19.一回だけじゃない
随分と更新が空いてしまいました。申し訳ございません。更新再開に伴い、プロローグから前話まで内容を少し修正させていただきました。
「どこ行きたい、とか希望あったり……すんの?」
遊びに行きたいだけではアバウトすぎる。俺は女子が喜ぶようなスポットに疎いし、できれば藤塚が望むところに行きたいと思い尋ねた。
俺の質問に対し、藤塚は目を瞑り少し考え込む。
「そうだなぁ……行きたいとこはたっくさんあるんだけど〜。うーん、やっぱりあそこだよね」
悩みつつも楽しそうな独り言の後、ぱっと顔を上げて俺の方を見た。
「一番行きたいとこはね、水族館!!」
幼い子供のような弾けんばかりの笑顔。可愛い。女子にしてはすらりとした高身長に洗練された整った顔立ちから"大人びている"といった第一印象も、今となってはあどけなささえ感じる"可愛い"がしっくりくる。
でもそうか、藤塚は水族館が好きなのか。
「魚……あとイルカとかペンギンが好きなのか?」
水族館なんていつぶりだろう。小学生の時行ったきりで随分とご無沙汰な気がする。魚と、あとイルカとかアシカとかペンギンとか……あと何がいたっけか。ああ、ラッコとシャチとかもいたな。
「うん好き。でも一番好きなのはクラゲなんだ」
クラゲ?
「クラゲって、あの海水浴シーズンが終わる頃に大量発生して刺されるとビリビリするやつ?」
少し間抜けな質問をしてしまったかな。
「そう! 確かに刺されたら痛いし怖いかもだけど、すごく綺麗でふわふわしてて、なんていうか……自由な感じがする。見てると癒されるし、好きなんだぁ」
楽しそうに話す表情から、藤塚がいかにクラゲが好きか伝わってきた。
藤塚というか、一般的な女子が好きな水族館の生き物といえば、メジャーなイルカとかペンギンだろうとなんとなく思っていたので少し意外だった。そうか、クラゲが好き。覚えた。
「今度ここの水族館にね、クラゲ巨大水槽がオープンするんだって! 8月1日からなんだけど、めっちゃ行きたいって思ってて」
スマホの画面に映されたニュースを見せてくれる。まるで水の中にいるような感覚になれる、幻想的なクラゲの世界をお楽しみくださいとのこと。青い海のような大きな一面の水槽の中で、沢山の白く輝く半透明のクラゲたち。確かにこれは見てみたいかも。小さな画像を見ただけなのにわくわくしてきた。
「あー楽しみだなー早く夏休み来ないかな……ってごめんね! 勝手に行くつもりになっちゃって……ノワくんの都合とか希望とかあるのに」
「行こう水族館。俺もクラゲ見たいから」
俺は間髪入れずにそう告げた。すると藤塚はスマホをぎゅっと両手で握りしめ、ほんと? 嬉しい! と無邪気に笑った。行かないなんて選択肢はない。藤塚に喜んでほしいというのが一番な理由だが、それだけではなくあの幻想的な空間に佇む藤塚はさぞ綺麗だろうなと思ったからだ。ぜひ拝ませてほしい。……なんか俺、藤塚に恋してからキモくなってる気がするけど気のせいだよな?
「……あのさ、ノワくん」
「なっ……何?」
一瞬心を読まれたのではないかとどきどきした。
「一回だけじゃないよね?」
「え?」
会話の流れから察するに、水族館のことだろうか。一回だけじゃないとはどういうことだ? 確かイルカとかアシカのショーって一日に何回か開催されるんだよな。クラゲの水槽もプロジェクションマッピングとかのショーが開催される予定で、何回も見たいってことかな。
「……だから、その」
「藤塚が見たいなら、俺は別に何回でもいいけど」
「え? みたい?」
「え?」
お互いに顔にはてなが浮かぶ。もしかして食い違ってしまっているのか?
「藤塚はクラゲのショーのこと言ってるんじゃないのか?」
俺の問いに藤塚はぽかんと口を開け、そのあと首を左右にぶんぶん振って否定を示した。
「ちがうちがう! クラゲのショーって何? そうじゃないよっ」
も〜、と藤塚は脱力したように肩を下げたかと思うと、俺のシャツの袖をくいっと摘んだ。
「……夏休み、遊びに行くの。水族館だけじゃないよね? って意味」
そう呟くと藤塚はシャツから手を離し顔を背けてしまった。
「ノワくんの鈍感……」
「……ごめん」
藤塚の一挙手一投足すべてが可愛い。やばい。語彙力がなくなる。これ以上されると本当にうっかり告白してしまうかもしれない。
「……ごめんはいらない。それで、どうなんですか! 一回だけなんですか?」
藤塚はこっちを向いてくれない。恥ずかしがっているのだろうか。ていうか、答えは考えなくてももう決まっている。
「一回だけじゃない……です。予定が合うならその、いろいろ行けたらいいなって、思ってます」
やばい。なんかはずい。照れる。頭で考えてる分にはそうでもないのに、口にすると恥ずかしいものだな。俺も藤塚の方を見れず、自分の足元を見つめる。
「……よろしい。では、他に行きたいところ一緒に考えましょう」
「はい……」
何だこの会話。そう思った瞬間、笑いが込み上げてくる。口調がお互いめちゃくちゃだ。俺はつい、吹き出してしまった。すると隣で藤塚もくすくすと笑っていた。
「なんで敬語……ふふっ」
「な! ははっ」
「ね、どこ行こうか」
今度はこっちを見てくれた。期待をにじませたキラキラした瞳に俺が映っている。胸がぎゅっと苦しくなる。嬉しい。水族館だけじゃなくて他の場所にも行けるなんて。




