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8.Now Loading

「え……」


 新太の発言に対し、俺は言葉に詰まってしまう。新太の好きな人を知りたいのは、根室であって、俺は別に知りたい訳じゃない。


 ……本当に?


 頭の中で、もう一人の俺が俺に問いかける。


 知りたいんじゃないのか? 知らない女子の名前を新太が口にして、藤塚ではないんだ、と安心したいんじゃないのか? 


 なぁ、どうなんだ? 


 頭がぐわんぐわんする。軽い車酔いをした時みたいな気分になり、思考が停止する。


「なーんてなっ、急に変なこと聞くから揶揄って……「……教えてくれ」


 新太の言葉を遮って、俺はそう告げていた。ぐらぐらとする頭とは反対に、口から冷静な声が出たことに驚く。


「誰にも言わない。クラスの女子には、いないって伝える。……だから教えてくれ」


 そう言い切ると、俺は手と手をぎゅっと握った。ひどく緊張しているのが、手汗の量でわかる。


 新太は小さく深呼吸をしてから、口を開いた。


「……気になる、のは」


 ごくり、と唾を飲み込み、その先の言葉を待つ。


「藤塚、藤塚咲良だよ」


 新太の口にした名前を聞き、目を見開く。開いた口が塞がらない。心臓がどくんどくんと音を立てる。


 衝撃を受ける一方で、心のどこかで、やっぱりな、と小さく思った。藤塚は綺麗で、すごく可愛い。それは多分全校生徒ほぼ全員が思っていることだろう。


 新太も例外ではなかったということだ。


 聞かなきゃよかった、と思ってしまった。それと同時に、何か言わないと、と思う。


 頼んで教えてもらったくせに、勝手にショックを受けて後悔するのはおかしいだろう。せっかく俺を信用して教えてくれた新太に対して失礼だ、と言い聞かせる。


「へ、へぇ……新太が、藤塚を……ね」


 やっとのことで絞り出した言葉。我ながら情けなさすぎて涙が出てきそうだ。俺は震える手を誤魔化そうと、ジュースに手を伸ばし、掴んだ。


 しかし、飲む気になれない。


「なんっつーか、こう、藤塚は他の女子とは全然違うんだよな。歩く姿も絵になるっていうか。堂々としてて、かっけーんだよ。……うわ、こんなこと初めて言ったから、くそ照れる」


 話す新太の顔が赤い。その顔を隠すように、両手で目を覆った。こんな新太初めて見た。


 本気なんだな、と思い、俺は体温がすーっと急速に下がっていくような感覚を覚える。


 藤塚と自分が釣り合うなんて思ってない。おこがましいことこの上ない。そんなの、わかりきっていた。


 だけど、目の前にこんな強敵がいたなんて。


 流石に無理ゲーだ。


 藤塚は今誰とも付き合っていない、というのは噂で知っていた。でも、いずれ誰かと付き合うだろう。その相手が、自分のよく知る人物なのは、結構、かなりキツイ。


 藤塚と同じモデルとか俳優とか、そういった芸能人みたいな雲の上の人だったら諦めがつくのに。


 ああ、でも新太はいずれプロ野球選手になるんだろうから、やっぱり二人はお似合いじゃないか、と思い、さらに落ち込んでしまう。


 ふと、このタイミングで、自分も藤塚が好きだと打ち明けてみるか? といった考えが一瞬頭をよぎった。


 いや、駄目だろ。俺はぶんぶん頭を横に振る。


 藤塚と俺は友達。だから、今日だってメッセージ交換ができた。この繋がりがなくなったら、俺は本当に何にもなくなってしまう。


 冷静になれ。


 今一番困るのは、新太に藤塚との恋を“協力してくれ”とか“仲をとりもって欲しい”といったお願いをされることだ。


 断る理由としては、俺は藤塚となんの関わりもない、が妥当だろう。きっと納得してくれる。


「なぁ、晃太」


 きた。きっと協力の依頼だ、と思いぐっと目を瞑り身構える。


「聞いてくれて、ありがとうな」


「へ?」


 依頼じゃなかったことに拍子抜けしてしまった。間抜けな声がでてしまい、恥ずかしい。


 新太はジュースをごくりと飲み干すと、ポツリポツリと語り始めた。


「俺、今部活一筋で、周りの奴らもそうで。なんていうか、恋愛なんかにうつつを抜かしている場合じゃねー、本気で甲子園目指すぞって環境にいんだよ」


「え、でも、新太モテるだろ? 告白とかされてるんじゃ……」


「まぁ、なくはないけど。でも、俺は野球に真剣でいたい。だからずっと断ってた。でも、つい最近になって、藤塚が気になるっつーか、目で追っちまうようになって」


 新太の頬がまた熱を持った。


「うん」


「誰にも相談できねーし。恥ずいし。それこそ、何浮かれてんだ、って感じだし。だから、晃太に話せて、嬉しかった。ありがとな」


 そう言って、新太は目尻を細めた。


 似ていると思った。新太と藤塚が。


 昨日の、カフェでの藤塚の言葉と表情を思い出す。


 “ほら、私こういうゲームの話、面と向かって誰かとするの、内海くんが初めてだからさ”


 あの時の藤塚も、今の新太と同じように目尻を細め、柔らかく嬉しそうに笑ったんだ。


「……俺、絶対誰にも言わないから。約束する」


 心から、そう告げた。俺を信頼して、話してくれたんだ。だから、誠意を持ってこたえなきゃだろう。


 俺の言葉に、新太はまた笑顔を見せてくれた。

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