表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
31/122

31 天空の夜会




「陛下!!」


「ディートリウス陛下、万歳!!」


会場を震わす大歓声が鳴り止まない中、ボルレアス侯が満面の笑みで挨拶を終えた。


鯨は音もなく陸を離れ、霧の海をゆったりと泳いでいく。


この最新式の魔術式飛空艇は、主動力に風属性の魔力を込めた魔晶石が用いられているそうだ。魔晶石は自動人形オートマータなど魔導具の動力源として利用される他、その見た目の美しさから、上質なものは宝飾品としての価値も高い。


風の魔晶石は黄玉石トパーズに似たきらめきを放つ石である。舞踏広間ダンスホールを飾る彫刻装飾レリーフのいたる所に埋め込まれ、最も大きな一粒は、広間の正面に建つ財宝を抱える魔龍ファフニールの像ーーその口元で、燦然さんぜんと輝いている。


ここまで巨大な魔晶石は珍しいと見上げていたら、笑顔を盾に来賓達をかき分け、猛然とこちらに突き進んで来るボルレアス侯の姿があった。


今宵の彼は、鬱金うこん色の絹地に錦糸の刺繍が美しい西方風の衣装だ。富豪とは、身につけるもので自らの財をひけらかしたがる生き物だが、彼は貴族であるとともに商人でもある。整容、衣装、装飾品、どれをとってもスタイリッシュでセンスが良くーー故に、非常に購買意欲をかき立てられる。


「ディートリウス陛下!! ディアナ様! ようこそ、お越し下さいました!!」


『ボルレアス侯。今宵の招待、感謝する』


すっ、と陛下がかばうように前へ出る。


「とんでもございません!! わたくしこそ、ご無理を申しまして。ーーディアナ様も、お越し頂き光栄でございます。これはまた、素晴らしいお召し物ですな……!」


「ありがとうございます……ええと、このドレスは陛下がーー」


「なんと、陛下が!! 見れば見るほど素晴らしい! わたくしも仕事柄、多くのドレスを眼にして参りましたが、これほどの品は、見たことがございません。ディアナ様の神秘的なお美しさが、一段と引き立ちますな!」


「あ、ありがとうございまーー」


「いやあ、今宵は美しい寵妃様方にお越し頂けて、本当に嬉しゅうございます! 東方の大国グランマーレの皇女殿下も、あちらの御高座より御観覧頂けるとのことで、僥倖ぎょうこうの極みにございます!!」


「は、あはは……」


笑顔が眩しすぎて眼が痛い……! 


ひくっと頬を引きつらせた時、耳元で、陛下が囁く声がした。


〝ーー彼は苦手なのだろう。しばしの間、離れているといい〟


繋いでいた手をふわりと離された途端、周りから押し寄せる来賓達に押しやられ、私の身体はあっという間に、群衆の輪から放り出されてしまった。


彼等が血眼になるのも無理はない。夜会には滅多にお出にならない陛下の御出席なのだ。これを機に、顔を売りたい者ばかりなのだろう。


「分かってはいたけど、夜会パーティーなんて、所詮は欲にまみれた大人の社交場なのよね」


現実なんてこんなものだ。


陛下に優しくリードされ、二人で優雅にワルツを……なんて甘い夢を、ちょっぴりでも抱いていた自分が恥ずかしい。


仕方がないと嘆息していたら、後ろから声をかけられた。


「ディアナ様! ご機嫌麗しゅうございますわ!」


始まったな、と心の片隅で、前世の私が冷静に警鐘を鳴らす。


彼女いわく、これから起こることは転生令嬢がパーティーに出席した際に、必ず起こる王道、いわゆる鉄板のイベントらしい。


振り向けば、レジーナ。


美しい金の巻髪を黄薔薇のコサージュと宝石で飾りつけ。頭の先から爪先まで、有名ブランドのドレスのコーディネートで完全武装の上、大変可愛らしい笑顔を浮かべている。


そんな彼女の背後には、いかにもな取り巻き令嬢達が四人。


各々が手に持つグラスには、なみなみと注がれた赤ワイン。


かけるなよ〜!? 絶対にかけるなよ〜!?


ーーとでも、言えばいいのか。


「ディアナ様! 来て下さって本当に嬉しゅうございますわ! わたくし、てっきりアンブローズ様とご一緒だとばかり……まさか、ディートリウス陛下にエスコートして頂くだなんて!! 憧れてしまいますわ〜!」


耳にひっつくような甘え声のレジーナに適当に返事をする。


その時、パタパタ、とどこからともなく小さな羽音が聞こえて来た。


あの残酷な鸚鵡オウムだ。


やめてくれ、と心の中で懇願こんがんする私を嘲笑あざわらうように、鸚鵡はひらりとレジーナの肩へ舞い降りた。


『コノ魔力無シノ泥棒猫!! 陛下ニゴ同伴頂クノハ、ワタクシノハズデシタノニ! オ父様ッタラ、一度オ断リサレタカラッテ、ドウシテ、アッサリト引イテシマワレタノカシラ!? 真ノ寵妃ニ選バレルノハ、富ト財ニ恵マレタワタクシヲ置イテ、他ニアリマセンノヨ! 卑怯ナ手デ、陛下ヲタブラカシタノデショウ、許シマセンワ! キィイイイーーッ!!』


……なるほど。


要するに、このちびっこ寵妃は、ボルレアス侯を通じて陛下にお願いしていたというわけだ。


是非、自分を同伴者パートナーとして、夜会にご出席頂けるように、と。


もし、レジーナの計画が成功していたならば、私は今頃、ひとりぼっちで夜会に出席。陛下の隣でドヤ顔を放つ彼女を、悲しい思いで見つめていたことになーーいや、ならない。


その場合、私はルシウスとクトゥグァという人間離れした人間でない美形イケメン達を両脇に従え、堂々と出席してやるのだ。


ーー親の愛情をベタベタに受けて育った我儘娘なんかに、屈してたまるものか。


戦意を燃やす私に対し、レジーナは可愛らしく微笑みながら、すい、とこちらに手を伸ばした。


「それにしても、ディアナ様のお召しのドレス、とっても美しいですわ〜!」


来る……ッ!


「まあ、本当ですわ!」「わたくし達にも、お見せくださいまし〜!」と、総勢五名もの悪役令嬢達のグラスが傾き、赤ワインをぶっかけられるーー寸前。


「ディアナ! 探したよ、ここにいたのか」


「ディアナお姉様! ご無沙汰しております」


シンプルな黒の夜会服のロベルトと、深い燕脂の夜会服に身を包んだロザリアちゃんが、颯爽と現れた。


今夜の彼女ロザリアは男性的な格好をしているために、傍目には、二人もの美青年が声をかけて来たようにしか見えない。


華やかな王子様達の登場に、流石のレジーナ達もたじたじである。たちまちグラスを引っ込めて、頬を赤らめ、そそくさと退散していった。


ワイン、すなわちアルコール。いざとなったらクトゥグァの炎で燃やしてやると身構えていた私は、ほっと息をつく。


「助かったよ。ロベルト、ロザリアちゃん。二人とも、ありがとう」


「どういたしまして。黄薔薇の寵妃、レジーナか……なかなか、強敵みたいだね」


「まぁね。……あれ? ソレイユは一緒じゃないの」


見回しても、彼女の姿は見当たらない。


ロベルトは、少し困った顔で答えた。


「急に、体調を崩したって連絡が来たんだ。それで、仕方がないから、ロザリアとーー」


「仕方がないとは失礼です! 大体、お兄様が優柔不断で不甲斐ないから、ソレイユお姉様は思い詰めておられるのだと思います。たとえお父様同士の仲が悪かろうが、〝精霊王の寵妃〟に選ばれようが、男子たるもの、己の想いはしっかりと伝えるべきではないのですか!?」


「……ロザリア、場をわきまえなさい」


うわ、珍しい。


ロベルトが怒っている。


温和で柔和な普段の彼がテディベアなら、怒った彼はリアルな熊だ。静かでいて獰猛な気迫とその視線は、相手に有無を言わせない。


だが、ロザリアちゃんが言わんとしたことは分かる。伊達に二人の幼馴染みをやってはいない。ロベルトとソレイユとの間に流れる、なんとも奥ゆかしい雰囲気に気がつかないほど、鈍くはないのだ。


実は、ロベルトからソレイユの悩みのことを聞いた時、一番に思い浮かんだ原因はこれだった。


てっきり、ロベルトはソレイユの気持ちに気づいていないのかと思っていたのだが、違うらしい。


でも、昨日のソレイユの様子を思い返す限り、悩みの原因は、ロベルトとは別のところにあるような気がするのだが……。


「ディアナ。君まで悩み込んだら、解決するものもしなくなるよ。いつも通り、猪突猛進な君でいて欲しいな」


「猪突……私ってそんなだっけ?」


「そうだよ。ディアナはいつも、何をするか予測がつかなくて、面倒見るのに苦労したんだから。アンブローズ師長様の戒めがあるときだけは、大人しかったけどさ」


クスクスと笑われて、恥ずかしくなる。自分では、そんなにおてんばだった覚えはないんだけどと口籠もっていたら、音楽のテンポが変わった。


ダンスが始まったのだ。


「踊ろうか?」


「ありがとう。でも、もう少しだけ待ってみる。同伴者パートナーよりも先に、別の男性と踊るのは失礼だって、学院の令嬢教育でも習ったからね」


ロベルトは分かったとうなずいて、ロザリアちゃんの手を取った。


陛下は相変わらず、来賓達の相手をしている。一言二言を交わすだけとはいえ、あの人数を相手にするのは大変だ。


長くいれば魔力で影響を与えてしまうかもしれないし、人付き合いは得意でないと渋っていたはずなのに、彼はどうして、この夜会に参加する気になったのだろう。


滅多に顔を出さない分、挨拶攻めになるのは分かりきっていたはずなのにーーと考え、ふと気がつく。


「…………あれ? もしかして、私のため?」


『今ごろ気がついたのか?』


「ーーっ!?」


耳朶に囁かれた低音美声バリトンに、弾かれるように振り向いた。


「あ……れ? へ、陛下?」


光の裏にたたずむ影のごとく。


静かにその場に立っていたのは、今もなお群衆の向こうで挨拶に応じているはずのディートリウス陛下、その人だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ