12.攻略サイトなんてない(1)
藤塚は学校では一切ソシャゲをやらない。彼女はそれを徹底している。
休み時間は必ずといっていいほど、誰かしらに囲まれている。俺に秘密にしてほしい、と頼むくらいだし、仲の良い根室とか他の女子にもソシャゲユーザーだということは知られていないようだ。
だからこその課金なんだろう。
ホームルーム前や休み時間に、ちょこちょこイベントをこなせる俺と違って、藤塚は学校以外の時間で追い上げをする必要がある。
ましてや、撮影やレッスンで多忙の身だと聞く。どうしてソシャゲにはまっているのか、その理由も正直なところかなり気になる。いつか教えてくれるだろうか。
帰りのホームルームが終わり、放課後になった。
「ね、これからみんなでカラオケ行こうよ!」
根室の掛け声に、周りの女子がいいね! ときゃいきゃい騒いでいるのが聞こえる。明るい髪色の男子、久瀬明宏が、俺も行きたーい、とその輪に加わった。
「咲良も行くよね?」
そう根室が尋ねたのが、耳に入った。
「……ごめん。今日ジムに行かなきゃなんだ。みんなで楽しんできてよ」
「えー、残念」
藤塚の回答に、テンションが下がった根室とは反対に、俺はホッとした。
嫌だった。藤塚が他の男子とカラオケに行くことが、不快だった。たとえ他の女子が一緒でも。これって独占欲ってやつだろうか。彼氏でもないのに。
「せっかく誘ってくれたのにごめんね。じゃ、また明日」
藤塚は申し訳なさそうに、手を合わせて謝ってから、教室をパタパタと出て行った。
俺も帰ろう。榎本はホームルームが終わってすぐに、部活に行ってしまったし。
廊下側の席はドアが近い。昼休み、購買にダッシュするにはもってこいの席だ。まぁ、俺は基本弁当なのであまり席を有効活用できていないのだが。
開いたままになっているドアを通る、その時だった。
「うっちー、ばいばい」
後ろから、根室の声がした。ちらりと振り返ると、こちらに向かって手を振っているのが見えた。
「……おう」
とりあえず手をあげて答えておく。そして、ダッシュした。なんだか、無性に照れくさかった。
走っているうちに、頭の中が根室に対して、申し訳ない気持ちで埋め尽くされていく。
根室美優は、派手で、声が大きくて、テンションが高くて、名前も間違えるし、なんとなく苦手な存在だった。
でも、俺の嘘を信じ込んでいる。頼み事を聞いてくれた親切なクラスメイトだと思い込んでいる。だからこその、あの好意的な態度、そして振る舞い。
新太に誰にも言わないと約束したから不可抗力とはいえ、他人の気持ちを弄んでいる。
最低だ。俺。
⭐︎
重い足取りで、やっとのことで家に帰り、自室のベッドに倒れ込む。もうこのまま寝てしまいたい。
まぶたを閉じた瞬間に、スマホが振動した。電話だ。
画面を見ると、姉、と表示されていた。出たくない、だけど出ないと着信音は止まない。切ったところでまたすぐかかってくるだろう。
仕方ないので、応答ボタンを渋々押す。
「あー、やっと出た。おっひさー! 晃ちゃん、もう家に着いた頃かなーって思って電話しちゃった! お姉ちゃんがいなくて、寂しくない?」
変わっていないはつらつとした陽気な声。3歳年上の姉、内海千晴は今日も絶好調らしい。
「なんか用?」
俺と姉は似ていない。
姉は明るく、人付き合いがうまくて、愛嬌がある。髪質も俺と違ってサラサラだし、クラスメイトにお前の姉ちゃん美人だなと言われたことが何度もある。
そう、一言で言えば姉はモテるのだ。その上、美術的センスが高く成績も良い。
「えー、つれなーい。二人だけの姉弟なのに。あっ、ノワのお世話、ちゃんとしてる?」
「してるよ」
ノワこと、猫のノワールは今俺の部屋にいる。帰ってすぐ餌と水の減りを確認した。ちゃんと食べていたし、今も俺の足元で構ってくれと甘えている。
「晃ちゃん、バイトはじめるんだってね。聞いたよ〜初給料でたら、お姉ちゃんになんかご馳走してねっ」
「なんで知ってんだよ。てか、もう使い道決めてるし」
くそ。バイトのこと、母さんが言ったに違いない。
「へー何に使うの?」
「なんでもいいだろ」
「あやしー」
この姉は妙に察しがいい。それに言葉巧みに相手から情報を聞き出す、誘導がうまいのだ。
いろいろ根掘り葉掘り聞かれるのはごめんだった。これ以上の会話は危険な気がする。
「もう切るからな」
「あー待って待って。……ねぇ、晃太。あんたなんか元気ないけど、大丈夫なの? 悩み、あるんじゃないの」
「……」
姉が俺を、晃ちゃんではなく、晃太と呼ぶ時は、真剣モードの時だ。本当に察しがいい。怖いくらいだ。第六感的な力でもあるんじゃないか?
「その無言は肯定と受け取るわよ。お姉ちゃんに話してみなさいな」
真剣モードの姉は、俺を茶化したりしない。本気で心配している時だ。それは昔からずっと変わらない。
現に、根室のことで結構悩んでいる。ここは先人の知恵を借りるべきか。
「……クラスの女子に頼まれて、モテる俺の友達に、好きな人がいるかいないか聞いたんだ。そしたら誰にも口外しないなら、教えるって言われて」
「それで、教えてもらったのね」
「ああ、答えはいる、だった。でも、頼んできた相手には嘘をついて、いないって言ったんだ」
「そう」
「そしたら、その女子すごく喜んで……」
スマホを持つ手が少し震える。電話越しの姉は冷静だ。なるほど、と小さく呟かれた。
「罪悪感に押しつぶされそうなのね。でも、仕方ないんじゃない? 友達との約束は破れない。そうでしょう?」
「……でも」
「あんたねぇ、もっと器用になりなさい」
小さい子を嗜めるような、そんな声だった。
中途半端なところで終わってしまい、すみません。続きます。