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5.フレンド登録の思い出

 ティーンズ向け人気ファッション雑誌『AiMeR(エメ)』のモデルである藤塚咲良は、芸能活動を理由に早退や、丸一日学校を休むことが度々ある。


 今日も藤塚は、三時間目の授業を終えると撮影があるとの理由で、足早に帰ってしまった。


 周りのクラスメイト達に、頑張ってね、という声援を受けながら、彼女はにこやかに手を振りながら、教室を出て行った。


 俺は声をかけることができず、口をひき結んだままその姿をただ見つめていた。


 教室では極力話さない。


 それが俺と藤塚の暗黙のルールだからだ。釣り合わない、というのも一つの理由だが、もし二人で話をしているところを見られ会話の内容や仲良くなった経緯を詮索されたら、約束を破ることになりかねないからだ。


 藤塚が教室を出た後、俺は徐にスマホを取り出し、ソシャゲのアプリを起動した。


 口で直接伝えられないから、せめてゲームの中で、と思ったのだ。


 SNSで伝えることもできるのだが、あえてゲーム内でメッセージを送る理由は、藤塚がおそらくマネージャーの運転する車で撮影場所へ向かうはずで、その最中にソシャゲをやるだろう、と踏んだからだ。イベント走る、と宣言していたし撮影前にきっとメッセージに気づくだろう。隙間時間にささっとプレイできるのがスマホゲーの利点だし。


 それに、ちょっとした特別感を得たかった。むしろそれが本音かもしれない。


 彼女とゲーム内でもやり取りできるのは、俺だけなんだっていう、情けないけど優越感に浸りたかったのだ。


 俺が今起動させたアプリこそ、俺と藤塚の唯一の繋がり。スマートフォン用RPG『グランド・ファンタジー・ニューワールド』略して『GFN』だ。


 名前の通り、壮大なスケールで描かれる空想世界を舞台に、剣や魔法といった様々な能力を持ったキャラクターを操作してストーリーを進めていくゲームだ。アニメ化決定して放送開始は今秋の予定、今かなり人気で話題性のあるアプリゲームの一つだった。


 俺はゲーム内でフレンド同士の情報交換などに使用するトーク画面を開き、フレンド一覧にあるブルームという名前のメンバーを選択すると、「いつもお疲れ様。がんばれ。」といったメッセージを送った。


 藤塚のゲーム内のユーザーネームは、ブルーム。


 5月、友達になってと言われOKしてすぐ学校以外でどこか二人でゲームの話ができるところはないか、と藤塚に尋ねられ、カフェ『La toile』を紹介して二人で初めて行った日。


 まず、ゲーム内でも友達になろうということになり、プレイヤー名を教え合い、フレンド登録をした。


 変わったプレイヤー名だな、と思い由来を聞いたところ香水のブランドの名前からとったのだ、と教えられた。さすがモデル。ネーミングまでオシャレだと感心した。


 ちなみに俺のプレイヤー名は家で飼っている猫の名前を借りて、ノワールなのだと、相手に聞いた手前伝えると、それを聞いた藤塚に、


「へぇ〜、内海くん猫飼っているんだ! いいなぁ。私、今まで一度もペット飼ったことないんだよね。ねっ、写真ある?」


 と聞かれ、比較的ブレていなくて上手く撮れたであろう写真を探す。藤塚は目を輝かせて、まだ? まだ? とそわそわしている。猫好きなのかな。


 俺には一人姉がいるのだが、ノワールはその名付け親の姉に非常によく懐いていて、俺の存在は二の次、いや三の次くらいだった。


 しかし姉がこの春から大学進学とともに一人暮らしをはじめ家を出たので、おおよそ寂しくなったのだろう、ノワールはよく俺の部屋を訪れるようになった。


 一昨日も俺の部屋にやってきたノワールが、俺に甘えているところを撮った写真を見せたところ、藤塚は大きな瞳を一段と輝かせ、感嘆の声をあげた。


「うわ〜、可愛いっ! 綺麗な猫ちゃんだね。黒い毛並みがつやつや! 抱っこしてみたい」


「抱っこか……機嫌が悪いと引っ掻かれるぞ。機嫌が良いとすげー甘えてくるけど」


「気まぐれ屋さんか〜。でも猫のそういう、自由気ままなとこ、好きだなぁ」


 そう言って、藤塚は目尻を下げ、柔らかい笑顔を見せた。初めて見る、藤塚の頬を緩ませた表情に思わず、息を呑んだ。


 約一ヶ月前のことだが、鮮明に思い出せる。


 ノワールの話題のおかげか、その後のソシャゲの話もあまり緊張せず、会話も弾んだ。昨日であの店に行くのは4回目だ。次に行くのはいつになるだろう、なんてぼんやり考えていた時だった。


「晃太〜!」


 新太が自分の名前を読んでいる。その方向に目を向けると、今朝と同様にイケメンが教室のドアに立っている。今朝と違うところといえば、新太が体操着を着ていることだろうか。


 俺がスマホをポケットに入れ、ドアの方へと向かうと新太は身を乗り出してきた。数学の教科書を受け取る。


「教科書ほんっとありがとな! あっ俺、この後体育なんだ」


「お、おお、そうか」


「奢るの、何がいいか考えといてくれよ! じゃ、またな!」


「ああ」


 来たかと思ったら早々に去っていく友人の姿を、ぼんやりと見つめる。ハキハキとした声、エネルギッシュなオーラ、なんだか太陽みたいで直視できなかった。


 二階堂新太とは一応友達だけど、なんで仲良くなったのか今でも俺は不思議に思う。昔から俺はパッとしなかったし、その逆で新太は昔からキラキラしていた。


 まあ、腐れ縁というだけで、新太には俺以外にもたくさん友達がいるし、教科書を借りにきたっていうのもたまたまなんだろう。


 席に戻るとちょうどチャイムが鳴り、四時間目の授業が始まった。

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