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17.眩しすぎる

 “ノワールくんじゃなくて、ノワくんって呼んだ方が、もっと親密になれる気がしたから”


 藤塚の言葉が、頭の中で木霊のように反芻する。


 俺と親密になりたいなんて……そう思ってくれていることが、伝えてくれたことが、どうしようもなく嬉しい。


 目頭が熱くなる。涙腺が緩む気配を感じ、バレないように目線を少し下げた。


「……そ、それは、どうも」


 掠れた声が出た。


 俺に対する藤塚の真っ直ぐな好意。それに対して、俺の返しはなんとも素っ気なく、味気ないものになってしまった。


 親密になりたい。俺だってそう思っている。だけど、きっと彼女のそれは、俺のとは性質が違う。


 だから、素直に嬉しい、と言うことができなかった。


「う、ううん。ごめんね。もしかして、嫌な思いさせちゃってたかな? 本当のこと言うの、恥ずかしかったの……馴れ馴れしいかな、って思って」


 藤塚はそこまで言うと、また口を噤んでしまった。両の頬はすっかり桜色だ。


 咲良(さくら)という名前、その響きは目の前の花のように可憐な少女に実によく似合っている。名は体を表すとはよく言ったものだ。


 そして鳴り止まない鼓動が、痛いほど、俺に現実を突きつける。


 俺──内海晃太は、藤塚咲良が、どうしようもなく好きだと。


「……あ、謝ることないって。本当、ただ単純に疑問だっただけだし。理由わかって、安心した」


 平静を装って、俺は自然な笑顔を作る。うまく笑えているだろうか。


「本当? よかったぁ」


 俺の言葉に、胸元に手を当てて、見るからにホッとした表情を浮かべる藤塚。


 その表情は、もし俺が恋愛的好意を示したら、崩れて失われてしまうのだろうか。


 俺が知る限り、藤塚は学校で男子とほとんど会話をしない。


 学校におけるトップカーストにいながら、男の噂は一切聞かないし、カラオケに参加したいと言っていた久瀬みたいな明るい男子とも仲良く会話しているところを見たことがない。


 大抵周りの女子、主に根室がそういった男子と会話していて、藤塚はそれを一定の距離を保ってニコニコ聞いているだけだ。


 おそらく芸能活動をしている彼女には、アイドルみたいに恋愛NGといった決まり事があるのだろう、と察しがつく。


 特定の男子と噂になるのを防ぐため、藤塚は必要以上に男子と接触しないのだ。


 でも、俺とはこうして話をしてくれる。仕事や習い事で忙しいだろうに、空いた貴重な時間を共有してくれる。


 それは、友達として信頼されているからなんだろう。


 嬉しいのに、すごく光栄なことなのに。


 どうして、それだけじゃ嫌だ、足りない、なんて思ってしまうんだろう。


 いくならんでも欲張り過ぎだ。


「……ノワくん、なんか具合悪い?」


 ハッとして我に帰る。鼻腔をかすめるのは、店内のコーヒーの香りだ。考え事をするとつい長引いてしまうのは俺の悪い癖だな、とひとりごちる。


 目の前には心配そうに、俺の顔を覗き込む藤塚。微かに聞こえてくる心地よい店内BGMと、窓の外の雨音。


「ずっと、考え込んでるっていうか、黙り込んじゃって……汗、かいてるよ?」


 そう言われて、気づく。頬の横、首筋を伝う雫。背中もうっすら濡れている感覚。冷や汗だろう。店内は暑くない。


 折り曲げているシャツの袖で、汗を拭う。


「だ……大丈夫」


「蒸し蒸しするもんね。また雨降ってきたし」


 藤塚はそう言って、窓を見つめた。その整った横顔はまるで絵画のようだった。彼女は次の瞬間にはもう俺のほうに向き直り、


「でも、もうすぐ梅雨明けだよね! 私、季節の中で夏が一番好きなんだぁ」


 と微笑んだ。浮かない表情をしている俺と、明るく会話を続けようとしてくれている。


「……夏休み、あるしな」


「そう、夏休み〜! ま、私はお仕事がありますけど! って、ノワくんだってバイト始まるからお仕事でしょ? お互い頑張ろう! そして稼ごうね!」


 ちからこぶを作って、歯を見せた笑顔は、年相応よりも幼い印象を与える。


 だけど、ふと見せる大人びた横顔とか、洗練された歩き方、引き込まれそうになる目力は、俺とは全く違う別世界の生き物のように見える。


「……おう。頑張ろうな」


 弱々しい返事しかできない。


 俺にとって、藤塚咲良という人間は眩しすぎる。まるで夏の太陽のようだ。


 こんな話がなかったか? イカロスとかいう人間が蝋で固めた羽で太陽を目指し飛び立った。近づくにつれ、その太陽の熱で羽が溶けて、落ちて死んでしまったっていう悲しい話が。


「……今日は、そろそろお開きにしよっか?」


 しまった、と思った。また、藤塚は眉を八の字にして、不安そうに俺の顔を見ている。俺がまた黙り込んでしまったからだ。


「あ……もう少し」


 一緒にいたい。


 この言葉は、声にならなかった。それでも、引き止めることには成功したようで、藤塚は立ち上がろうとした腰を再度椅子に下ろした。


「りょーかいっ。そうだ。ゲームの話になるんだけど、イベントも折り返しになったし、新キャラも十分育てられたし、そろそろまったりペースにしようと思うんだ。うつ……ノワくんは、アイテム集まった?」


「あっ、うん。そこそこ。運が良かったみたいで、レアアイテムもドロップしたよ」


 話題が『GFN』になり、俺は慌てて感情に蓋をする。ソシャゲの会話なら、余計なことを考えずに、藤塚と話せる気がするのだ。


 スマホの画面を操作し、今回ドロップしたアイテムを見せた。


「わぁ。前、言ってたやつだよね! よかったねぇ」


 そう言って、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑まれたら──折角、蓋をした感情が顔を出してしまうじゃないか。

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