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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
精霊王は剣と魔法の異世界でスローライフを満喫したい!
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8 焔炎の祝福②




アステルの詠唱が演習場に響き渡った時、奇妙なことが起こった。


先に召喚されていた火属性の精霊達が、いっせいに身を屈め、頭を下げたのだ。


ーー平伏。


七ツ星学級プレアデスの生徒達の数名が、精霊達の行為の意味を悟った瞬間、アステルの頭上で、太陽の光をまともに眼にした時のようなまばゆ閃光ひかりが弾けた。


演習場を金色こんじきに染め上げる光の中にいながら、アステルには頭上に現れたものの姿をはっきりと見ることが出来ていた。


金に煌く炎の衣をまとった女神だった。


灼炎の髪をなびかせ、紅玉石ルビーの眼をした紅い裸馬にまたがっている。


驚きに眼を見開くアステルに向かい、彼女はたおやかに手を差し伸べてきた。


それに誘われ、同じように手を伸ばしかけたアステルだが、クトゥグァが、火の精霊は触れられることを嫌うのだと言っていたのを思い出し、差し伸べるだけにとどまった。


触れ合う代わりに、言葉を贈る。


「ーー現れて頂いて、感謝致します。もう、怖くありません。もう、大丈夫です」


差し伸べた右手の、火傷の痕が温かな熱を持っていた。女神は微笑み、アステルの手の甲にそっとくちづける仕草をし、その姿を消した。


全てが、夢のようだった。


「……!」


召喚は成功したのだと理解した瞬間、どっと汗が噴き出した。


ペタン、とその場に腰を抜かしてしまったアステルに、すかさず、二人の生徒が駆け寄って、肩を貸してくれる。


目前で揺れる金蜜色の髪は、ソレイユだ。


もう一人の生徒はロベルトで、彼はアステルの顔を覗き込み、身体に異変がないかどうかを尋ねた。女子生徒憧れの王子様の顔が、すぐ近くにあることが不思議だった。


まだ、頭の中がぼうっとしている。


二人は茫然としたままのアステルを魔術紋の外へと連れ出し、七ツ星学級担当の教授の指示を仰いだ。教授はアステルを興味深そうな視線で見つめ、あり得ないことだ、と思案げに呟いた。


「しかし、そういうことが、まれにこの国では起こる。ーーアステル・リュクス・ベルクシュタイン。君は、グランマーレ帝國からの留学生だったね。体調が回復したら、学長室に来るように。ジブリール君、アデルハイド君。彼女を医務室へ運んでくれるか」


「ーーえっ!?」


二人は快くうなずいてくれたが、アステルはひたすら恐縮した。


「そ、そんな! 七ツ星学級(プレアデス)の方に、ご迷惑をおかけするわけには……!」


「そんなこと、気にしなくていいよ。あんな高位精霊を呼び出したんだ。身体に負担がかかるはずだよ。さあ、こっちに」


ロベルトがふわりと微笑んでーー遠巻きの生徒達から黄色い悲鳴が上がったが、本人は全く気にせずにーーアステルを優しくリードした。鞄を背負い、二人に連れられて演習場を後にしたアステルは、医務室への道すがら、気になっていたことを尋ねた。


「あの、さっきの高位精霊って……?」


「月に精霊の娘ーー巫女がいるように、太陽にもその力に仕える巫女がいるの」


淡々と答えたのはソレイユだ。


「さっき、貴女が呼び出したのはその一人。この国では暁の乙女と呼ばれる高位精霊よ。まかり間違っても、あんな術文ひとつで召喚出来る精霊ではないわ。貴女、一体何をしたの?」


ソレイユの大きな翠緑の双眸が、鋭い光を宿してアステルを見据えている。物腰柔らかなロベルトとは違い、ソレイユの言葉には疑惑の意が込められていた。


「え、ええと、そ、その……わ、私にもよく分からなくて、き、気持ちを込めて呼んだら、その、た、たまたまだと思います……!」


「ソレイユ、彼女を責めるようなことじゃないだろう? こうして触れていれば分かる。おかしな魔術具のたぐいはつけていないし、魔術薬を使った気配もしない。魔力の流れは正常で、間違いなく彼女自身のものだ。何の違反もしていないよ」


「別に、責めたりしていないわ! ただ質問しただけじゃないの!」


憮然と言い放つソレイユに、ロベルトはやれやれと苦笑する。


「ごめんね、悪気はないんだ。ただ、ソレイユは何でもはっきり言い過ぎるところがあるから」


「いいえ、大丈夫です……二ツ星学級(ダブル)の私なんかのために、こうして授業時間を割いてくださっているんですから、とても優しい人ですよね?」


「ーー!」


アステルがそう言うと、ソレイユは翠緑の瞳をいっぱいに見開いた。ただでさえ見目美しいソレイユの頬がさっと薔薇色に染まり、間近で見たアステルは思わず見惚れてしまった。


くすくすと、ロベルトが楽しそうに笑う。


「ソレイユをこんなに照れさせるなんて、やるね。ディアナと出会って以来かもしれない。君はどことなく、彼女に似ている気がするよ」


「ディアナ……確か、〝精霊王の寵妃〟に選ばれたという、あの? そんな、彼女はかの宮廷魔術師長アンブローズ様のご令嬢です。落ちぶれ貴族の私なんかとは、全然違いますよ……」


「確かに似ているわ。その無駄に自虐的なところや、こっちがびっくりすることを、さらりとやってのけてしまうところとか、そっくりだわ」


「あ、あはは……」


「ソレイユ! ーーあれ、君のその右手、どうしたの?」


「右手?」


ロベルトに指摘され、初めて気がついた。いつの間にか、右手の親指の付け根から人差し指にかけて、金の唐草のような紋様が浮かんでいる。かと思えば、すうっと皮膚に吸い込まるように消えてしまった。


「今のは、焔炎の祝福印だ。ベルクシュタイン嬢、これをどこで?」


「焔炎の祝福……。あっ! もしかしたら、火属性の魔術が得意な元冒険者の魔術師の方に元気づけてもらったんですけど、その時に祝福を与えてあげると」


「その魔術師は人間だろう? 祝福印が刻めるのは、精霊だけだ。高位の精霊が、自分が眼をかけている人間だから、力を貸すようにと願いを込めて印すものだと言われている」


「精霊……? すみません、心当たりはそれくらいしかなくて。その人はすごい魔術師で、術文も唱えずに上位の火精霊を呼び出して、意のままに操ってしまうんです。だから、その時の精霊に印してもらったのかもしれません」


「ふぅん……」


「ちょっと待って。何かひっかかるわ、何か……ベルクシュタインさん、その魔術士とどこで出会ったの?」


「どこって、えっと、ま、街で……」


「どこの街? 街のどこで?」


「えっと、えと、あ、あの……学生街の……!」


言いかけて、ハッと口を噤んだ。最高位学級の二人に〝月の扉〟のことが知られてしまったら、たちまちのうちに噂が広まって、上位学級の生徒達に占領されてしまうだろう。


そうなったらもう、下位学級の自分は店に近づくことすら出来なくなる。


実際、学生街にはそういうティーハウスが沢山ある。アステルが初めて〝月の扉〟を見つけた日、街をぶらついていたのは、他の店に入らなかったのではなく、入ることが出来なかったからだ。下位学級の生徒が上位学級の生徒達の縄張りに足を踏み入れようものなら、たちまち冷笑と嘲笑を浴び、追い出されてしまう。


どうしよう、と返答に詰まるアステルに、ソレイユはますます怪訝な眼差しを向けた。


「どうしたの? 答えられないような場所なのかしら」


「…………ご」


「ご?」


「ごめんなさーーい!!」


「あっ! ちょっと待って、どこへ行くの!?」


「ベルクシュタイン嬢! まだ無理をしては駄目だって!」


慌てる二人の声を背に、アステルは生まれて初めて廊下を全力疾走した。


「せめて、せめて霧の賢者シリーズを全巻読み終わるまでは……!!」


あの不思議なティーハウスのことは、絶対に秘密にしておかなければならない。



            ❇︎❇︎❇︎



アステルが大慌てでその場を立ち去った後、ソレイユとロベルトはポカンとした顔で、彼女の立ち去った方向を見つめていた。


ーーが、ややあって、ソレイユが叫んだ。


「滅茶苦茶、怪しいわ! 彼女を追いかけるわよ、ロベルト!」


「えっ? ち、ちょっと、ソレイユ! 淑女レディがドレスローブをひるがえしちゃ駄目だって!」


しかし、こういう時のソレイユは、下手をしたらディアナよりも大胆な行動力を発揮するのだ。勇猛果敢に前進する彼女の背中に、ロベルトの声は届かない。


「全く、僕の婚約者はおてんばなんだから……」


ロベルトはやれやれと嘆息し、魅力的にひるがえる純白のドレスローブを追いかけた。


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