16 秘密のお茶会
き、気まずい……。
汗びっしょりになる私の前に、どこからともなく黒い仮面をつけた執事風の男性達が現れて、椅子を引いてくれる。
彼等は三人いて、それぞれが手際良く動き、カトラリーを準備したり、デザートワゴンに山と積まれたスウィーツから豪華なケーキを選んで切り分けてくれたりと甲斐甲斐しい。
しかし、どうも変だ。
誤差のない体格や、存在感の無さにもしやと思い、掌で右眼を隠してみるとーー案の定、姿が消えた。
彼等は皆、精霊なのだ。
『身の回りの世話や、護衛を任せている。生身の人間を側に置くと、色々と支障をきたすのでな』
「はあ……」
陛下のお言葉に生返事なんて、失礼極まりないことかもしれない。でも、私の目は一切の不手際なく動く、精密な自動人形のような精霊執事達に釘付けになっていた。
惚れ惚れするほど完璧な手順で、執事の一人がお茶を淹れてくれる。
カップもソーサーも、揺るぎない力の象徴である国家色の純黒を基調とし、精霊の象徴である月、魔術の象徴である龍の絵姿が金彩、銀彩の技法をふんだんに取り入れ、緻密に描かれている。
バルハムート帝国、皇宮専用ブランドの最高級品である。
通常、国賓のもてなしに用いられるそれに、こうして手を触れられる機会が来ようとは。ティーカップを持つ手が震えてしまう。
一口飲んだ紅茶からは、今朝、ルシウスと一緒に楽しんだものと同じ香りがした。
相手をしろと言った割には、陛下の口数は少ない。
龍の仮面を見つめるうち、ふと心に浮かんだ疑問が口をついた。
「……あの、陛下はどうして、私が離宮にいることをご存知なんですか?」
『昨夜、アンブローズと言い争いをしたそうだな。その後、行方を眩ませたそなたを、皇宮の者達が必死になって探し出した。今後、思慮の欠けた行いは控えよ』
「もっ……申し訳、ございません……っ!」
思わぬ藪を突っついてしまった。
いやしかし、これは全面的に私が悪い。事態の責任を取らされるのは、あの場にいた女官達であったかもしれないのだ。ここは皇宮なのだから、感情的な行いは控えなければ。
『月の離宮については、そのまま使って構わない。そなたが気に入っていればの話だが』
「はい、気に入っています。静かでーーいえ、今はちょっと賑やかですけど、素敵な場所です」
『そうか』
「はい……」
会話はそこで途切れてしまい、ケーキを食べる手ばかりが進んだ。
それにしても、一体、いくつ食べさせるつもりなのか。
食べ終わるたびに、次から次へと椀子そばのように出されるスウィーツに、これはもしかしてそういう拷問なのではと思えてきた。
確か、織田信長の逸話で、饅頭を腹一杯食べられるなら死んでも良いと言った男に対し、腹一杯の饅頭を食べさせた挙句、本当に殺してしまったというのがあった気がする。
そんな状況で食べる饅頭は、まさに砂を噛むようであったに違いない。
ーー今の私のように。
「あ、あの! 陛下は、ケーキ……お召し上がりにならないんですか?」
可愛いショートケーキと魔帝陛下の組み合わせは、実にシュールだ。
皿に置かれてはいるものの、一向に手をつける気配がないのが気になって声をかけると、陛下はゆっくりと首を振った。
『甘味は、あまり好かぬ』
「じゃあなんで、こんなにてんこ盛りのケーキやスィーツがあるんですか……!?」
ーーという突っ込みが、包み隠さず口に出てしまった。魔帝陛下は私の顔をじっと見つめた後、口を開いた。
『ーー実は、五人の寵妃のうちの一人。レジーナ・フォン・ド・ファフニール嬢の父、ボルレアス・リュクセン・ファフニール侯爵が、私や、皇宮に滞在する寵妃達への贈り物にと、多くの献上品を置いて行ってしまってな』
要するに、賄賂である。
「……まさか、お受け取りになられたのですか?」
『返せるものは全て返した。ーーが、こういった菓子は、返しても捨てられてしまうだけだろう』
つまり、魔帝陛下はもったいないと仰られているのだ。
『寵妃達の元へも運ばせて、残ったものは皇宮内の従事者達で分けるよう指示したのだが。それでもまだ、山のように残っているらしい』
山のように……と繰り返す彼の言葉を聞きながら、私は意外な気持ちでいっぱいだった。
世にその畏怖と御名を轟かせる、魔法大帝ディートリウス・アウレリアヌス・バルハムート陛下。
その彼が、よもや、家臣に贈りつけられたお菓子の山に頭を悩ませているだなんて……。
「……ぷっ!」
『……何故、笑う』
ーーし、しまった、つい!!
「す、すすすすみません!! お菓子のことで悩むだなんて、なんだか可愛いなー、なんて……、ーーはっ!?」
『……』
な、なんでこうもさっきから、ペラペラと口が滑ってしまうのだろう。
心の中で思っていることが、取捨選択を終える前に零れ出てしまうようだ。
それに対して、魔帝陛下が不敬だ無礼だと逐一仰らないことは不幸中の幸いだけど……なんだろう、この違和感は。
例えるなら、自分しかいないと思っていた自室に、こっそり誰かに忍び込まれていたような、不快感と羞恥心。
クックッ、と唐突に、膝の上から声がした。
眠っていたはずの猫が、金色の眼で私を見上げている。
パタパタと、その尻尾が楽しげに揺れた。
『おいおい。姫さん、今頃気がついたのか? ーーアンタ、心を覗かれてるんだぜ?』
「ーーっ!?」
瞬間、弾かれるように席を立ち、陛下から間合いをとった。
猫ーーいや、猫の姿をした精霊獣が突然喋ったことにも驚いたが、今重要なのはその内容だ。
もし、読心系の魔術を使われたのなら、近距離型だ。相手のと距離をある程度置けば無効化される。
腕の中に猫を抱きしめたまま、私は眼の前にいる魔帝陛下を精一杯、睨みつけた。
「い、いくら魔術が得意だからって、他人の心を覗くなんて、最低です……!」
『……最低、か』
緊迫した沈黙が流れる中、魔帝陛下は平然としていた。
私が席を離れた拍子に、お皿から滑り落ちた銀のカトラリーがテーブルを打つ音だけが響いている。
それが鳴り止んだ後、彼は口を開いた。
『心を覗かれて、困るようなことでもあるのか? 謀反を企てているわけでもあるまい』
「……っ!? そんな大それたことでなくても、私にだって、陛下に向かってはっきり言いにくいことくらいあります!」
『ほう? それは是非、聞いてみたいものだな』
申してみろ、と白い掌が差し伸べられる。
明らかな揶揄を含んだ口調に、私はもう躊躇わなかった。
もういい、言ってやる。
息を吸い込み、龍の仮面を見据えて、腹の底から声を張る。
「ーー現実の陛下なんか、大っ嫌いですっ!!」




