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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
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43 禁じられた逢瀬




計画はこうだ。


ルシウスにお願いして、にせの仮面を作ってもらい、北の離宮におもむく。


あの手前勝手な皇女様のことだ。水の精霊達の解放よりも先に仮面を渡せと言われるのは眼に見えている。それに応じながら、クトゥグァとハスターの無事を確認させて欲しいとごねて、水魔精霊獣アプサラスを出現させる。


そこですかさず、亀の力を借りて姿を消し、鏡を壊して二人を奪還。戦闘に持ち込み、鏡という鏡を破壊して、囚われた水の精霊達を解放する。


ーーうん。ぱっと思いついたわりには、なかなかいい作戦じゃないか。


しかし、大きな問題点が一つ。


「お願いだから手伝って……! この計画は、貴方の協力無しには成り立たないのよ。恩返しだと思って、ねっ?」


深夜である。


寝室である。


計画を思いついたあの後、ありとあらゆる方法で頼み込んだのだが、この亀、瑠璃色の甲羅の中にすっぽり篭って、知らぬ存ぜぬを貫き通している。


虐められていた亀を助けた私に、恩返しをするどころか、お礼を言う気もないらしい。


水の精霊はプライドが高く、自らが認めたものにしか従わないというが、本当にその通りだ。


「北の離宮の皇女様は、貴女の仲間の水の精霊達を手当たり次第に捕まえてるのよ? 貴方もここに棲んでる精霊なら困るでしょう。一緒に来て、ちょっと姿を消してくれるだけでいいから……!」


『……』


一分経過。


二分経過。


……へんじがない。ただのしかばねのようだ。


「はぁ……仕方ないわね。他の方法を考えるしかないか」


ーーとはいえ、香炉のお香も、あと半分くらいしか残っていない。


期限は明日の正午だ。香炉の香が燃え尽きるまでに、亀に頼らない策を思いつかなければ。


「……っ、駄目だ。眠くて、考えるどころじゃない……」


ベッドサイドに置いた睡蓮の形の香炉から、碧い煙が立ち上っている。甘く、深い香りのするそれに包まれるうちに、身体の力が抜け、寝台の上に倒れ込んだ。


煙はゆらゆらと漂いながら、だんだんと、美しい女性の姿を形作っていく。


「……水魔精霊獣アプサラス?」


ーーしまった、これは罠だ……!


頭に鳴り響いた警鐘は、しかし、甘い香りに溶けるように消えてしまう。


水魔精霊獣アプサラスは妖艶な微笑みを浮かべながら、私に近づき、ふわりと抱擁した。


「あ……」


柔らかく、甘い香りのする腕に包まれているうちに、どうにかしなければという理性が失せていく。代わりに、それまで心の奥に押さえ込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「ーー、陛下の、馬鹿……!」


北の離宮へ向かっていく、彼の姿を見た時。


本当は、その背中に手を伸ばして、マントをつかんで引き留めたかった。


分かっている、これは下らない嫉妬だ。


ディートリウス陛下からすれば、私はただのお妃候補の一人にすぎない。だから、陛下が他のお妃候補のもとへ通うことに文句を言える立場にはいないのだろう。


ーーでも、私はそれを、はいそうですかと割り切れるほど大人ではない。まして、まるでつまみ食いをするかのように、手を出されるのは耐えられないのだ。


月の離宮に初めて来た時に見た夢が本当なら、あの時、彼は無断で寝室に入り込み、ここで寝入った私に寄り添ったばかりか、断りもなくキスをしたことになる。


……許せない! 


「その上、他の寵妃に目移りしたらポイだなんて、やっぱり現実リアルの陛下なんてロクなもんじゃないわ……! なによ、イケメンぶって。実は大したことないんじゃないの? あんな仮面、ひっぺがしてやるっ!!」


湧き起こる怒りに身を任せるうちに、身体の自由が戻った。飛び起きた私を、水魔精霊獣アプサラスは導いていく。


月の離宮を出て、回廊を抜け、東の庭園を横切りーー気がつけば、皇宮のかなり奥まった場所を歩いていた。


床から柱、曲線を描く天井さえも、漆黒の大理石で造られた廊下の先に、大きな扉がある。


国家色の純黒に、月とドラゴンの描かれたそれを見た時、この先にある場所が何なのかを察した。


ーーディートリウス陛下の、帝廟だ。


扉の表面には緻密な紋様が彫り込まれており、無数の精霊石が嵌められている。


水魔精霊獣アプサラスは微笑みながら、私の手を取り、扉へと近づけていく。


「ちょ、ちょっと待って……! 駄目、これに触るのは駄目よ!」


扉番がいないのは、必要がないからだ。


この複雑な紋様には覚えがある。許しのないものが触れれば、即座に護衛の石精が現れ、侵入者を排除する強力な魔術紋だ。


いけないと分かっているのに、私の両手は意識を裏切って扉に触れてしまう。


瞬間、嵌め込まれた精霊石が輝き、映像を投影するかのように、漆黒の鎧に身を包んだ巨大な騎士が私の背後に出現した。


鉄仮面に覆われた顔が私を向き、双眸が紅い光を宿す。


行手は扉に阻まれ、逃げ道はない。


抜き放たれた白刃に、背筋が凍った。


ーーしかし、白刃を抜いたまま、漆黒の鎧騎士は動こうとしない。怪訝に首を傾げた私は、右肩にある妙な重さに気がついた。


「亀さん……!? そうか、姿が消えてるから襲ってこないんだ! ありがとう、助けてくれてーーむぐっ!」


黙れ、と言うように、オール状の前足に口を塞がれる。


音に反応したのだろう、鎧騎士は一瞬反応を見せたものの、諦めたのか、夜闇に溶けるように消えていった。


「た、助かった……亀さん、心配してついて来てくれたんだ。助けてくれて、ありがとう」


亀は瑠璃色の瞳で私を見つめていたが、ふいに肩を離れて、漆黒の扉にピタリと貼りついた。


途端、扉が透明になる。


いや、それだけではない。


「すごい……! 扉があるはずなのに、水みたいにすり抜けられるんだ」


扉があった位置を通過すると、亀がふわりと戻ってきた。


すると、何事もなかったかのように、漆黒の扉は私の背後に現れる。


帝廟の中は、不気味なほどに静かだった。


窓から差し込む薄蒼い月明かりが、闇色の室内を切り抜いている。それを頼りに歩くうちに、最奥の扉へと突き当たった。


「ーー陛下は、この部屋の中なのね?」


水魔精霊獣アプサラスは妖しく笑む。


きっかけはどうあれ、ここまで来てしまったのだ。


もう、やり抜くしかない。


意を決して扉を開いた先は、広間のように広々とした部屋だった。何本もの柱に支えられた天井は高く、月の離宮と同じように、丸い形の天窓が取られている。そこから差す月明かりが、部屋全体を仄白く照らしている。部屋の中央に、漆黒の天蓋を下ろした寝台が鎮座していた。


耳を澄ますと、微かな息遣いが聞こえて来る。


ーーあの中に、ディートリウス陛下が眠っているのだ。

早鐘のような鼓動を抑えながら、私はゆっくりと寝台へと近づいていった。


大丈夫。


肩に乗っている亀のおかげで姿は見えない。起こさないように仮面を探し出して、ここを立ち去ればいいだけだ。


震える手で天蓋を開くと、蒼白い月の光の中に、陛下の姿が浮かび上がった。


「ーーっ!?」


か、仮面を着けたまま……だと!?


予想外の出来事に、危うく声を漏らしそうになった。まさか、寝る時まで仮面を着けたままだとは。いくら魔力を抑えるためとはいえ、息苦しくないのだろうか。


ーーいや、実際、かなり苦しそうに見える。


それはそうだろう。寝ている間にうっかり窒息でもしたらどうするつもりだ。


呆れまじりに嘆息して、ともかく、仮面を外してあげようと手を伸ばす。


魔黒封石ダークマターで創られているという、黒龍の頭部を模した仮面。


今まで私と彼の間を遮っていたそれは、拍子抜けするほどあっさりと取り外すことが出来た。


「……!」


仮面の下から現れた相貌は、私の想像を遥かに超えていた。


ーー本当に、彼は人間なのだろうか。


月の光の中でなお白い肌色を、闇色の黒髪が縁取る。男性的な壮麗さと女性の持つ妖艶さが調和した造形美は、作り物だと言われたほうがよほど納得出来る。


陛下の寝顔を前に動けなくなっていた私は、唇から漏れた苦しげな吐息に、ハッと我に返った。


そうだ、ぼんやりしている暇はない。この仮面を持って、早く逃げなければ。


しかし、どうしてもその場を立ち去ることが出来ない。


「……陛下、本当に苦しそうね。ねぇ、亀さん。このハンカチを、水で冷やして欲しいんだけど……」


また無視をされるかと思ったが、亀は意外にもすんなりと頼みを聞いてくれた。


冷やしたハンカチで白い額に浮かんだ汗の玉をぬぐうと、荒かった呼吸がいくらかましになった。息苦しいというより、夢に魘されているようだ。絹のような髪に触れ、頭を撫でてあげることにする。整った眉の間に寄せられていたしわが和らいでいくにつれ、大人びた素顔の印象がほんの少し幼くなる。


「よかった……落ち着いたみたい。全く、こんな仮面をつけたまま眠ったら、魘されるのは当たり前なのに」


ーーいや、違う。


誰が好き好んで、こんな不自由なものを身に着けたまま眠るものか。外せるものなら、外したいに決まっている。それをしないのは、周りにいる人達への影響を案じているからだ。


自分の魔力のせいで、誰一人傷つけたくないと思っているからだ。


「……私、なんてことを。陛下の仮面を盗むなんて、そんなこと、絶対にしちゃいけなかったのに」


怒りに浮かされていた頭が冷えていくにつれ、罪悪感と後悔が押し寄せてくる。


大丈夫、今ならまだ過ちを犯す前だ。


私は手にしていた仮面を陛下の傍に置き、寝室を立ち去ろうとした。


ーーしかし、その手を、素早く伸びてきた白い掌に掴まれた。


「きゃあっ!?」


有無を言わせない力で引き寄せられ、しなやかな腕に抱きとめられる。


驚きに見上げた視界の中で、宵闇色の双眸が、ひたと私を見下ろしていた。


『ーーディアナ嬢。ここで一体、何をしている』


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