24 魔法使いの杖
信頼関係を築き、名前を与えた精霊に、頼んだことをやってもらう。
それが魔法の始まりだった。
しかし、時代を経るうちに色んなことが形式化され、簡略化されて、いつの間にか、精霊達に敬意と感謝を伝える言葉の代わりに、魔力が対価とされるようになり、魔法は廃れ、今の魔術があるのだーーと、ルシウスは教えてくれた。
夕食後。
月の綺麗な夜なので、精霊達と中庭でくつろいでいる。
怪我をしていた子達も、ずいぶんと元気そうだ。陛下にお願いして離宮へと運ばれたスィーツを楽しんでいたら、ルシウスが疲労回復の効果のあるお茶を淹れてくれた。
畑に育った精霊花を使った、乳白色の精霊茶だ。
砂糖もミルクも入れていないのに、不思議とまろやかで、ほんのりと甘い。香りづけに、シナモンスティックで数回かき混ぜると良い。
「えっと……つまり、魔法を使うために魔力は必要ないってこと?」
『そう。人間が望むことに対して、精霊達が好きに力を貸すんだからね。でも、精霊達は気まぐれだから、それだと効果が安定しない。魔法をより、人間が扱いやすいようにしたものが、魔力による取引を取り入れた、魔術というわけだ』
「じゃあ、魔力のない私には魔術は使えないけど、魔法なら使えるんだ……今日、クトゥグァが戦ってくれたみたいに」
私とともにテーブルにつき、フルーツタルトを頬張っていたクトゥグァが、首肯しながら金色の猫眼を向けてくる。
外見はエキゾチックな雰囲気の美形になっても、食いしん坊なところは変わらないらしい。
空になった私のカップに新しいお茶を注ぎつつ、ルシウスは碧い双眸を柔らかく細めた。
『精霊達と仲のいい君には、ぴったりの力だろう。夢の中に出てきた陛下が、言っていた通りになったね?』
「本当ね。ルシウス、私、杖が欲しいわ! 初めて魔法が使えたお祝いに」
『杖って……魔力が無いのに?』
『姫さんは、魔術が使えねぇだろ』
「そうだけど、でも、魔術師はみんな杖を持っているでしょう? 私は魔術は使えないかもしれないけど、今日みたいに、クトゥグァにかっこいい魔法を使ってもらう時に、こう、持ってた方がかっこいいじゃない?」
『ディアナ。みんなって、誰?』
にっこりと微笑みながら、おもちゃを強請る子供をいなす親の、鉄板の決まり文句を彼は言う。
どうして、精霊のくせにそんなことを知っているのだろうか。
「み、みんなはみんなよ! お、お父様とか、宮廷魔術師団の魔術師達も、みんな杖を持ってるでしょう?」
『杖は力と権威の象徴だ。宮廷魔術師達は、その任に就く際、自らの力を皇帝に捧げる証として、帝国の紋章の入った降魔の黒杖を与えられる。つまり、あれは式典用の正装の一部なんだ』
「で、でも、お父様は、自分の杖もちゃんと持ってるわ!」
食い下がる私に、ルシウスはちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
『残念でした。アンブローズ師長が愛用している犀利の銀杖は、仕込み杖だよ』
「え……っ?」
『しかも、中身は飛金鋼石製の刀でね。巷では魔法剣の達人だとか言われてるけれど、実際はほぼ居合い斬りなんだ。魔術師だから、接近戦は苦手だろうと油断して近づいた敵は、もれなく首がふっ飛ぶんだよ。魔龍を一太刀で真っ二つにしたこともあるらしいし、考えてみれば、アンブローズ師長が魔術を使ってる所なんて、見たことないかもしれないな』
「……ねぇ、ルシウス。お父様って、実は結構危ない人なの?」
『結構っていうか、君の前では猫を被ってるみたいだけど、彼はーー』
つんつん、と誰かに肩を叩かれた。振り向くと、離宮の精霊達が、各々、杖と思しき木の枝を持って集まっている。
おめでとう、と言うように頭を下げては、私の手に一本一本、手渡してくれる。
温かい、彼等の気持ちが嬉しかった。
「みんな……ありがとう……!!」
『こらこら! 皆、ディアナのことを甘やかし過ぎだよ! 誰だい、世界巨樹の枝を折ってきたのは! 駄目だよ! ちゃんと返して来るように!』
『宝珠の玉の枝に、こっちは知恵の大樹……すげぇな。これ全部を素材に使ったら、物凄い杖が出来そうだ』
「ーーえっ、本当に!? 作ってみようかな」
『ディアナ。世界を滅ぼす大魔王にでもなるつもりかい? 大体、魔術師の杖っていうのは、自らの持つ魔力を増幅したり、制御するためのものなんだから、魔力のない君がどんなに凄い杖を持ったって仕方な……』
ルシウスの言葉が途切れたのは、私が彼を、これ以上ないほどに思いっきり睨みつけていたからだ。
唇を噛みしめた上での、涙目である。
『ご……ごめん、ディアナ……! そうだよね、杖もおしゃれの一つみたいなものだものね。見た目や雰囲気って、女の子にとっては大事だよね……?』
「……もういいわよ。どうせ、魔力のない私には、デッキブラシがお似合いなんだからーーっ!!」
『そこまで言ってないんだけど!?』
わあん、と机に泣き伏してしまった私のかわりに、やれやれとため息をついたクトゥグァが、事情を説明してくれている。ロザリアと戦った時のことだ。話を聞いたルシウスは、そういうことかと苦笑した。
『ーーディアナ。事情は充分、分かったから。嘘泣きはやめなさい』
「……嘘泣きじゃないもの。ルシウスは知らないの? この国では、生まれた子供が初めて魔術が使えるようになったら、お祝いに親から杖を貰うのよ。ソレイユも、ロベルトも、ロザリアだって、小さい頃に貰ってた。ずっと、憧れてたのに……」
『その風習は知らなかったな』
柔らかな掌が、髪を撫でていく。
胸の中に湧き上がっていた不満が小さくなっていくうちに、ああ、これが我儘なのかと理解していく自分がいた。
前世の私は知っていることでも、現世の私は知らないことが沢山ある。
知識も、感情も。
今朝、陛下に対して言ってのけた言葉だってそうだ。私では、とても口に出して言えないことだった。
ロザリアや火魔精霊獣に立ち向かっていくことが出来たのも、彼女が心の傍にいてくれたからだ。
前世の私の奔放さと、その心の強さに、私はずいぶんと助けられているように思う。
無理だと思えることでも、彼女と一緒なら、やってのけてしまえる。
生まれた時から一緒にいる、仲の良い姉妹のようだ。
『そうか……なら、きちんとお祝いをしないとね。君の、初めての魔法を祝って。おめでとう、ディアナ』
髪を撫でていたルシウスの掌が、薔薇のコサージュにそっと触れた。陛下に頂いた金剛石の髪飾りとともに外され、彼の掌の上で形を変えていく。
透明な、鉱石の結晶が育つように、長く伸びて杖になる。そこに、銀の蔓が紋様を刻むように絡みついた。
杖飾りには白銀の薔薇の花と、金剛石が散りばめられる。
美しい杖だった。
これまでに眼にした、どんな杖よりも。
「綺麗……ありがとう、ルシウス!」
『使わない時は、元の髪飾りに戻るからね。これまで通り、髪に挿しておけばいい』
うんうん、とうなずきながら、夢にまで見た杖の感触を確かめるように、ギュッと握りしめる。
ーー今夜は絶対に、この杖を抱いて寝るのだ。




