3 落ちこぼれ令嬢ディアナ
「まあまあまあ! ご覧になって、あのディアナ様まで花をお挿しになっていてよ!」
「キイイッ! なんて憎らしいこと! わたくしなんて、花を授けて頂くことすら出来なかったのに。どうしてあの方が? なにかの間違いではなくて!?」
「いくら宮廷魔術師長アンブローズ様のご令嬢といえど、落ちこぼれのあの方が〝精霊王の寵妃〟になんて、なれるはずがありませんわ!」
昼休み。
淡い菫色のドレスローブを翻し、床や天井、柱、果ては窓枠に至るまで、金の縞入りの白大理石をふんだんに使用した廊下を、食堂に向かって突き進んでいく。
天鵞絨織に金糸、銀糸の緻密な刺繍。あげく宝石まで縫い付けた豪華なドレスローブを優雅に羽織り、絹張りの扇子の向こうから、明らかにこちらに聞こえる声量で罵詈雑言を浴びせかけてくるーーそんな、絵に書いたような性悪令嬢達とすれ違うたびに聞こえてくる、陰口の内容にはうんざりしていた。
〝宮廷魔術師長アンブローズ様のご令嬢〟。
これが、剣と魔法のファンタジー世界に転生を果たした私、ディアナ・ゾディアークが得た最高のポジションである。
人間の皇帝が精霊の王とともに国を統治する、特殊な統治体制の国家であるこの国では、帝都だけでも総人口の八割以上が魔術関連の職に就いている。上流階級に至っては、魔力の量や魔術の才がもれなく身分爵位にも影響するのだ。
よって、宮廷魔術師長という地位は、大公にも匹敵する最高位貴族。つまり、私の父アンブローズ・メルリヌス・ゾディアークは、魔帝陛下に次ぐ実力者なのである。
そんなハイスペックなお父様から、もれなく強大な魔力を受け継いだ私は、前世で大流行していたチート系異世界転生者として、歴史にこの名を刻む伝説級の魔術師に……!!
ーーなどと、前世の記憶を取り戻した当初の私は、中二病満載にあんなにも意気込んでいたのに。
神様は思っていたよりずっとドSで意地悪だった。
なぜならば、帝国最強、世界屈指の大魔術師である宮廷魔術師長アンブローズの一人娘という最高のポジションを与えておきながら、神様は私に魔術を使うための力を与えなかったのだ。
ーー魔力がゼロ。
すっからかん。
つまり、これっぽっちも無いのである。
だから、先ほどの輝かしい肩書を訂正するとこうなる。
〝宮廷魔術師長アンブローズ様の、落ちこぼれ令嬢〟。
「こんなことなら、乙女ゲームの悪役令嬢に転生した方がマシだったわ……」
少なくともその方が、無駄な希望を抱かずにすんだに違いない。
私は、ファンタジーという世界観が大好きだ。
せっかく剣と魔法の世界に転生したにも関わらず、魔術を使うための力が全くないなんて生殺しもいいところである。
どうにもこうにも諦めることが出来なかった私は、訓練次第で隠れた才能が開花するはずと信じ、一通りの魔術訓練を受け、一通りの修行をこなし、魔力が増えると言われるものを食べまくり、飲みまくった。
それでもダメならと、魔術に関する知識を得て突破口を開くため、この学院に入学し猛勉学してきた。
ーーが、現在になっても魔力の量は一向に増えず、ゼロのままだ。
魔力のないものが無理に魔術を扱おうとすれば、体力や生命力を削られる恐れがあるため、父アンブローズからは魔術の手ほどきどころか、実技訓練への参加を許されたことすらない。
この国には多くの精霊が人間とともに生きている。
水や作物、空気中に含まれる魔力の濃度も高いため、普通は生活しているだけで、魔術を使うための力、魔力が体内に蓄積されていくはずなのだ。それこそ五歳の幼子でも、ナイフやフォークを扱うよりも簡単に魔術が使えるというのに。
「……それなのに、こんなもの。なんで私にまで届くかな」
周囲から投げかけられる嘲りの声と冷ややかな視線に、髪に挿した薔薇をむしり取りたくなった。
ーー実際、何度もそうしようとしたのだ。
でも、手でむしるのはもちろん、握りつぶしても、鋏で切り刻んでも、薔薇はまるで時間を巻き戻すかのように復元し、傷ひとつつけることが出来なかった。
どうやら、花を贈られた乙女に拒否権はないらしい。
儀式の夜が明けるまで、呪いのようなそれを身につけておかなければならないのだ。
ーーたとえ、どうしようもなく不本意だとしても!
「ディアナ、ここにいたのね!」
落ち込んでいた思考を、後ろからかけられた可憐な声に引き戻された。
豊かに波打つ金蜜色の髪。
美しく澄んだ翠緑の瞳。
背中に白い羽根がないのが不思議なほどの美少女を前に、私はほっと安堵の息を零す。
「ソレイユ!」