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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
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46 水底に眠る災い




「クトゥグァ! ハスター! 水魔精霊獣アプサラスの鏡を狙って! ーー破壊と混沌から生まれし、火と風の旧支配者達よ! 禍々しき業火を疾風の矢に変じ、水鏡みかがみの檻に捕らえられし精霊達を解き放て!」


『おう、任せろ! 行くぞ、ハスター!』


『だから、俺に指図するなと言っているだろう』


クトゥグァの腕が灼炎と化して燃え上がり、焔炎が変形して大弓を創り出す。ハスターの生み出した風の矢をつがえ、クトゥグァの手により放たれた矢は無数に分裂して水魔精霊獣アプサラスの鏡を貫いた。けたたましい音を立てて、何十枚という鏡が割れ落ちる。


すると、それまで中に閉じ込められていた水の精霊達が、割れたコップから溢れ出す水のように、いっせいに外に飛び出した。様々な種類の魚達、エイや、イルカ、中には鯨のように巨大な精霊もいる。


解放された水の精霊達は、ありとあらゆる水性の生き物の姿となって、離宮中を乱舞した。辺りはまるで竜宮城だ。


アルテミシア皇女殿下は高座の上に立ち上がり、怒りのあまり御髪を振り乱した。


『おのれ……おのれ……!! よもや水鏡まで破壊するとは……おそれを知らぬ小娘め、万死ばんしに値するぞ!! もう容赦せぬ。水魔精霊獣アプラサスよ、真なる姿を示せ! 母なる海洋わだつみの力を以て、諸人共もろびとともども々押し流してしまえ!!』


数十体の水魔精霊獣アプサラスが集結し、一体の高位精霊と化して顕現あらわれる。睡蓮の花の上に座し、頭や腕がいくつもある仏神に似た姿だ。無数の腕が翼のようにひらめくと、その数多の掌から膨大な量の水が噴き出した。


こんなの……まるでダムの決壊だ!


迫る水の壁を茫然と見つめる私の手を、誰かが掴んだ。


『ーー捕まれ』


「へ、いか!? ひゃあっ!」


バサリ、と翼を打つ音とともに、陛下は私を抱えたまま、高台を離れて飛翔する。彼の背に広がる漆黒の翼は、あの黒龍のものだ。


おかげで洪水に押し流されることはなかったけれど、頭の痛そうな陛下の様子を見るに、例の精霊王の叱責をガンガンに受けているに違いない。


ーー彼に頼ってばかりでは駄目だ。でも、足元を埋めていく水は膨大な量である。クトゥグァとハスターの力を全開にすれば消し飛ばすことも可能だろうが、そんなことをすれば、この豪華絢爛な北の離宮も無事ではすまない。


一体どうすれば……と、項垂うなだれた視線の先を、瑠璃色の甲羅の海亀がスイスイと泳いでいく。


轟々と渦を巻く水にも関わらず、だ。


そんな亀に向かって、私達と同じく空中に逃れていたクトゥグァがものすごい剣幕で怒鳴った。


『てめえ!! こんな所にいやがったのか!? 今更出てきやがって、美味しいところだけさらおうって魂胆こんたんか、アア!?』


『お姫様、海亀そいつが水の精霊獣だ。名前を与えてやれ』


「この小さな亀さんが!? わ、分かった! 今すぐ考えるから!」


ハスターの言葉に、頭をフル回転させる。


旧約聖書に登場する、神々をも恐れおののく海洋の怪物リヴァイアサン。


ギリシア神話の最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇る、海洋神ポセイドン。


古代バビロニア神話の原初神、大海を神格化した女神ティアマット。


生命の源であると同時に、その檻に囚われれば、陸の生き物はあっさりと命を奪われてしまう非情さを合わせ持つーー水。


様々な形状に自在に姿を変えるように見えて、その実、どういう姿になるのかも、どこへ行くのかも、全て他の力任ちからまかせだ。


風に任せれば雲になり。


火に任せれば水蒸気になり。


地に任せれば川となって、海に流れ、月に任せて満ち引きを繰り返す。


他の力の影響を受けやすい水は、他の力に抑制されることにより、その危険性を封じているともいえる。


自ら自由に動くには、危険すぎる力なのだ。だから、いつでも何かに捕らえられている。


ーーけっして、目醒めさせてはいけない。


そんな水の精霊獣の名前は、もう、これしかないと決めていた。


「イア! イア! クトゥルフ・フタグン!! 闇よりもなお深淵ふかき底、ルルイエの館にて、死せるクトゥルフ、夢見る内に待ちいたり! 水底に眠りし災いよ! 深海に沈みし都の主よ! 名を忘れし眠子ねむりごに、汝が御名を授けたまえ!」


亀の身体が震え出し、ある瞬間、瑠璃色の甲羅が粉々に弾け飛んだ。タガを外したように巨大化していく。水かきと鉤爪のある手足。タコのような形状の頭部、無数に生やした触腕が現れ、その全身は瑠璃色の鱗に覆われていた。広々としたサロンいっぱいに膨れ上がる、山のように大きな身体。


その背には、魔龍ドラゴンのような翼まで持っている。


「フングルイ・ムグルウナフ・クトゥルフ・ルルイエ ・ウガナグル・フタグン! 我、汝を永劫の眠りの檻より解き放つものなり! ふるい、出で、立ち上がれ! 逆巻く波の内より来れ、名状し難き汝が姿を顕現けんげんせよ! ーー〝クトゥルフ〟!!」


クトゥルフ神話にその名を冠する深海の邪神、〝クトゥルフ〟は、人間に好意的ではない太古の地球の支配者だ。海底に沈んだ都市ルルイエに封印、あるいは、眠っているとされ、彼の見る夢のテレパシーが、人間に危害を加えると言われている。


旧支配者の中では、彼らを祭る大祭司の役割を持っている。海底都市ルルイエが浮上し、クトゥルフが復活する時が、この世の滅ぶ時であるーーそんな予言があるほどの、まさに、水底に眠りし災いなのだ。


渦巻く水の中から顕現あらわれたクトゥルフの姿に、アルテミシア皇女殿下は藍の瞳を零れ落ちそうなほどに見開いた。煌びやかな十二単衣に包まれた華奢な身体が、ガクガクと震え出す。


『な……な……っ!? こっ、こ、このような得体の知れぬか、かかあか怪物を……ッ!?』


ーー嫌な予感がする。


レジーナの惨事を思い出した私は、ちょっともうその辺で、と止めようとしたのだがーーその前に、クトゥルフは高座の上で震える彼女を鉤爪のある手で鷲掴みにし、うごめきうねるタコのような触腕に覆われた口部から、おぞましいうめき声を発した。


この世のものではないような、くぐもったオーボエの音色に似た咆哮だった。咆哮は激しく空気を震わせ、水魔精霊獣アプサラスもろとも、大量の水を一瞬で霧状化して吹き飛ばす。


『許してたもれ!! 許してたもれエエエアアアアヒギィアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!』


巨大な手に掴まれたまま、アルテミシア皇女殿下は華奢な手足を狂ったように振り回した。戦慄わななき、痙攣けいれんし、バラバラになりそうなくらい暴れた後、その御身は動かなくなった。


本当に、ピクリとも動かなくなった。


陛下の腕に抱かれたまま、私は眼下で起きた惨事にただただ絶叫した。


「どどどどうしようーーっ!? あ、ああ相手は友好国の皇女様なのに!! こんなのSANチェックするまでもないわよ!! 1D100、永久的狂気確定、死、し……!!」


ワナワナと震える私の元へ、ふわりと黄衣をひるがえし、ハスターが飛んで来る。


『落ち着け、間抜けなお姫様。左眼を隠して、右眼だけであの皇女様を見てみろ』


「み、右眼だけ? でも、精霊の姿が見えるのは右眼なんだけど、左目を隠したらーー」


どうなるのだろう。


今までは右眼を隠すと精霊が見えなくなる、という特性を利用してきた。それを逆にしろと、ハスターは言うのである。


精霊が見える眼だけで、世界を見たならばーー


「ーーあっ! もしかして、もっと他のものも見れるようになるとか!」


『そうだ。精霊は魔力の塊のようなものだ。だから、現世を見る左眼を封じると、魔力の流れがもっと鮮明に見えるようになる』


「なるほど!」


言われるままに左眼を隠してみると、クトゥルフの手に握り締められたアルテミシア皇女殿下の身体が透けて見え、その胸の中心に瑠璃色に光る石のようなものが確認出来た。


ーー魔晶石だ。


「えっ!? ということは、彼女自身も自動人形オートマータだったってことですか!?」


『そういうことだな』


深々とうなずいたのは、ディートリウス陛下である。バキリ、と石を折る音がして、クトゥルフの手の中から白磁の人形の残骸が高座の上に零れ落ちた。


陛下は私を抱いたまま高座に降り立つと、バラバラになったアルテミシア皇女殿下ーーその姿を模したものを見つめて言った。


『皇女アルテミシアは、始めからこの国にはいない。彼女はけっして、輿こしの中から出ることはない。その輿は、海の向こうの大国、グランマーレ帝國の奥宮おくのみやにある。ディアナ。そなたが精霊に贈る言葉や名は、力強く美しい。いくら魔力を餌に何体もの高位精霊を操ろうが、木偶デクなどで勝てるものか。ーー戦う前から、負けは決まっていたな。偽りの寵妃よ』


最後の言葉は、足元に転がった彼女の首に向けられたものだ。墨染めの御髪を彩る碧薔薇の花弁が、露となって散っていく。虚空を見つめる人形の眼差しは、どこか寂し気だった。


「輿の中から出られない……アルテミシア殿下は、陛下の仮面を手に入れて、自由に外に出たいのだと仰っておられました。何とかなりませんか? 魔黒封石ダークマターって、どこで採掘出来ましたっけ? 水の精霊獣の力なら、もしかしたらを探せるかもーー、ひゃっ!」


ふいに引き寄せられ、陛下の唇がほほに触れた。


あまりにも自然かつ突然のくちづけに、真っ赤になって固まることしか出来ない……そんな私の顔を満足気に見つめつつ、陛下はくつくつと喉を鳴らした。


『希少鉱石、魔黒封石ダークマターは精霊界の鉱石だ。これと同じ物を創るのは、難しいだろうな』


「ま、まじ、真面目な話で、誤魔化そうとしないで下さい!! ……それじゃあ、何か代わりになりそうな素材はありませんか? ずっと輿の中にいて、自動人形オートマータを使わないと出歩けないなんて、陛下の仮面を欲しがるのも無理ないですよ」


『そうだな……皇女アルテミシアは、水精の加護を受けている。彼女の魔力も、それに準ずるものだ。強大な水の魔力を吸収するには、鉱石いしよりも樹が好ましい。世界巨樹ユグドラシルの枝でもあれば最適だろうが、これも精霊界の深層でしか手に入らぬ』


「……世界巨樹ユグドラシルの枝?」


陛下の言葉に、私はにんまりと微笑んだ。


仕方ない。


我儘な御姫様おひいさまのために、一肌脱いでやろうじゃないか!


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