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16.親密度

 藤塚は椅子の背もたれに寄り掛かったかと思うと、しょんぼり俯いた。


「……ごめんね。なんか熱くなっちゃって」


「……ああ」


 タイミングを見計らってか、店員さんがコーヒーとミルクティーを持ってきてくれた。


 早速コーヒーをすする。苦味が口に広がり、のぼせていた頭が少し冷静になっていく気がした。


「正直ね、ちょっと焼いた」


「ごほっ……こほっ」


「えっ、大丈夫?」


 むせた。焼いたって、やっぱり焼きもちなのか?


 心配そうな顔で紙ナプキンを差し出す藤塚の顔を、じっと見つめる。すると、彼女の顔がまた赤く染まった。


 早く取って、と顔を背けながら言われ、あわてて受け取る。


 口元を拭いながら、気を抜くとにやけてしまいそうになるのを必死で抑えた。親密度、かなり上がっているのでは? と内心ニヤニヤが止まらない。


 少しの沈黙の後、藤塚が口火を切った。


「……次、内海くんの番」


「あ、うん。俺、バイトすることにしたんだ」


「ええっ」


 藤塚の大きな目が、まん丸になった。


「もう決まって、7月からここ『La toile』で働くんだ」


「7月ってすぐじゃん! てゆうか、ここ? え〜、そうだったんだぁ……すごいね。応援する!」


 そう言って、にっこりと微笑まれる。やっぱり、藤塚は笑顔が似合う。怒った顔も可愛いけど。


「シフト決まったら教えてくれる?」


「いいけど。正確にはまだ決まってないけど基本土日メインなんだ。なんで?」


「内海くんの接客姿、見たいから」


 藤塚は、決まってるじゃん、とにんまりとした笑みを浮かべた。


「は!?」


 そんなの、恥ずかしすぎる。


「それに、私も仕事とかレッスンとかあとジムもあるし、内海くんバイト始まったら今まで以上に、話せなくなるでしょ? それって寂しいじゃん」


「……それは、確かに」


 来るな、とは言えなくなってしまった。痴態を晒すのも酷だが、藤塚と会えない、話せない方が嫌だった。


「でしょ!」


「でも、言っとくけど俺バイト初めてだし、多分しばらくは失敗ばっかりで、見に来ても楽しくないと思うぞ」


「そんなことないよ。内海くん真面目だし、きっとすぐ仕事できるようになると思うよ」


「……そうかな」


 藤塚の言葉は、姉とは違う意味で心に直接響く。スッと染み込むように、心の深いところまで浸透する。


 俺はまたコーヒーを飲む。藤塚は頼んだミルクティーに手をつけず、腕を組んで何やらぶつぶつ呟き始めた。


 その声に、よく耳を済ませる。


「うっちゃん、うっつん、うつみん……いや、逆に名前の晃太くん……」


「なっ」


 俺のあだ名!?


 俺が反射的にガタリと立ち上がったので、藤塚はびくりと肩を震わせた。そして、


「……内海くんのこと、私もあだ名で呼びたいんだよね」


 と告白してきた。慌てて、俺は座り直す。運良く客が殆どいなかったので、注目を集めずにすんで良かった。


「も、もちろん、教室では内海くんって呼ぶよ!? その、こことかでだけの、そう! 二人だけの限定のあだ名!」


 二人だけ、というフレーズになんだかそわそわしてしまう。こんなこと言われて、落ちない男いないだろと思う。


「お、おう」


「内海くんは、なんか呼ばれたいあだ名ってある?」


 俺に聞くのか!?


 何を答えても痛々しくなりそうで怖い。でも藤塚は真剣みたいだ。嬉しいような、いたたまれないような、そんな気持ちでいっぱいになる。


 藤塚はなんだか期待しているかのような眼差しで俺の言葉を待っている。その瞳はきらきらと店の照明を反射していて、とても綺麗だ。


「……あだ名で呼ばれるの、嫌、だったりする?」


 俺の沈黙を察してか、藤塚は眉を八の字にしてしょんぼりと尋ねた。くっ、何か、何かないか……何かいい案が……。


「の、ノワくん……とか、ゲーム内でも呼んでるし」


 考えあぐねたすえ、ソシャゲ『GNF』で藤塚が俺を呼ぶ時のあだ名を提案した。


 もうこれくらいしか思いつかなかったのだ。それに、すでにゲーム内で呼ばれているから気恥ずかしさもそれ程ない。


 恐る恐る、藤塚の顔を伺う。彼女はうんうん、と頷いたあと嬉しそうに破顔した。


「ノワくん! いいね! そっか。そうだよね。うん! わかった。ここでもノワくんって呼ぶことにするねっ!」


「……うん」


 めちゃくちゃ照れ臭い。


 でも嫌な気持ちはしない。好きな子に、親しみを込めた呼び方をされて、嬉しくない人間なんていないんじゃないか。


 この流れで、一応聞いてみる。


「その、聞きたかったんだけど」


「なあに?」


「ノワールって名前が俺っぽくないって、前藤塚言ってただろ? それって、どういう意味だったのかなーって……ちょっと気になって」


「あ、あー……」


 俺の質問に、藤塚はちょっとばつが悪そうに、目線を泳がせた。そして、手付かずだったミルクティーをごくりと飲んでから、彼女は口を開いた。


「ぽくない、っていうのは、似合わないってことじゃないの。照れ隠しで、そう言っちゃっただけ。ノワールって、フランス語で黒、って意味でしょ? 内海くんは黒も似合うと思うし。あ、でも私的には内海くんは色で例えると青かなー……って、ごめん。話がそれちゃったね」


 藤塚はまた、頬を桜色に染めている。俺の心臓はさっきからうるさいくらいに鳴っている。


「……本音は、ノワールくんじゃなくて、ノワくんって呼んだ方が、もっと親密になれる気がしたから」


 その言葉を聞いて、どくん、と一際心臓が大きく音を立てた。

タイトルを、少し変更しました。(突然ですみません。旧タイトルは、『学校の高嶺の花は、ソシャゲの重課金ユーザーでした』です)

たくさんの方に読んでもらえたらいいな、と願いをこめつつ、ここまで読んでくださった方に感謝を込めて、これからも執筆していきます。

ご意見等ございましたら、よろしくお願いします!

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