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26話:店舗繁盛で人手不足

 1983年12月15日、遂に純利益が3億円を達成し駅近くの店舗売りが増えると共に人数が足らなくなってきたため、パート職員を20人採用にして春と秋は店舗を4人から5人に増やして対応した。そして年末を終えて最終的に1983年の利益は3億3千万円となった。


 また、1983年の達夫の資産は、給料、ボーナスの増加と、郵便貯金の定額保険、高金利金融商品利用で1600万円に増えた。1984倍年を迎えて、達夫と夢子は、両親と孫の7人で諏訪神社に初詣でに行き、新しい命に感謝して家族の健康と繁栄を祈った。


 1984年、新年早々、妻有の里の売上は順調であり、今年は店舗で新しい商品を考えようと珍しいもので手がかからなくて美味しいものと考え、中華のデザート、オーギョーチ・愛玉子、杏仁豆腐、ごま揚げ団子、冷たいジャスミン茶がリストアップされた。


 これらの食品の原価率を計算してみると、行けそうなので、試験的に売れ行きの落ちる6月から販売してみると、暑い季節に良いようでオーギョーチ・愛玉子、杏仁豆腐が売れ出して、供給が間に合わないほどになった。そこは中華の達人の腕で1回に作る量を増やして、需要に追いついた。


 ただ今度は配送に限界が来て、近くの中小の運送屋に不定期便として2tワイド幌付きトラックで、商品が足らなくなった店舗への配送をお願いする事にした。そうして夏場の売上の落ちが解消された。ただし、ごま団子は人気が低くやめることにした。


 千円以上購入の方にジャスミン茶を夏場、無料サービスすると好評で来店客が増えて売上増につながった。そうして夏が過ぎ、9月、10月となり、夢子が、10月15日に職場に復帰してきた。別館の作業を手伝うように言われた。


 今年は、昨年の利益の20%増位だったが、中華デザートのお陰で、夏場以降、売上が伸びた。10月末で30%増までなった。その後も来客数の増加と共に順調に売れていき、1984年12月末で利益が4億円に迄に増加した。


 これによって、三井銀行の融資分を全て返し終わることができた。また、新しい調理師免許を受ける若者が、毎年10人程度になり、遂に妻有の里で1984年終了時点で調理師免許所有者が20人を越えた。同じ時期の達夫の資産は2千万円に増えた。


 1985年、もっと効率的は製造方法はないか夢子は中国人料理人2人と相談しオーギョーチや杏仁豆腐の寒天の1回の製造量を倍にしてジャスミン茶の製造も大型の釜で濃いお茶を入れ、それを大きなたらいの中に入れた氷に中に注いで作る方法などのアイディアを出した。


 更に店長が中華材料の問屋から購入していた原料を台湾から中国の業者に換え1回に大量に直接、現金取り引きする事で40%の購入単価を下げることができた。その後、夢子が別館工場での製造にも限界が見えてきた事を店長に報告した。

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