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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
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48 昼下がりの珍事




桃薔薇の寵妃……まさか、ソレイユが偽物の寵妃だというのだろうか。


アルテミシア皇女殿下を見送った後、私は彼女の残した言葉を繰り返し考えていた。


それが本当なら大変なことだ。


帝国の伝統をおとしめるばかりか、ディートリウス陛下までも愚弄ぐろうする行為。何より、精霊王様がお許しになられないだろう。


だから、何もおとがめがないということは、何かの間違いだということだ。


そもそも、ソレイユが寵妃候補に選ばれない方がおかしい。


宮廷魔術師ソフィスト副師長の娘であり、若干十六歳にして宮廷魔術士候補生に名を連ねる優秀な魔術師である彼女は、恵まれた才能を持ちながら、真面目で、努力家で、何よりも誇り高い。彼女は他の寵妃達のように、自分の力を高めるために精霊達を捕らえて力を奪うなんてことは、絶対にしないだろう。


いつの間にか、選定に残っている寵妃候補は、私とソレイユの二人だけだ。


そのうち、どちらかが真の寵妃に選ばれるのだとしたら。


「間違いなく、ソレイユね……」


初めから、分かりきっていたことだった。


謁見の場で、寵妃候補に選ばれた彼女を見た時から。


「ーーさてと。落ち込んでないで、畑仕事に戻らないと! まだまだ植えなきゃいけない種が、たくさんあるんだから!」


パンッと両手で頬を叩く。


わざとらしい独り言だと思いつつ、足早に畑に戻った。なんでもいい。心の奥にじわりと滲んだ、寂しく、冷たいものを振り払いたかったのだ。


今はまだ、もう少し、ここでの生活を楽しんでいたい。


畑に着くと、その一角に集まっていたクトゥグァ達が、興奮した様子で私を呼んだ。


どうして騒いでいるのかは、遠目からでも一目で分かった。


「な……何これ!? いくらなんでも、育ちすぎじゃない!?」


樹だ……!


いや、樹というよりは蔓に近いのだろうか。鮮やかな緑色の、ジャックと豆の木に出てきそうな特大の植物が、高々と天にそびえ立っている。しかも、よく見れば先端には二枚の葉が。ということは、これはまだ芽なのだ。


さっき、いきなり生えてきたんだよ、とクトゥルフ。


『お前が調子乗って水やりしすぎたせいだろうが、クトゥルフ!』


『何でもかんでも僕のせいにしないでよ。馬鹿の一つ覚えみたいにさ。ああ、クトゥグァは馬鹿だから仕方ないのか』


『ンだとコラ!!』


『ーーやめろ、やかましい』


ーーと、いつも通りのやりとりをする旧支配者グレート・オールド・ワン達三名を見つめながら思う。


クトゥルフ神話の邪神達が世話をしているのだ。何が生えてきてもおかしくはないと。


「どうしようかなあ……どんな風に育つのか、見てみたいような気もするけど」


ちょっと怖いような気もするし、と考えあぐねていたら、離宮の門の方から私を呼ぶ声が聞こえた。


よく通る、澄んだ声音ソプラノだ。


「この声……ソレイユだ!」


駆けつけると、そこには美しい翠緑の杖とバスケットをたずさえた、笑顔のソレイユがいた。純白のドレスローブに、金蜜きん色の髪をまとめて結い上げ、ピンク色の薔薇のコサージュを飾り付けている。


前に会った時と違い、顔色も良く元気そうだ。


「ソレイユ……! よかった、元気そうで。心配してたんだよ」


「ディアナ。この間は、取り乱してしまってごめんなさい。あれから、精霊達を見ることにも慣れて、ずいぶん落ち着いたの。今日は、皇宮の厨房をお借りして、お菓子を作ってみたのよ。たくさんあるから、みんなで食べてね」


ソレイユはそう言って、手に持ったバスケットを差し出した。クロスに包まれているのは、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子だ。バターと蜂蜜の香りがふわりと広がる。


「ありがとう! 今、みんなで畑を作って、精霊界の植物を育ててるの。守護精霊のルシウスが、お茶やお菓子を作るのが得意でね。精霊花を使ったお茶がすっごく美味しいんだ。もしよかったら、一緒にどう?」


「精霊界の植物でお茶を? すごい、是非飲んでみたいわ! でも……いいの?」


「当たり前じゃない! ここのみんなにも、ソレイユのことを紹介させて!」


この間は、門前で出会った金色の蚯蚓みみずの姿の精霊に驚いてしまったせいで、しそびれてしまったのだ。ソレイユの手を引いて離宮の中に招いた私は、中庭にみんなを集めて彼女を紹介した。


「私の友達のソレイユよ。彼女にも、精霊みんなのことが見えるの。困っていたら、力を貸してあげてね」


ドンドンパフパフと、精霊達から歓迎の声が上がる。クトゥグァ、ハスター、クトゥルフの三人の精霊獣のことも紹介して、ルシウスにお茶を淹れてもらい、ソレイユの手作りお菓子をみんなで楽しんだ。


精霊を見ることにも慣れたという言葉の通り、ソレイユはもう彼等のことを怖がってはいなかった。数ある魔術の中でも地属性の魔術が得意な彼女は、畑の世話をしてくれている地の精霊達にとても懐かれたようだ。精霊花を摘みに畑に連れ出したら、いっせいに群がられて大人気だった。


「本当にありがとう、ディアナ。今日はとても楽しかったわ。精霊花や果実を使ったお菓子を作ってみたいの。また、ここに来てもいい?」


「もちろん! いつでも、好きな時に来てね」


夕飯まで楽しく過ごして、ソレイユは帰って行った。私は彼女を見送った後、食事の片付けをするルシウスを手伝うために、キッチンにカトラリーを運び入れた。


「ソレイユが元気になってよかったわ。この前は、ずいぶん思い詰めていたみたいだったから。彼女が偽物だなんてとんでもないわよね。あんなに優秀なソレイユが、寵妃候補に選ばれないはずがないもの。きっと、最後に選ばれるのもソレイユよ」


『確かに、彼女はとても良い子だね。ーーでも、ディアナはそれでいいの?』


ルシウスの言葉に、洗い物を運ぶ手を止めた。


碧玉サファイアの双眸が静かに光っている。私の心の深くまでを見通すような眼差しだった。


『寵妃に選ばれなかったら、離宮ここを出ていかないと行けなくなるんだよ。そしたら、君はまた一人になるだろう?』


「……そうね。でも、こればかりはどうにもならないわ。寵妃をお決めになるのは、精霊王様だもの。それに、ソレイユは大切な友達なの。今までずっと、ひとりぼっちだった私を支えてもらってきたのよ。素晴らしい魔術師で、とってもいい子で……ソレイユが寵妃になるなら、何も文句はないわ」


それに、ソレイユになら離宮ここのみんなを任せられる。


皇宮にいられるのも、もしかしたら、もう数日もないのかもしれない。


だったら、せめて残っている地の精霊獣を探し出して、バランスを崩しているという、皇宮内の魔力を元に戻そう。


それが、私に出来るせめてもの恩返しだ。


皇宮で暮らす精霊達のためにも。


ーーディートリウス陛下のためにも。






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