46話:こども食堂の開始1
東日本大震災の東北復興救済レストランの経験から達夫は子供食堂を立川の本店、東京と横浜の厨房設備のある地区センターでやらないかと広瀬社長に持ちかけるた。これは、若手コックの修行になり良いかもしれないと語った。それを安田達夫と夢子に任せると言った。
そこでインターネットの妻有の里のホームページに、家に残ってる、うどん、ラーメン、そば、冷や麦、缶詰、中元歳暮で使ってない商品などを「妻有の里」立川本店と駅前の出店、八幡山の工場に持って来てくれるように書き込んた。
もし持って来られない場合は取りに来て欲しい日時と場所を指定してくれる様にお願いした。また問屋、小売店の賞味期限1ケ月以上残ってる製品を無償もしくは、捨て値を知らせてくれるように書き、冷凍食品工場、パン工場に規格外商品を取りに行くので格安で売って欲しいと書いた。
その他の食品工場や農家の出荷できない商品も取りに行く事を書き込むと大きな反響があり、毎週水曜日に15時から20時まで行い、商品の配達のボランティアもお願いし困窮してる子供だけでな、大人も老人も100円で一般の客は500円で料理を提供する事にした。
2012年1月から開始すると多くの商品が集まり賞味期限の短い純に料理に使った。また、後片付け皿洗いを30分手伝うと無料で食べられるサービスも付け加え最初5ケ所で始めた。しかし毎週、場所を替え3月には20ヶ所になり少数のスタッフで、できるようにした。
麺類2種類、パン1種類、丼物2種類、汁もの2種類とメニューを絞って効率的に短時間でできるだけ多くの料理を作り対応して行った。もちろん利益はなく赤字であったが寄付などにより損金も出ずに輸送費が赤字になる程度であった。
また、老人や仕事で、忙しくて恵まれない人のために安価で弁当を頼めないかというニーズが出て来て、基本、1週間5千円、1ケ月なら2万円で、状況によっては本部の判断で無料で配達するサービスも始めた。
これについては、日時と場所だけ書いて、決して、店の宣伝のために、写真を載せたり、運営の内情は明らかにせず、取材等も全部お断りした。若手のコックのまかない飯の練習みたいな感じで、継続する事を第一目標に続けていった。
数ヶ月後、近くの自治会の会長さんが来られてバザーをするから、その収益を運営費に充てて欲しいとの申し出があった。その後15ヶ所の自治会からも話が来た。その自治会長さんが、運営費の明細をインターネットで書き出し透明性を明確にすれば手伝うと言ってくれた。
さらに、月2万円で給食配達の数など明らかにした方が良いと言ってくれたので、来月からインターネットの「妻有の里」のホームページに、載せること約束した。このバザーのお陰で赤字は解消されるようになった。それに加え「妻有の里」の評判が上がり売上げも好調になった。
そこで、2012年に東京都内で20店舗を新出店。その後、横浜でもやって欲しいという話が出て来たので、2013年には、東京と川崎・横浜で半々に子供食堂をやるようにした。2013年3月に、町田の郊外の工場を「妻有の里」が購入して食品製造を開始。
神奈川県内に30軒の売店を出店。2013年4月からは「妻有の里」のコックさん2人ずつで、1ヶ所の子供食堂に出向いて地元のボランティアさんと協力して、50ヶ所で、東京と神奈川で毎週1回、水曜日の午後3時から8時までの子供食堂を展開していった。




