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「え……」
新太の発言に対し、俺は言葉に詰まってしまう。新太の好きな人を知りたいのは、根室であって、俺は別に知りたい訳じゃない。
……本当に?
頭の中で、もう一人の俺が俺に問いかける。
知りたいんじゃないのか? 知らない女子の名前を新太が口にして、藤塚ではないんだ、と安心したいんじゃないのか?
なぁ、どうなんだ?
頭がぐわんぐわんする。軽い車酔いをした時みたいな気分になり、思考が停止する。
「なーんてなっ、急に変なこと聞くから揶揄って……「……教えてくれ」
新太の言葉を遮って、俺はそう告げていた。ぐらぐらとする頭とは反対に、口から冷静な声が出たことに驚く。
「誰にも言わない。クラスの女子には、いないって伝える。……だから教えてくれ」
そう言い切ると、俺は手と手をぎゅっと握った。ひどく緊張しているのが、手汗の量でわかる。
新太は小さく深呼吸をしてから、口を開いた。
「……気になる、のは」
ごくり、と唾を飲み込み、その先の言葉を待つ。
「藤塚、藤塚咲良だよ」
新太の口にした名前を聞き、目を見開く。開いた口が塞がらない。心臓がどくんどくんと音を立てる。
衝撃を受ける一方で、心のどこかで、やっぱりな、と小さく思った。藤塚は綺麗で、すごく可愛い。それは多分全校生徒ほぼ全員が思っていることだろう。
新太も例外ではなかったということだ。
聞かなきゃよかった、と思ってしまった。それと同時に、何か言わないと、と思う。
頼んで教えてもらったくせに、勝手にショックを受けて後悔するのはおかしいだろう。せっかく俺を信用して教えてくれた新太に対して失礼だ、と言い聞かせる。
「へ、へぇ……新太が、藤塚を……ね」
やっとのことで絞り出した言葉。我ながら情けなさすぎて涙が出てきそうだ。俺は震える手を誤魔化そうと、ジュースに手を伸ばし、掴んだ。
しかし、飲む気になれない。
「なんっつーか、こう、藤塚は他の女子とは全然違うんだよな。歩く姿も絵になるっていうか。堂々としてて、かっけーんだよ。……うわ、こんなこと初めて言ったから、くそ照れる」
話す新太の顔が赤い。その顔を隠すように、両手で目を覆った。こんな新太初めて見た。
本気なんだな、と思い、俺は体温がすーっと急速に下がっていくような感覚を覚える。
藤塚と自分が釣り合うなんて思ってない。おこがましいことこの上ない。そんなの、わかりきっていた。
だけど、目の前にこんな強敵がいたなんて。
流石に無理ゲーだ。
藤塚は今誰とも付き合っていない、というのは噂で知っていた。でも、いずれ誰かと付き合うだろう。その相手が、自分のよく知る人物なのは、結構、かなりキツイ。
藤塚と同じモデルとか俳優とか、そういった芸能人みたいな雲の上の人だったら諦めがつくのに。
ああ、でも新太はいずれプロ野球選手になるんだろうから、やっぱり二人はお似合いじゃないか、と思い、さらに落ち込んでしまう。
ふと、このタイミングで、自分も藤塚が好きだと打ち明けてみるか? といった考えが一瞬頭をよぎった。
いや、駄目だろ。俺はぶんぶん頭を横に振る。
藤塚と俺は友達。だから、今日だってメッセージ交換ができた。この繋がりがなくなったら、俺は本当に何にもなくなってしまう。
冷静になれ。
今一番困るのは、新太に藤塚との恋を“協力してくれ”とか“仲をとりもって欲しい”といったお願いをされることだ。
断る理由としては、俺は藤塚となんの関わりもない、が妥当だろう。きっと納得してくれる。
「なぁ、晃太」
きた。きっと協力の依頼だ、と思いぐっと目を瞑り身構える。
「聞いてくれて、ありがとうな」
「へ?」
依頼じゃなかったことに拍子抜けしてしまった。間抜けな声がでてしまい、恥ずかしい。
新太はジュースをごくりと飲み干すと、ポツリポツリと語り始めた。
「俺、今部活一筋で、周りの奴らもそうで。なんていうか、恋愛なんかにうつつを抜かしている場合じゃねー、本気で甲子園目指すぞって環境にいんだよ」
「え、でも、新太モテるだろ? 告白とかされてるんじゃ……」
「まぁ、なくはないけど。でも、俺は野球に真剣でいたい。だからずっと断ってた。でも、つい最近になって、藤塚が気になるっつーか、目で追っちまうようになって」
新太の頬がまた熱を持った。
「うん」
「誰にも相談できねーし。恥ずいし。それこそ、何浮かれてんだ、って感じだし。だから、晃太に話せて、嬉しかった。ありがとな」
そう言って、新太は目尻を細めた。
似ていると思った。新太と藤塚が。
昨日の、カフェでの藤塚の言葉と表情を思い出す。
“ほら、私こういうゲームの話、面と向かって誰かとするの、内海くんが初めてだからさ”
あの時の藤塚も、今の新太と同じように目尻を細め、柔らかく嬉しそうに笑ったんだ。
「……俺、絶対誰にも言わないから。約束する」
心から、そう告げた。俺を信頼して、話してくれたんだ。だから、誠意を持ってこたえなきゃだろう。
俺の言葉に、新太はまた笑顔を見せてくれた。