27 鸚鵡の本音
「ご活躍のほどは伺いましたぞ! なんでも、皇宮内で暴れまわっていた火魔精霊獣を、たった一人でお倒しになられてしまったとか! 流石、かの偉大なる大魔術師、剣神アンブローズ様の御息女であらせられる!! 血は争えませんなあ!?」
その笑顔、大空を吹き渡る貿易風のごとく。
朗らかに、実に朗らかに笑う彼ーーボルレアス・リュクス・ファフニール侯の話によれば、先日、ロザリアちゃんが誤って暴走させてしまった(ことになっている)火魔精霊獣を調伏した私こと、白銀の薔薇の寵妃の活躍は、宮廷魔術師達や精霊騎士達を通じて、帝国中に広まっているらしい。
かつて、魔族と戦いこれを退け、国を築いた英雄達の血を引くバルハムート帝国民は、武勇伝と名のつくものが、三時のおやつよりも大好きなのだ。
しかも今回は、古より伝わる儀式〝精霊王の花摘み〟にて、五人もの〝精霊王の寵妃〟が選び抜かれるという異例の事態。
その選ばれし乙女達が、皇宮内にて真の寵妃に選ばれるべく、厳しい試練に立ち向かっているーー今回の一件は、そんな風に伝えられているらしい。まさに、帝国全土の関心と大注目が集まる大イベントだ。
そんな中での、火魔精霊獣討伐ーーやってしまった。このままでは唄に歌われ、銅像になり、伝説の一頁にでも残されかねない。
どんな風に噂されているのだろう……焔炎の怪物を退けた寵妃の武器が、デッキブラシだと口伝されていたらどうしよう。
デッキブラシは嫌だ!
デッキブラシは嫌だ……っ!!
「それにしても、火の精霊獣を使役して、焔炎の怪物をたったお一人で打ち倒すとは! 建国伝承に伝え聞く霧の賢者様の悪龍討伐を彷彿とさせますなあ! いや、全くもって素晴らしい!!」
「は……、あ、ああ! 火の精霊ですか、よ、良かった……!」
「ーー? 暁の焔炎を自在に従えるそのお姿は、前寵妃様を彷彿とさせる美しさであったと伝え聞いておりますよ? わたくしも是非、この眼で見とうございました」
ーー聞けば、例の最新の魔術式飛行艇のお披露目式の準備に追われ、大忙しだったボルレアス侯は、賄賂……もとい、大量の献上品こそ贈り続けていたものの、その多忙さゆえに、皇宮へ赴いたのは今日が初めてなのだという。
そうして初めて、謁見の間でのレジーナの言動を知り、私の元へ謝罪に伺わなくてはと思っていた。
今は、その矢先であったらしい。
「本当に、なんとお詫びを申し上げたら良いのかーーレジーナ!! ディアナ様によく謝罪を申し上げなさい!! 全く仕方のない子だ! 一人娘故に、甘やかされて育ってしまったのです。まっこと、困った娘でして!!」
自分の娘に王女と名づけるほどなのだ。キラキラと着飾った豪奢なドレスといい、その溺愛ぶりは、相当なものなのだろう。
しかし、父親に促されて前に進み出たレジーナの、その引きつったような表情に違和感を感じた。
ーーいや、これは、親近感と言うべきか。
「ディアナ様……! 本当に本当に、申し訳ございませんでしたわ! わたくし、ディアナ様のご武勇をお伺いして、己の行いを恥じましたの! あの恐ろしい炎の怪物にたったお一人で立ち向かうだなんて。わたくしなど、部屋にこもって震えていることしか出来ませんでしたのに!」
すらすらと、流れ出るような謝罪の言葉に、ああ、と納得する。この表情は、私にも覚えがある。
父の前でうわべを取り繕う時、私もよくこんな顔をしていたのだ。
「ディアナ様。レジーナもこう申しております。しっかりと反省させます故に、どうか、どうかご寛大に。ーーときに、飛空艇はもうご覧になられましたかな? 明日の夜会には是非ともディアナ様とアンブローズ様にもご来場頂きたく存じます。是非! ディアナ様と我が娘との、友愛の証として!!」
ボルレアス候はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべている。相手に有無を言わせず、己の主張を貫くための彼の笑顔は、もはや笑顔にして笑顔にあらず、磨き抜かれた一振りの剣である。
げっそりしていたところへ、先ほど目にしたあの黄色い鸚鵡が飛んで来た。
ボルレアス侯にも、レジーナの眼にも見えていないようだ。
パタパタとホバリングした後、鸚鵡は侯の肩へと降り立った。
『ーー全ク、困ッタ事ヲシテクレタモノダ! 魔力ノ無イ小娘デアッテモ、アンブローズ様ノ御息女デアルコトニ、変ワリナイトイウノニ!!』
「え……?」
『アンブローズ様ハ、コノ帝国ニオケル重鎮中ノ重鎮デアラセラレル! 時トシテ、陛下ヲモ凌グホドノ発言力ト権力ヲオ持チノ、崇高ニシテ偉大ナル御方! 是非トモ、是非トモ取リ入ッテオカナケレバナラヌ! タトエ、魔力無シノ出来損ナイノ小娘ニ対シテ、コノ頭ヲ地ニ擦リツケルコトニナロウトモ……!!』
……いえ、そこまでして頂かなくても結構です。
風の小精霊である鸚鵡の声は、幸か不幸か、二人には聞こえていないらしい。背後でクトゥグァが腰を折って笑っている。
この鸚鵡、小さいくせに、なかなかの曲者だ。
それにしても、このボルレアス侯爵という男。こちらの警戒心を蕩かすようなチャーミングな笑顔を浮かべておきながら、心の中ではこんなにも冒涜的な、名状し難きボロカスな事を思っているとは。これなら、面と向かって悪口雑言をぶちまけてきたレジーナの方がまだましである。
いつだったか、東の庭で陛下が仰っていたことを、ふと思い出した。
むき身の剣を振りかざす私は、いっそ潔いと。
鞘に仕舞ったり、懐に忍ばせるよりはましだ、と。
あの時は、その言葉を否定した私だけどーーいくらなんでも、これは酷すぎるのではないか。
「よ、喜んで。ボルレアス侯、細やかな御心遣いに感謝致します。明日の夜を楽しみにしておりますわ……レジーナ様も、先日のことはもうお気になさらないで下さいね」
ーーくっそう。
仲直りの印に、なんて言われたら、断れるものも断れないではないか。
「ありがとうございます、ディアナ様!! わたくしも、ディアナ様と仲直りが出来て、とっても嬉しゅうございますわ!」
夜会への参加を了承した私に対し、レジーナはニコニコと愛想よく、大変可愛らしく笑いかけてくる。そんな彼女の肩にひょいと飛び乗った鸚鵡が、残酷な嘴を開いた。
『コノ魔力無シノ出来損ナイメ!! セイゼイ、イイ気二オナリナサイナ! 皆ノ前デ、恥ヲカクトイイワ!!』
「……それでは、私はこれで」
痛むこめかみを押さえつつ、西の庭園を後にする。パタパタ、と小さな羽音がすると思ったら、あの黄色い鸚鵡があとをついて来た。
ひょい、と私の肩にとまり。
『行キタクナイワヨ! パーティーナンテ、誰ガ行クモンデスカーーッ!!』
「……分かったわ。貴方は、とまった相手の本心を話すのね」
『また、えらいもんに懐かれちまったな?』
ニヤニヤと微笑いながら、クトゥグァ。
「笑い事じゃないわよ。他の人には聞こえてないみたいだけど、こんなの、陛下の御力よりも性質が悪いんだから……」
『私が、どうかしたか?』
「ーーひゃあ!?」
振り向けば、陛下。
立ち込める霧のせいで、全く気がつかなかった。
御自身の魔力による影響を案じて、彼は大国の皇帝であるにも関わらず、皇宮内で過ごす際に護衛の類をつけない。しかし、それは人間の護衛に限っての話であり、有事には彼に仕える強力な精霊達が現れて、御身を護るのだ。
故に、こんな風に曲がり角でばったりと出会してしまうことが、稀によくある。
「デ、ディートリウス陛下……!? へ、陛下におかれましては、ご機嫌麗しくーー」
なんとかその場を取り繕おうとした私だが、しかし、肩にとまった鸚鵡の言葉に凍りついた。
『ヤッター! 朝カラ陛下ニ会エルナンテ、ラッキー! 夢ノ中ノ陛下モ素敵ダケド、現実ノ陛下モ、ナカナカ素敵ナノヨネーーギギャギャッ!?』
「こっ、この、バカ鸚鵡……!! それ以上、乙女の胸の内を暴露するなら、ただじゃおかないわよ!?」
『ヤキトリニシテヤル! ヤキトリニシテ食ベテヤルンダカラーーッ!!』
『これ、乱暴はよさぬか』
美しい指先で口元を押さえ、陛下は仮面の下でクスクスと微笑った。
『愛らしい小鳥だ。そなたの使いか?』
「違いますよ……西の庭園から、ついて来ちゃったんです。とまった相手の本音を喋ってしまう精霊みたいで。ーーそれで、先ほど、ボルレアス侯にお会いしたんですけど、陛下が前に仰っていた、鞘の例え話。あのお気持ちが、すごくよく分かりました……」
『鞘の……?』
ボルレアス侯と鸚鵡との一件をかいつまんで伝えると、陛下はついに、声を上げて笑い始めた。
『ははは……! ーーそれは、災難だったな』
丁度良い、と彼。
『朝の執務を終えて来たところだ。昂った感情を落ち着ける効果のある、いい花茶がある。よければ、一緒にどうだろうか?』
そんな思いがけないお誘いに、私と鸚鵡は異口同音に、喜びの声を上げたのだった。




