葉はいつもこうだ。めったにかけてくれないくせに、贈られる言葉は、私を傷つけるものばかり。


父にすがろうとする手を、払い除けるためのものばかり。


「……は、はい。私も、そのつもりでここに……でも」


『はい、そこまで! 困りますね、アンブローズ師長。そんな怖い顔をして、僕の可愛い主を怖がらせるのはやめて下さいませんか?』


明らかに軽薄で挑発的な言葉に、父の片眉が不快そうに大きく持ち上がった。


私の視界は白いものに塞がれる。


ルシウスだ。


それまで私の傍に控えていたはずの彼が、父の前に立ち、庇い立ってくれたのだ。


『いいですか。彼女は、彼の者に選ばれし乙女、〝精霊王の寵妃〟です。いくら貴方がこの国の偉い人でも、口出しなど出来ないはずですよ』


「ルシウス、駄目よ!」


彼の行動に、嬉しくも蒼ざめた。いくら守護精霊ガーディアンでも、帝国の重鎮を前にそんな真似をすれば、護衛魔術官にねじ伏せられてしまう。


ハラハラしたが、後方に控えている護衛魔術官は誰も動こうとはしない。私の言葉に怪訝な顔をするだけで、その眼はルシウスの姿を捉えてもいないようだ。


「ーーもしかして、他の人には貴方の姿が見えていないの?」


『限られた人間にしか見えないかな。ーーでも、彼には見えているよ。ねぇ、アンブローズ師長? 貴方も宮仕えの身なら、分かるでしょう。僕は精霊王様の御使いなんです。彼女を皇帝陛下の元に連れて来いと言われたんですから、お連れしないと。それに、こんな所で門前払いしたって、意味ないですよ? 今度は、家ごとここに突っ込んで来るかも。魔力溢れるそういう(場所)ですからね、ここは』


父は、言いたい言葉を全て嘆息に封じ込めたようだった。酷く忌々(いまいま)しそうな顔で、ルシウスを睨みつけている。


「お父様……私、本当は辞退を申し上げるつもりで、ここへ参りました。しかし、今は魔力の無い自分が選ばれた理由を知りたいとも思っております。ですから、きちんと陛下にお会いして、お話ししたく存じます」


父は確かに言ってくれた。名誉なことだと。


〝精霊王の寵妃〟に選ばれた私が、誉れだと言ってくれたのだ。


だからーーもしも、私が選ばれた理由が、納得できる正当なものであったなら。魔力があろうがなかろうが、私はこの任を受けたいと思う。


そして、誠心誠意、精一杯に勤め上げてみせる。


他人に何を言われようが関係ない。父が私のことを見てくれるなら、娘を誇りに思ってくれるのであれば。


ーーそれだけでいい。


「決めたのは俺でなく、お前だ。そのことを忘れるな」


「ーーはい」


「……お通ししろ」


隅々まで巧妙な彫金細工に覆われた巨大な扉は、魔術的な機能をも兼ね揃えている。父の一言で、見上げる高さの扉がひとりでに動き、私のために道が開かれる。


……また、一度も名を呼んで下さらなかった。


ルシウスにエスコートされ、謁見の間へ進む私を、父はもう、振り返ろうともしなかった。


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