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6.ミッション

 四時間目の授業が終わり、昼休みになった。購買に行く者、中庭や部室などへ行く者、教室に残る者。様々だ。


 俺はクラスの数少ない友人である、榎本慶也(えのもとけいや)に昼飯を食べようと声をかけに、弁当を持って立ち上がった。


 その時、後ろから声をかけられた。


「うーつーみくんっ」


 いかにも媚を売るような、甘くて高い声。こんな声で呼ばれることなんてそうそうない。


 振り返ると、染めたであろうアッシュブラウンのゆるく巻かれた肩までの髪に、化粧ばっちりの顔。


 藤塚とよく一緒にいる、今朝俺の名前を間違えたクラスメイト、根室美優(ねむろみゆう)が立っていた。


「……えっと、なんか用?」


 そう尋ねると、根室はずいっと距離を詰めてきた。威圧感を感じる。ちょっと怖い。


 おそらく、長いつけまつ毛とかカラコンのせいなんだろうけど、不自然に目が大きく見えて、その目力に身が竦む。俺はこういう濃い化粧は苦手かもしれない、と心の中で呟く。


「あのさぁ、内海くんってぇ、二階堂くんと仲良いんだよね?」


 恥じらっているのか、体を少し揺らしながら質問された。なるほど、根室は新太に近づくために俺を利用しようとしているんだな、と察する。


 中学の時も、こういうことは何度かあった。


 地味な俺と対照的に華やかな新太が一緒にいることに対する意外性。派手なやつ同士がつるんでいるより、注目されるのは必然かもしれない。


「小中が同じだっただけで、そんなすげー仲良い訳じゃないけど」


 この言葉で引き下がってくれないかな、と期待する。


「でもさー、二階堂くんさっき内海くんに、なんか奢るって言ったたよね? それって、どっか二人で行く機会があるってことじゃん?」


 駄目だったかー、と心の中で肩を落とす。


「ねー、そん時にさぁ、それとなーく好きな人いるのか聞いてくんない?」


 根室はお願い、と言いながら手を合わせて首を傾げた。根室は可愛くお願いしてるつもりなんだろうけど、正直、全然心に響かなかった。


 ふと、藤塚の“お願い”と上目遣いプラスウィンクの合わせ技を思い出した。あれは本当に、本当に可愛かった。心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走ったからな。


 思い出に浸っていた意識を現在に戻す。根室には悪いが、面倒くさいというのが本音だったので、やんわりと断ることにする。まぁ藤塚の友人なのであくまでもやんわりと。


「……なんで」


「いーじゃん。彼女はいない、って他の子が聞いたみたいなんだけど、好きな子がいるかはわかんなくてぇ。ね、聞いてくれたら〜そうだな〜、咲良に内海くんのこと、良い奴だよって褒めとくよ!」


「……は?」


 なんで、ここで藤塚の名前が出てくるんだよ。


 カッと頭に血が上るのを感じた。それと同時に、弁当の入った保冷バッグを持つ手に汗がにじむ。


「ほらぁ、たまにチラ見してるよね? 知ってるよ、私けっこう鋭いんだこーゆーの。ね、うつみくんも咲良にアピールできてウィンウィンでしょ。どう?」


「……っ」


 そんな、周りに気づかれるほど、俺は藤塚を見てしまっていたのか……、と呆然としてしまう。


 気をつけていたつもりだったのに。さーっと体の熱が冷めていくのを感じる。


「別に藤塚のことなんて……」


 弁解しようと口を開くと、根室は、きゃははっ、と甲高い声で笑った。


「わかってるよ〜。憧れてんだよね! まぁ、うちのクラスの男子はほぼそうじゃん。それに、あたしも二階堂くんに憧れてんだ。一緒〜。ねぇ、だからさぁ、同志みたいな? 協力してほしいな。いーじゃん。おねがーい」


 根室の発言から、俺が本気で藤塚に惚れているとは思っていないことがわかった。良かった、とほっと胸を撫で下ろす。


 憧れ以上の気持ちを抱いていることは秘密だ。ここで下手に断って、騒がれるのも嫌だな、と思った。


「聞くだけなら……」


「わーっありがと〜。よろしくぅ」


 がしっ、と弁当を持っていない方の手を両手で包み込むように掴まれた。ぎょっ、としている俺に対し、根室は本当に嬉しそうな笑顔を見せた。


 憧れ、と言っていたが、根室も本気で新太が好きかなかもしれないな、と思った。


「まじ感謝! わかったら教えてね〜」


 ハイテンションでいつも一緒にいる女子のもとへ去っていく根室を見ながら、俺は少し後悔していた。面倒くさいことになってしまったと。


 ミッションは、二階堂新太の好きな人を聞き出すこと。そして、根室美優に伝えること。


 そのためには、新太と会話を……恋の話する必要がある。


 奢ってもらう約束をしたといっても、ただ教科書を貸しただけ。夏だったらアイスとか、冬だったらコンビニの肉まんとか、そんなものだろう。


 生憎今は梅雨。今日は曇りだが、雨が降ったら買い食いはちょっと遠慮したい。ファストフード店のポテトとかジュースくらいがいいかな。


 そんなことを考えつつ、榎本のいる窓際の席へと向かった。空いている榎本の前の席を借りて座る。


 榎本は既に弁当を広げていた。俺は弁当珍しいな、と言うと今日は自分で作ってきた、と彼は答えた。


 榎本は寡黙で大人しい性格だが、体が大きくガッシリしている。短い髪に、表情があまり変わらない顔。そのせいで少し怖がられることもある。


 趣味は体型に似合わず読書と俺と同じでゲーム。格闘ゲームが好きらしく、出席番号が近くて、ゲームが好きということで仲良くなった。


「なぁ、榎本ってバイトするならどこにする?」


 そう聞くと、


「……本屋」


 ぼそりと呟くような返答があった。彼らしい答えに、なるほどと頷く。バイト先を見つけたい。それも一つのミッションだ。


 根室のことは引き受けてしまった以上、仕方ない。ミッションは一つ一つ確実にクリアしていこう、と心の中で決意した。

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