2 精霊王の花摘み
魔帝ディートリウス陛下が、此度めでたくも妃選びの儀を執り行われることになった。
その知らせは瞬く間に帝都中に広がり、魔術学院内でも、たちまちのうちにこの話題でもちきりとなった。
朝っぱらから、あんな派手なパフォーマンスがあったのだ。
話題になるのは仕方がない話だが、寮内でも、キャンパスでも、果ては授業中にまで、頬を赤らめ自らの花を誇らしげに見せ合う魔術師令嬢達の姿を見続けていると、もういい加減にうんざりしてくるのが正直なところである。
浮き足立っているのは、生徒達ばかりではない。
若き皇帝の妃となる乙女が、この学級の中から選ばれるかもしれないと、午前の授業を担当した教師は興奮した面持ちで黒板にこう書き記した。
〝精霊王の花摘み〟。
予定していた授業内容を180度変更し、急遽行われたのは、この国独特の妃選びの儀についてのおさらいである。
「魔法帝国バルハムート。人ならざるものとの親交深き我が国では、妃の選び方も他国とは違っていることは、皆も知っての通りだ。ーー誰が妃になるのか、誰にも分からないーーそれを決めるのは数多の精霊を統べる存在。皇帝陛下を寵愛し、加護を授けている精霊王様のみだからだ」
彼の者の選定に、人間の世界の身分の上下は全く関係がないのだと、教師は続けた。
「故に、皇帝陛下の花嫁に相応しいとみなされた乙女には、今朝のように、一輪の花が届けられる。乙女はその花を髪に挿し、今宵行われる〝精霊王の花摘み〟と呼ばれる花嫁選びの儀を待たねばならない。選ばれる者は、たった一人だ。幸運にも、皇帝陛下の妃に選ばれた者は〝精霊王の寵妃〟と呼ばれ、皇宮に迎え入れられる」
これは、建国の昔から延々と受け継がれてきた、大切な儀式だ。
代々、〝精霊王の寵妃〟は強大な魔力を持ち、優れた魔術の使い手として時の皇帝を支え、彼とともに国を守護してきた。
先皇帝と先皇后も、その例に違わなかった。御二人は、現皇帝ディートリウス陛下の御即位ののちにこの国を去られ、現在は異界ーー精霊界にその身を置いて、人間の世界と彼のものの世界との調和を保っていらっしゃるのだという。
ーー強大な魔力。
教師の発したその言葉に、紙面に走らせていたペンが止まる。
もし、寵妃に選ばれる条件が魔力の量であるならば、私には関係のない話だ……。
一気に興味が削がれてしまった私は、黒板の記述をノートに記すのをやめて、教室の窓に眼を逸らした。
縦に長いアーチ型の窓には緻密なステンドグラスがはめ込まれている。前から三枚目にあたる窓の中を、薔薇の花を咥えた白鳩が飛んでいた。
先ほど、純白の鳩が私に運んでくれた白銀の薔薇の花も、妃候補に選ばれた証には違いないのだろう。
ーーけれど。
「……こんなの、私に贈ったって意味ないのに」
幾度目かも知れないため息を机上に落とした時、午前の授業の終わりを告げる鐘が響いた。