表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢は魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです!
14/122

14 精霊騎士令嬢ロザリア




煙色をした三匹の犬達に導かれるままに、月の離宮を離れ、広々とした皇宮内を走っていく。宮内に見張をする護衛官は見当たらない。柱や壁の彫刻装飾レリーフに埋め込まれた魔晶石が、監視の耳や眼のかわりを果たしているからだ。


寵妃としてここに招かれた矢先、行方をくらませてしまった手前、皇宮付きの女官達に見つかれば、直ちに捕まって風呂場に放り込まれ、ピカピカに磨かれた挙句に賓客室に軟禁されてしまうのではないかという不安があった。


しかし、幸いにも、長い廊下を見通す限り、捕まる心配はなさそうだ。


犬達の後を追ううちに、いつの間にか、青々とした大きな葉の茂る庭に辿り着いていた。


南方の植物だろうか。身の丈ほどもある分厚い葉の合間に、極彩色の花々が咲き誇る、エキゾチックな雰囲気の庭園である。


『……』


庭の緑の、奥まった場所の前で、三匹の犬達は足を止めた。


「ここにいるの?」


折り重なった葉の陰から、紅い尻尾が覗いている。驚かせないよう、そっと葉を持ち上げれば、緑蔭の奥でゆらゆらと焔炎ほむらびが燃えていた。紅い炎の中に、きらきらと光る金色の眼が二つ。丸い瞳孔が、きゅっと糸のように細くなる。


ああ、これはきっと猫だ。


「猫ちゃん、出ておいで。ここにいるわんこ達に、怪我をしてるって聞いて来たの。力になれるといいんだけど……」


言葉はきっと伝わるはずだ。離宮ではピンク色のカブトムシにさえ意思疎通出来たのだから、猫になら絶対に出来る。


変な自信が伝わったのか、焔炎の毛並みをした猫は、ちょこちょことこちらに近づいてきた。


金色の眼で私を見上げ、よろしく、とでも言うように、伸ばした掌に軽くすり寄る。


背中に、大きく抉られた傷跡があった。


「ーーっ、酷い。ルシウスならなんとか出来るかな……」


抱き上げた猫はくたりとしている。


離宮に戻る時間が惜しいと判断した私は、昨晩のように髪を飾る花に触れて、彼に呼びかけようとした。


その時だ。


炎魔精霊獣イフリート!!」


誰かの声とともに、ゴゥ、と背後で風のうなる音がした。瞬間、三匹の犬達が私の身体を突き飛ばす。私は手負いの猫を抱いたまま大きく後方へ転がり、なんとか受け身を取って、顔を上げた。


「な……っ!?」


つい先ほどまで私がいた場所が円形状に焼け焦げ、そこに、見上げるほどの大きさの何かがいた。人間に近い姿だが、ありえないほど盛り上がった筋肉や、青みを帯びた浅黒い肌がその考えを否定する。燃え盛る豪炎の髪は、たてがみとなって背中に続いている。衣服のかわりに纏っているのは、紅く熾る石炭や、紅玉石ルビーや、石榴石ガーネットだ。


頭には大きくねじ曲がった二本の角。


こちらを睨みつける両眼は、焔炎そのものの深紅だった。


「ま、さか……、暴れてる大きな精霊って、これ……?」


いやいやいやいや。


無理ですとも!


有名RPGは一通りこなしてきた、前世の私がガンガンと警鐘を鳴らしている。


そんな装備じゃ大丈夫じゃないと!


はじまりの村から出直せと!!


心の中の〝にげる〟選択肢を連打していたその時、巨大な精霊のかたわらに、すっと進み出た人影があった。


夕映を思わせる鮮やかな緋色の髪を結い上げ、紅い薔薇のコサージュを飾りつけた寵姫の一人。


「……お久しぶりです。ディアナお姉様」


「貴女は……もしかして、ロザリアちゃん!?」


精霊騎士令嬢ロザリア・アレクサンドラ・アデルハイド。


小さい頃は然程さほど思わなかったが、目鼻立ちの凛々さが、ロベルトに良く似ている。少女から女性へと華麗に成長しつつある彼女。しかし、持ち前の中性的な魅力があいなって、下手をすれば学院の王子様と名高いロベルトをも凌ぐほどの美青年に見える。長い睫毛に縁取られた、凛とこちらを見つめる瞳は、父親譲りの薔薇の色だ。


昨夜は純白のウェディングドレスに身を包んでいたが、今の彼女は深紅の騎士服を女性風にアレンジしたような、活動的な格好でいる。


本当なら、駆け寄ってきゅっと抱きしめ、「わあ! 久しぶり! 大きくなったねー!」と頭のひとつでも撫でたいところだが、状況が状況である。


先程の、精霊による攻撃を指示した声は、間違いなく彼女のものだった。


私があそこにいるのを知っていてーー彼女は、私を狙って攻撃したのだ。


友好的ではない。


腕の中でピリピリと燃える小さな猫も、身を震わせて、そう伝えている。


「ど、どうしていきなり、攻撃するの? 怪我したら危ないでしょう。魔術学院でも、攻撃系の魔術を行使するときは、しかるべき手続きと管理権を持つものの許可が必要だって、習うはずよ?」


「そのようなこと、魔術の使えないディアナお姉様に言われたくありません! 魔力も無いくせに偉そうに。この帝国での力の上下は、魔力によって定まるのです! いくらアンブローズ様の娘であっても、魔力のない貴女は平民も同然の地位しかありません。人間の世界も精霊の世界も、弱肉強食が世の常なのです。力のないものはかしずくべきです。ディアナお姉様は、私にこうべを垂れるべきなのです。説教を垂れるのではなく!」


「……は?」


あまりにもな言い草に、何を言っていいか分からなくなった。


誰か、嘘だと言って欲しい。


これがあの、小さくて可愛かったロザリアちゃんなのか。お姫様、と呼べば、「ひめではありません! わたしはきしになりたいのです!」と舌っ足らずに主張してきた、可愛い可愛い……。


「ちっちゃな薔薇姫プリンセス・ローズ……っ!! 嘘でしょう、あの可愛らしかったロザリアちゃんが、どうしてそんな、酷いことを言うようになったの!?」


「なっ!? そ、そそその名で私を呼ばないで下さい!! ……私だって、ディアナお姉様を傷つけたくはありません! だから、その……大人しく、その手の中の精霊獣をお渡し下さい。それは、私が追っていた獲物ですから」


「渡したら、この子をどうするつもり?」


「私の守護精霊ガーディアン炎魔精霊獣イフリートの餌にします。集められた寵妃は五人。真の寵妃に選ばれるためには、誰よりも強くあらねばなりません。そのために、多くの魔力を集めなければ。この皇宮内は精霊どもがたくさんいて、餌に困らないので助かっていたのです。中でもそいつは上物で、喰わせれば魔力がーー、あっ! お待ち下さい、お姉様!!」


お待ちません、お姉様は……!!


小さな猫を、平気で鬼に喰わせるような、そんな酷い子に育てた覚えはないんですから!


猫を抱えたまま、回れ右、猛ダッシュを決めた私は、密林ジャングルのような濃い緑の中をひた走った。


「探し出せ、火魔精霊獣イフリート!!」


『ゴアアアアアアアアーーーーッッ!!』


地を揺るがすような雄叫びと、ズシンズシンといういかにもな足音が、後方からどんどん近づいてくる。


煙色をした犬達の先導はもうない。ならもう、とりあえず身を低くして、見つからないように逃げ延びるしかない。


頭の中には、前世の私が試験勉強をも放り出してプレイしていた、某有名戦術諜報アクションゲームの光景がありありと浮かんでいた。


今ほど思ったことはない。


ダンボール箱が欲しいと。


ダンボール箱は逃げ惑う乙女の必需品だ、きっと。


腕の中の猫を守りつつほふく前進、右手で髪のコサージュに触れる。


「オタコ……じゃない、ルシウス、ルシウス……! 危ない時には助けに行くって言ったじゃない……! 今って、結構危ない状況だと思うんですけど、オーバー!!」


駄目である。


いくら待っても、ルシウスが現れるきざしはない。なんとか自力で密林地帯を抜けた私は、回廊を渡って、別の庭に潜伏することを選択した。


ぱっと眼についた、ルシウスを彷彿とさせる白銀の薔薇の垣根に惹かれたのだ。勢いのまま、腰高のそれを飛び越えて、その向こうに身を隠そうとしたところーー


ーードンッ!


と、誰かにぶつかった。


「ーーあっ!? す、すみません! 人がおられるとは思わな……く、て……?」


垣根の向こうは、それはそれは、美しく手入れの行き届いた庭園だった。白銀の薔薇が咲き誇り、羽根を広げたドラゴンの噴水が、よく晴れた青空に水を噴き上げている。


そんな、いかにも高貴な身分の方のためにあつらえた庭園を背に、私がぶつかった人物は、腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。


「ーーひ……っ!?」


瞬間、私の頭は真白に染まる。


全身から冷や汗が吹き出して、速まる動悸は頭痛のように、頭の芯にガンガンと鳴り響いた。ちゃんと呼吸ができているかどうかも怪しい。悲鳴が喉に張り付いて、声も出ない。


どうして。


どうして貴方が、こんな場所におられるのですか……!?


『……誰かと思えば、アンブローズの娘か。そなたは魔力を持たぬが故に、気配が薄いな。不意を突かれたのは久しぶりだ』


ご機嫌麗しく、とは口が裂けても言えない不穏な響きの低音美声バリトンボイスに、私の心臓は凍りついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ