表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/21

9.思わぬイベント発生

 新太と駅前で別れ、俺はとぼとぼと重い足取りで家路に着く。


 明日が土曜で良かった。根室に嘘をつく事になるから、シミュレーションしておく必要がある。俺はどうも、考えていることが顔に出やすいみたいだから。


 信号待ちの際に、約束してたフレンド支援(体力回復)を忘れていた事に気づき、スマホで『GFN』を開いた。


 すると、新着メッセージがあります、との表示。


 ブルーム:撮影終わったよ☆今駅の近くにいるんだけど、ノワくんは?


 ノワくんというのは、ゲーム内の俺の愛称らしい。藤塚はノワールって名前だと、なんか呼びにくいし、内海くんっぽくないから、ノワくんって呼ぶね! と言い放ったのだ。ぽくない、ってどういう意味だろう。


 メッセージを見て、なんだか、藤塚に無性に会いたいような、でも会いたくないような、複雑な気持ちになった。


 顔を上げ、辺りを見回す。新太の姿はもう見えない。彼は自転車だし漕ぐのも速いから、もうすでに駅から大分離れたところにいるだろう。


 そう思い、ささっとスマホを操作する。


 ノワール:俺も駅の近くにいる。銀行の前の信号待ちしてる。


 送ってしまった。抜けがけをするみたいな、少しの罪悪感。


 信号はとっくに青になったが、俺は立ったまま、藤塚の返事を待った。


 話したいな、と思う。声が聞きたい。他愛もないソシャゲの話でもして、藤塚の笑顔が見れたら、俺は十分すぎるくらい幸せだ。


 突然、スマホが震え電話が来たことを悟る。相手は藤塚咲良と表示されている。なんで電話? と思いつつも慌てて、応答ボタンを押す。


「もっ、もしもしっ内海です」


「あっもしもーし。藤塚です! メッセと支援ありがとね。あ、それでさ、ノワくん……じゃなかった、内海くん、まだ銀行の前にいる?」


 電話越しの藤塚の声。耳がくすぐったい。


 藤塚と電話するのは、これが初めてだった。すごい。めちゃくちゃドキドキする。


「……いる、けど」


「よかった〜。私、今そっち向かってるから、そこ、動いちゃダメだからねっ! 銀行って羽根馬(はねば)銀行だよね。あってる?」


「……うん」


 なんだか、鼻の奥がツンとする。


 今、自惚れかもしれないけど、俺と藤塚は同じ気持ちなんだって思うと、胸がいっぱいになる。


「あ、まだ電話切らないでね! そのまま!」


「わかった」


 俺は歩行者の邪魔にならないよう、ガードレールに寄った。信号がまた赤になるのをぼんやり見ていると、


「内海くんっ! 横断歩道の方見て!」


 と指示された。目線をずらし、目の前の横断歩道を見る。


「あっ」


 横断歩道を挟んで藤塚が立っている。左手を、小さく振っているのが確かに見えた。スマホを耳に当てながら、俺はその姿を目に焼き付ける。


 藤塚の姿だけが、スポットライトを浴びているかのように、一際輝いて見えるのだ。


 車が通り過ぎるたびに、その姿が見えなくなってもどかしい。


「えへへ。内海くんみっけ」


 電話越しの、走ってきたのか少し呼吸の乱れた、嬉しそうな声に胸が締め付けられる。


「……」


 何か言おうと口を開いた時、信号が青に変わった。


 待っていた人たちが一斉に前へ進み始める。俺は完全に出遅れてしまった。目の前の彼女から、目が離せなかったから。


 小走りで子犬のように駆け寄ってくる藤塚に、俺は釘付けだった。


「すごい偶然。まさか内海くんも駅前にいるなんてね!」


「そ、そうだな」


 改めて見つめ過ぎてしまったと思い、少し目線をずらす。藤塚は疲れたー、と伸びをした後歩き出したので、その後をついていく。


「急に電話しちゃって、びっくりした?」


「え、まぁ……ちょっと。初めてだったし」


「ごめんね。でも、ゲームのメッセだと、間に合わなかったらやだなーって。ほら、文章打つのも時間かかるでしょ? せっかく近くにいたのに、すれ違っちゃって、会えないのって寂しいじゃん」


「……ああ」


 嬉しい。自惚れでなく、藤塚も俺に会いたいって思ってくれていたと確信できて。


「内海くんは?」


「え?」


 突然聞き返され、何のことか困惑する。俺のほんの一歩先を歩いていた彼女が、振り返った。


「私と話せないと寂しい、って思ってくれてる?」


 藤塚の大きく澄んだ双眸に、吸い込まれそうになる。


「そ、そんなの……」


 当たり前だ。


 本当は学校でだって、人目を気にしないで、話したい。


 どこまでならセーフなんだろう。


 うっかりと口を滑らせて、好意を示すような余計なことを言ったら、それって友達としてだよね? もしかして、好きとかじゃないよね? と疑われたりしないだろうか。


 怖い。俺って、こんなに女々しい奴だったのか……。


 ひやりと首筋を汗が伝う。道端で立ち止まっては迷惑だとわかっているけど、動けない。幸い、道幅が広いので邪魔にはなってない様子だが。


 俺はやっとのことで口を開く。


「……そりゃ、友達だし。話せるなら、話したい、よ」


 考え抜いて、絞り出した答え。それに対して彼女は、


「そっか。……うん、安心した!」


 そう言って、前を向き直った。髪が広がって、彼女の顔がよく見えなかったけど、きっとこの返答で正解だったはず。


 俺たちはこの後すぐ、駅の改札で別れた。俺はもと来た道を戻る。


 偶然に会えるなんて、ちょっとした奇跡(イベント)だと思う。でも、なんだったんだろう、あの間は。


 藤塚のそっか、の後、少し間があった。時間が経つにつれ気になってしまう。表情も見えなかったから余計に。


 会えて話せて、嬉しいのに、なんだかひどく不安になってしまう。恋って、こんなに厄介なものなのか。


 藤塚に、みっけ、と言われた時、俺は見つかった、というより、捕まったと思った。この恋に、俺はもう完全に囚われている気がする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ