42 陛下と寵妃とクリームあんみつ④
「……っ、わ、分かりました。食べさせてあげますから、意地悪をしないで下さい……!」
悪戯な指先に翻弄されながらも、ディアナはあんみつを盛った硝子器に手を伸ばす。銀のスプーンを手に、中身をすくおうとする動きを、ディートリウスは邪魔することなく大人しく待ってくれた。
「えっと、それじゃあまずは寒天です。白いのはミルク味、その他は色んな精霊果のシロップで色や味をつけています」
言いながら、スプーンで寒天をすくって、形の良い口元に近づける。
「どうぞ……」
『ありがとう。ーーほう。これは、ツルツルして、冷たくて美味しいな』
「よかった……! じゃあ、次はアイスクリームです! これも、私の前世の世界にあった食べ物で、私の大好物なんですよ!」
『ーーっ、これはまた、冷たいな。……ふぅん。だが、甘くてまろやかで、とても美味しい。不思議な食べ物だな』
反応を楽しみながらスプーンを運ぶたびに、仮面の下でディートリウスの口元がもぐもぐと動く。なんだか魔龍に餌づけをしている気分だなと、ディアナはほくそ笑んだ。
「そうでしょう? これは、こういう冷たくて口触りのいいものをたくさん盛りつけた、クリームあんみつという夏のスィーツなんです。ルシウスったら、すごいんですよ。アイスクリームなんて、どう作ったらいいのか分からないような食べ物なのに、それを作れる魔術具を、グランマーレからの留学生の女の子に作ってもらったんですって。リンドヴルム魔術学院の学院街に、〝月の扉〟っていうティーハウスまで開いて……あれ?」
そこまで言ってふと気がついた。ディアナの言葉に対するディートリウスの反応が、あまりにも少ないのだ。もしかして、と思う。
「陛下はご存知だったんですか? ルシウスがお店を出していること」
『ーーああ。店を出す前に、私の元に許可を取りに来たのだ。びっくりさせたいから、そなたにはしばらく内緒にしておいてくれと口止めされていた』
「そうだったんですか……もう! そんな面白いこと、皆で秘密にするだなんてずるいですよ!」
『そなたには、グランマーレに発ってもらっていたからな。伝えれば、すぐにでもバルハムートに帰って来たがっただろう?』
「分かっていて黙っていただなんて、余計に酷いです!」
プイ、と横を向けば、仮面の下から楽しげな笑い声が漏れる。少しは機嫌が直っただろうかと、ディアナは少し踏み込んでみることにした。
陛下、と、黒龍の仮面の奥をのぞきこむ。
「今度の学院祭ですが、私と一緒に行って頂けませんか? 学院街中に色んなお店が並んで、とても楽しい催しなんですよ? ルシウスのお店も、見に行ってみたいですし、でも、私一人でお祭りに行くのは、寂しいじゃないですか」
『……そうだな』
ディートリウスの宵闇色の瞳が、深く伏せられた目蓋の奥に隠れてしまった。いつになく思案げな様子に、ディアナはやはり、嫌がるのには相応の理由があるのではないかと思う。尋ねたところで、話してはもらえないかもしれないけれど……。
「ーーあの、陛下。実は私、お父様やオルカナ副師長から、学院祭に参加して頂けるよう陛下を説得して欲しいと頼まれていたんです。その時にお父様が、陛下の魔力による影響は、仮面の力と、私が傍にいることで抑えられる。後はトラウマを乗り越えるだけだと仰っておられて……過去に、学院で何か嫌なことがあったのですか?』
『……それを尋ねて、どうする』
「陛下が悩んでおられることがあるなら、どうか相談にのらせて下さい! もし、本当にお嫌なら、私からお父様やオルカナ副師長に、無理強いをしないようにかけ合いますから!」
『ディアナ……』
ディートリウスは宵闇色の瞳を張り詰めていたが、ふいに、それを細めてディアナの身体を引き寄せた。ディートリウスの纏う、冷たい花のような香りにすっぽりと包まれて、そのあまりの近さに戸惑ってしまう。ディアナの隙を突くかのように、ディートリウスは頬や額に、小さなキスをいくつも落とした。
「あっ、へ、陛下……、ん……んうっ」
『本当に、そなたには敵わないな……可愛らしくて、愛おしくて堪らない。こんなにも私を夢中にさせて、そなたは私をどうするつもりだ……?』
「ど、するって……っ、は、う……っ、お話を、聞きたいだけです……! 秘密にしないで、教えて下さいよ……っ!」
『そうだな。そなたになら、知られても良いかもしれぬ』
「ひゃう……っ!」
最後にぺろりと耳朶を舐められ、ビクッと身を震わせるディアナを愛おしそうに眺めた後、ディートリウスは柔らかく微笑んだ。
『……もう、五年近くも前のことだ。宮廷魔術師達の勧めで、私は、帝国立リンドヴルム魔術学院に入学をしたのだ』
「えっ!? へ、陛下も学院に通われていたことがあったんですか?」
驚きながらも、確かに、おかしな話ではないのかもしれないと思った。あの学院には、ディートリウスの父である前皇帝と、母である前寵妃も在学していた。この国の現皇帝であり、バルハムート最強の魔術師である彼が、帝国最高の魔術学術施設に入学をするのは、むしろ当然なことだ。
ディートリウスは、いたって真面目な顔でうなずいた。
『魔術の鍛錬は勿論だが、それ以上に、自身の魔力を制御する精神修行が目的だった。それまでは皇宮に籠り、アンブローズから魔術の手ほどきを受けたり、人前に出ても常に魔力を抑えておけるよう、鍛錬を積んでいたのだ。だが、いつか学院に入学してみたいと、ずっと思い続けていた。かつて父と母が通い、ともに学び、愛を育んだ場所に通うことが、当時の私にとっての大きな夢だったのだ』
「そうだったんですか……」
その想いは、ディアナにもよく理解出来た。この世界に転生して、魔力を持たず、悲しい思いをしていた。けれど、ソレイユとロベルトという無二の親友達と出会い、思ったのだ。二人と共に、魔術師になるために学院で学びたいと。帝国最高の学術機関であれば、もしかしたら、魔力を得る方法が見つかるかもしれない。ファンタジーの世界に大きな憧れを抱いていたディアナにとって、それは大きな目標であり、夢だった。
ディートリウスは窓の外に遠い眼を向けながら言葉を続けた。
『外界から遮断され、皇宮という孤独の中で生まれ育った私は、年端の近い級友達と交流すること、その中に、友と呼べる者が現れるかもしれないことを想像しては胸を膨らませていた。……しかし、実際は上手くはいかなかった。若過ぎる皇帝という立場と、この奇異なる仮面のせいで、学院の誰もが私を恐れてしまったのだ。今から考えれば、当然のことだと理解出来る。だが、当時の私には、その事実を受け入れることが出来なかった。毎日、理想と現実との落差に失望し、どうにも解決できない鬱憤を溜め込み続けた結果ーーある日、とうとうそれを爆発させてしまったのだ』
惨劇は、実技訓練の授業の最中に起きた。
その日の課題は自由属性の精霊召喚術だった。これは、属性指定せず、魔術師の呼びかけに応えた精霊を自由に召喚するというものだ。あえて指定しないことにより、術者の持つ魔力の特性を好む精霊が現れる。
夢を壊され、希望を潰され、失意の底に叩き落とされたディートリウスの呼びかけに応えたものーーそれは、極めて強大な力を持つ、闇の精霊獣だった。




