悪は最後に悪に討たれる
町の通りの喧騒も止む地方都市の夕方。そんな屋外とは対照的にこの場所はこの時間からが本番だ。ここは新設の大型ゲームセンター、「ソレイユ」。ここではメダルの雑音や安っぽい音楽の不協和音が響いている。
「よし・・」
今日もお気に入りのメダルゲームの台の前で意識を研ぎ澄ませる。今日はもう1500枚は稼いでいる。なかなか調子がよく、このままなら2000枚は堅い。ほぼすべての分野において平均かそれ以下の才能しか持ち合わせていない自分の唯一の才能だ。もう天才の領域ではないだろうか。
「おい、金本ぉ~」
・・来たか。こいつは宮本。いつも俺からメダルからくすねてくる不良だ。
「な、何だよ・・」
「ちょっとメダル貸してくれ
よ~」
またそれか。そう言って宮本はひったくるようにメダルをぶんどる。
「ちょっと多い・・」
「あァ!?」
「いや・・なんでも・・」
「ハッ」
・・行ったか。アイツはクズだが、何も出来ない自分も同じくらい嫌いだ。
「はぁ・・」
「してやられましたねぇ」
「え!?た、高木さん?」
同じクラスの高木澪だ。いつもそつなく他人と関わっているイメージで印象が薄いが、こうして見ると可愛いな。いや、そんなことよりも。
「成績優秀の高木さんもこういう場所来るんだ」
「人付き合いですよ。初めてきました」
嫌味を込めた質問にも普通に対応してきた。慣れているのだろうか。女子は怖いな。
「金本サンはよく来るんですか?」
「まあね。これでも自信があるんだ」
というか、これ以外に自信を持ったことがない。
「へぇ・・1時間でどれくらいですか?」
「え?今日は3時間で1500枚だけど・・」
なんだろうか。高木から得体の知れない空気を感じる。
「じゃあ、時給2500円ですね」
「!?な、何を言って」
「さっき偶然見たんですけど、この店のレートって1000円で200枚ですよね。なら金本サンは時給2500円のバイトをしているのと同じ。普通のバイトなんかよりずっといいじゃないですか」
確かに理論上ではそうなのだろうが、メダルをどれだけ稼げたところで金になるわけでもない。
「そうかもしれないけど・・」
「売っちゃいましょうよ」
「え?」
「金本サンが売るんですよ。この店より安く」
「そ、それは禁止されてて・・」
そうだ。非現実的すぎる。
「いいじゃないですか。バレるわけないし、バレても出禁でしょう」
「・・・」
確かにいいかもしれない。自分の唯一の特技が金になるなら最高だ。けれど、不可能だ。
「私が売ってきましょうか?」
「え」
そう言って高木はメダルをぶんどり、行ってしまう。置いてかれてしまった。
「ちょ、ちょっと」
・・仕方ない。俺は諦めて、そのまま10分待つ。
「いやーすいません」
程なくして高木が帰ってきた。浮かない顔だ。失敗したのだろうか。まあ、当然だろう。
「いや、いいよ。そもそも期待してなんか」
「1200円300枚で売ろうとしたんですけど、1000円300枚に値切られちゃって」
「え」
俺の言葉を遮って戦果を告げる高木。そして、俺に札を渡してくる。
「どうぞ」
「こ、これは?」
「代金ですよ。5000円1500枚で。じゃあ、メダル下さい。いっぱい預けてるでしょう?」
「う、うん」
確かにかなりの量をソレイユに預けている。俺たちはそのままメダルを支払い、ソレイユをでた。
「金本サンはこの後時間ありますか?」
「え?あ、あるけど」
「じゃあちょっと付き合ってください」
「う、うん」
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・・俺は金本欽一。鴨山中学の二年生だ。流れで5000円を手に入れてしまってから10分がたった。俺は何故か碌に話した事もない女子、高木澪と二人でファミレスにいる。・・変に緊張してきた。自慢じゃないが、こういう経験はない。顔も平均で、この碌でもない性格なのだから当たり前だろう。
「は、話ってなに?」
「提案ですよ。これでもっと稼ぎませんか?」
「これってソレイユのメダルで?」
「はい」
「・・・」
その提案はとても魅力的だった。これでもっとかせげれば・・いや、ダメだ。道を踏み外したくない。そんな俺の葛藤を読みっ取ったのか、高木が追い打ちをかける。
「金本サンって宮本サンにいじめられてます?」
「べ、別に・・たまにメダルを貸すだけで・・」
「返して貰えないんですよね」
「う、うん」
「仕返しをしましょう。稼いだ金で上級生を雇ってボコらせればいいんですよ」
「・・・」
あってはならない話だ。けど・・少し考えてみる。あのクズが自分に怯えて媚びへつらう姿を。・・最高だ。すぐにでもあいつに立場を思い知らせてやりたい。
「・・わかった。僕は何をすればいい?」
「任せてください。考えがあります」
・・この時の俺は少し先の未来に思いを巡らせ、目の前の少女の邪悪な笑みに気付くことはなかった。
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十日後。いつもと変わらない教室の風景。変わった事といえば生徒の会話だろう。
「なあ、今日ソレイユ行かね?」
「今日も、だろ?」
「だな。お前昨日いくら稼いだ?」
「いやー昨日はギリギリマイナスだったんだよなー」
「マジで?俺プラスだったぞ?慣れれば楽勝だって」
高木の考えとは店のレートでメダルを現金で買い取る事だった。とはいえ、皆がこんな情報を鵜呑みにするはずもない。そこで俺と俺のゲーム仲間で換金して見せ、羽振りよく振舞ってみせた。先生はもちろんカースト上位の生徒にも気づかれないように立ち回っている。今は。
そんなことを考えていると件のゲーム仲間がやってくる。
「すごいな。なんか怖くなってきたぞ」
「倉田か。・・まだ流行らせる段階って高木が言ってただろ。これからだよ」
「そう・・だよな。弱気になってたみたいだ。悪いな」
「ああ。協力ありがとな」
そうして倉田は去っていった。俺だって同じ人種の人間なら普通に接することができる。倉田は自分と同じようにいつも弱気になってしまう人間だ。表には出さないが、つい同族嫌悪してしまう。
「ソレイユ行こぜー」
「あー、悪い。昨日で金がなくなっちまった」
「なんだよ。付き合い悪いな」
「いやーあそこで当たっていれば・・」
三日後。狙っていた状況がきた。利益を得る第一段階だ。打ち合わせ通りに高木が男子二人組の方に向かって行く。
「お困りですか?お二人サン」
「高木?ああ、ソレイユで金使い切っちゃって・・」
「貸しましょうか?」
「え?」
「メダルなら沢山持ってるんですよ。ちょっとオマケして返してくれればいいですから、ね?」
「いや、でも・・」
「そのくらいのお金なら家にありますよね?すぐ返してくれれば変わりませんよ」
「いいじゃん。借りちまえよ。早く行こーぜー」
「そ、そう・・だな。高木、ちょっとだけ借りてみるよ」
「了解です。じゃあ詳しい話を・・」
・・掛かった。自分の席で眺めていた俺は内心安堵した。これが作戦の第二段階だ。金がなくなった生徒に一週間10%の利息でメダルを貸す。このために俺がメダルを稼ぐノウハウを伝授した精鋭にメダルを稼ぐバイトをさせていた。貸出用の金は十分に用意できている。
数分後。機嫌の良さそうな高木がこちらに向かってくる。
「いやー、大漁ですね」
「そ、そっか。それにしてもあの二人、大分ハマってるね・・」
「そうですねー、でも今はあれくらい普通ですよ」
その通りだ。俺たちの努力が実を結び、クラスに限らず学校でソレイユが流行っている。
「そうだね・・それで、これからどうするの?」
「まあ、見てて下さいよ。考えてあります」
教えてはくれないのか。まあでも、高木なら上手くやるのだろう。
「やべー、メダル買う金がないな・・」
考え事をしていると教室の一角で声が上がる。
「来ましたね。行ってきます」
それだけ言って高木は行ってしまった。・・商魂たくましいな。
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「悪い・・高木。ちょっと当てが外れて・・」
「返せないんですか?」
初めてメダルを貸してから一か月が経った頃だろうか。徐々に貸している生徒も増えてきた。そんな時に誰もが懸念するであろう事態が起きた。高木・・いや、俺たちにとっては狙っていた事態だったが。
「もうちょっと待ってくれれば・・」
「駄目です」
そんな会話を自分の席で聞く。慣れてきた自分が怖い。威圧的な態度をとっていた高木だったが、予定調和のように表情を崩す。・・怖いと感じたのは俺だけだろうか。
「まあでも、私もそこまで堕ちてないですからねぇ」
「じゃ、じゃあ」
「条件があります」
そんなことを言って高木が紙幣のより少し大きい紙を取り出した。
「条件?」
「これにサインしてください」
「なに・・これ?」
「『なんでも証券』です!可愛いでしょ?」
可愛いのは名前だけだという事を俺はこの時点で確信した。
「な・・なんでも証券?」
「はい。確か借りてたのは二千円分でしたよね?」
「あ、ああ」
「例えば私がこの券を使うとすると私は貴方に二千円分の頼みをすることができます。頼みを聞いてくれればチャラですよ」
「なるほど・・」
「サインしてくれれば特別に利息分はオマケしますよ」
「わかった。・・乗るよ」
それから少しすると細かい話を終えた高木が向かってくる。妙に得意気だ。
「成功しましたー」
「えっと、どういうこと?」
「嫌ですねー、これは金本サンのためでもあるんですよ?」
話によれば、宮本に『なんでも証券』を作らせて、それで復讐すればいいとのことだった。確かに宮本はソレイユに通いつめ、小さくはない額を借りている。しかし、問題はそこではない。
「で、でもあの宮本が従うはずないし、絶対踏み倒されるよ・・」
「三年生を雇います。見せしめも兼ねて意地でも従わせますよ」
「・・・」
・・結局何も言えずにその日は帰る事にした。けれど、実現すればなんと・・素晴らしいことだろうか。
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「な、なぁ本当にやらなきゃ駄目か?」
「駄目だよ。俺はお前の五千円分の『なんでも証券』を持っているんだ。反故にしたらどうなるか知ってるだろ?」
・・あれから二か月経っただろうか。教室・・いや、学校中が異様な雰囲気に包まれていた。・・いや、もうこの場所に「正常」なんて残ってないのかもしれない。なぜなら。
「おい宮本ぉ~」
「な、ナンスか・・」
そうだ。俺は溜まりに溜まった宮本の『なんでも証券』を高木の紹介で流通していたもの全てを買い取った。かなりの額だったが、俺も高木に報酬としてメダル貸出業の利息を貰っていたので少し痒い程度だった。
「俺さぁどうしてもステバの期間限定のコーヒー飲みてーんだよ」
「でも・・あれもう期間終わってんじゃ・・」
「関係ねーよ。買ってこい。お前の金でな」
そうだ。関係ない。宮本の「いつか殺してやる」みたいな顔が見たいだけだからな。
「て、テメエいい加減に・・」
「おいおい良いのか?2回目はないって言われてるんだろ?」
「チッ」
こいつは一度『なんでも証券』による要求を反故にして予定通りに粛正されている。良い見せしめだ。ちなみに2度支払いや要求を拒否すれば俺達の貸出用メダルを閉店まで稼ぎ続ける『強制労働』をさせると高木が言っていた。
「おい、さっさと行けよ
「・・うす」
恨みがましい顔をして宮本が出掛ける。・・最高だ。あの煩わしい不良が何も言えずに俺に従っている。世界は、こうあるべきなのだ。
そんな様子を見ていた倉田が恐る恐る近寄ってくる。
「な、なぁお前随分変わったよな・・」
「そうか?そう見えるなら・・これが俺だよ倉田」
「そ、そっか。そう・・なのか」
「大丈夫だって。お前にもわかるよ」
「・・・」
そうだ。倉田ならわかるはずだ。だって俺の同類だからな。
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倉田と別れ、帰路とは違う道を行く。高木に呼ばれた為だ。問題が対処できないほど多くなってきたらしい。もちろん、宮本は放置だ。
10分後、指定の場所に着くと高木の他に何人か見知った顔があった。メダルを稼ぐバイト・・俺が直接技術を教えた奴らだ。倉田もいる。目的地同じだったのか。
「来ましたね」
「ああ。どうしたんだ?」
「ええ。知ってるとは思いますが、問題が多くなってきまして。中には私が関わっていない『なんでも証券』が出回るなんて事もあります」
それはマズイ。下手をすればこの事業を乗っ取られ兼ねない。
「それで、どう対応するんだ?」
「誰が正当なオーナーかハッキリさせましょう。具体的には・・ここにいるみんなで銀行を立ち上げましょう!」
「「「・・・」」」
やけにテンションの高い高木とは対象的に集まった面子は乗り気ではない・・というよりは状況を分かってないといった感じか。・・だが。
「それで?業務は市場の管理と売買の仲介、あとは『なんでも証券』の保証ってところか?」
「おー金本サンは話が早いですねー。少し変わりました?」
だが、俺は違う。高木の言う事を正確に把握できていると自負している。お陰で他の面子も納得し始め、倉田が口を開いた。
「な、なるほど・・俺達で利益を独占するってことか?でも・・」
「その通りです。これで、もっと稼げますよ」
「もっと・・」
倉田が誘惑と戦っている。時間の問題だろう。無理もない。今は『なんでも証券』の個人売買などが横行している。その全てに介入して手数料を取れるのだから利益は膨大なはずだ。倉田の今までのバイトとは次元が違うだろう。俺の同類である倉田なら必ず利益を取る。そうに決まっている。
1時間後。細かい調整も終わり、全員で『鴨山中央銀行』を立ち上げることになった。学校が監視の薄い自由な校風なので見つかる事は無いだろう。
「話もまとまったので解散しましょうか。あ、金本サンは少しいいですか?」
「わかった」
倉田達が帰っていく中、俺は高木に呼び止められた。予定も無いので従わない理由は無い。
「どうしたんだ?」
「情報交換ですよ」
「情報って何のだ?」
「分かりませんか?今は生徒同士の『なんでも証券』の取引も増えています。当然、同じ負債額でも多くの生徒が欲しがる証券や相対的に価値の低い証券もあります」
なるほど・・つまりは成績優秀者や美男美女、嫌われ者など使い道のある『なんでも証券』は負債額よりも高く売れ、転校等でいなくなる確率が高い生徒の『なんでも証券』は価値が低いってことか。
「価値の高くなりそうな生徒の『なんでも証券』を買い占めて、高騰してから売るって事か」
「そういう事です。それで何かありませんか?」
高木は俺に生徒の不祥事やらを知らないか尋ねているのだろう。しかし、それはあまり重要ではない。
「そんな情報に意味があるのか?」
「と、言いますと?」
高木に聞かれた俺はいつか高木が浮かべた物と同種の笑みを浮かべる。
「わざわざ高騰を待つまでもないだろう。こっちには稼ぐ元手があるんだ。買収して意図的に事件でも引き起こせばいい」
「なるほど・・良いですね」
その後、二人で話をまとめて、結論を出した。
「それじゃあ、取引は銀行とは別で個別にやるって事でいいんですね」
「ああ。問題ないだろ」
話はついた。この活動はあくまで個人のものということだ。山分けにする必要もないのだからむしろプラスだろう。
そんな事を考えていると高木が口を開く。
「いやーそれにしても金本サン」
「なんだ?」
「大分変わりましたね」
「自分を表に出せたんだよ。俺は今の方が好きだ」
「そうですか。悪人の匂いがしますねー」
悪人の匂い。それは俺が高木に薄々感じていたものと同じなのだろう。今思えば大したことはない。どの道、宮本の「あの顔」を見てしまったらもう元に戻れない。俺は・・これで良い。
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何週間かして、このビジネスも板についてきた。既に数十人との取引を行い、普通学生が入手できるような次元ではない金を稼いでいる。そんな学校の日々の事だった。
「なぁ金本。お前『なんでも証券』取引で随分稼いでるんだって?」
「ああ。それなりにな」
男子数名が話しかけてきた。こいつらは特に悪目立ちした事もないどこにでもいる平均的な生徒だ。
「いったいどうやったんだ?」
「なー教えてくれよー」
「そうだぞ。別に減るもんじゃないだろ」
残念。よく騙されてくれる鴨どもは限られている。貴重なお客様を渡す訳にはいかないし、教えてやる義理も無い。・・いや、こいつらを鴨にしてやればいいのか。見たところ目先の金しか見ていない。鴨の資格は十分だ。よし。
「わかった。教えてやる。勿論タダじゃないぞ」
「え、金取るの⁉︎」
「当たり前だ」
タダな訳がないだろう。そんな俺の思考を読み取ったのか他とは少しだけマシな男子が口を開く。
「そりゃそうさ。金本は俺達に稼ぐ為の方法を教えるんだから対価を支払うのが当然だろ」
「ぐ・・わかった。幾らだ?」
「二千円で良いが、他に興味のある生徒を多く連れてきたくれればタダにしてやる。実施は三日後で良いよな」
そう言うと奴らは我先にと走っていった。
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三日後。俺が金を積んで借りた空き教室には十数人ほどが集まっていた。
今俺はこの鴨どもに何処かで聞いたような聞こえの良い言葉を吐いている。「方法さえ知れば成功者になれる」「搾取する側になる為の方法を知らないだけ」。自分で言って虫酸が走る。それでも・・こいつらは真剣に聞いている。そろそろ仕上げだな。
「その方法は!全てこのプリントに記載されている!しかし、残念ながら限られた人間しか上に上がることができない。だから今!ここにいる者のみにこのプリントを五千円で売ろうと思う!」
口調を荒げ、焦らせる。冷静な判断はさせない。こいつらは釣られて我先にと購入の意思を示す。このプリントはネットのそれっぽい記事をペーストした物だ。中身も聴き心地の良い言葉だらけだろう。
これでまた稼げた。楽なものだ。周りには馬鹿しかいない。俺が負ける事など・・あり得ないのだ。
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「最近調子が良さそうですね」
「まあな。けどお互い様だろ」
今、俺は高木と二人でファミレスにいる。鴨山中央銀行の定例会と称して毎週集まっているのだ。と言っても、今回は少し違う。
「で?実態は探れたのか?」
「はい。トップはA組の北川って人みたいですよ」
問題が発生している。俺達の管理外でメダルを使ったギャンブルが行われているとの情報が入っている。賞品には『なんでも証券』や現金も使われているらしい。それだけなら良いのだが、高利子でメダルを貸しているらしい。
「規模が大きくなるまでに叩きたいけどな」
「情報が足りませんね」
今できる事は少ない。まずはスパイでも潜り込ませてからだろう。
「じゃ、今日はこれくらいで良いか」
「そうですね。やれることは多くはありませんし」
高木と別れ、家路につく。・・筈だった。
「あんたが金本かい?」
声を掛けられた。聞き覚えのない声だ。
「そうだ。何だ?いや・・誰だ?」
「北川真希。あんたに相談があってね」
「相談?」
こいつが俺に相談?・・乗ってみるか。すぐに尻尾を掴んでやる。俺自身の利益の為に。
「簡単な話だよ。あんたら、こっちを嗅ぎ回ってるんだろ」
バレてしまっては仕方ない。ブラフかもしれないが、問題ないだろう。
「そうだ」
「なら私が何をしているのかも知っているんだろう?」
「それなりにな」
「だったら話が早い。規模を拡げたいんだ。融資をしてくれないか?」
融資か・・条件次第だな。
「俺にどんなメリットを保証してくれるんだ?」
「簡単さ。利益の5割でいいだろ?」
甘いな。不十分だ。
「俺の立場を使えば銀行からの圧力を大幅に減らせる。それに今の俺の顔を使えばかなりの宣伝効果だ。5割は低いんじゃないか?」
「確かに鴨山中学であんたの顔を知らない人間はいない。だが」
「この話は無しでもいいぞ」
「・・分かったよ」
釣れた。北川はなかなかできる奴でスムーズに話が進んだ。・・これで、もっと稼げる。もっと上に行ける。もっと見下せる人間が増える。
俺は少なくともこの時、自分の足下を見るのをやめていた。この提案を受けた事を後悔するとは知らずに。
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俺はいつもの様に登校する。
「あ、金本さん。おはようございます」
「金本君!」
「金本様!素敵!」
「ぼ、僕早く金本さんみたいになりたいんです」
「ずっと憧れてました!」
ただ歩いているだけでこれだ。心地良い。北川のビジネスが上手くいっているようで稼ぎは倍以上になった。最高だ。ん?・・珍しい顔が見えるな。
「金本サン」
「高木か。何の用だ?」
「まだ時間がありますし、少し付き合って下さい」
「いいだろう」
高木が俺に話があるらしい。何だろうか。誰もいない所に出ると高木が口を開いた。
「今回、金本サンがあちらに投資した事について何か言うつもりはありません。ですが、北川は危険です」
何を言うかと思えば、そんな事か。
「危険って根拠は何だ?」
「それは彼女が・・」
「もしかして自分が出遅れたからって焦っているのか?」
「何が言いたいんですか?」
「自分の関与しない所で利益が奪われるのが気に食わないんだろ?分かるぞ。けどな、損する側に回ったって事だよ」
その通りだろう。自分の利益を守るのは当然だが、こうなると見苦しい。
「・・分かりました。もう何も言いませんが、今の金本サンの姿勢は絶対に仇になりますよ」
そう言って高木は去って行く。今のは捨て台詞だろうか。険悪になってはしまったが、今の俺に高木は必要ない。俺を神か何かのように敬う奴隷供が居るんだからな。
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その日の放課後、私・・高木澪は帰路についていた。素質のあった金本がああなったのは残念だが、アレではもう使い物にならない。どうしたものか。考え事をしていると電話が鳴った。
「はい高木です」
『た、高木さん!大変です!実は・・』
「!」
不味い事になった。共倒れで責任を取るのは御免だ。・・いや、最高の生贄がいた。すぐに行動しなければ。
電話をかける。相手は・・北川だ。
「高木です」
『北川だ。へーあんたがあの高木か。何の用だい?』
「率直に言います。結託して、金本サンを嵌めましょう」
『ちょ、ちょっと待ってくれ。いったいどういう』
「単純な話です」
私ははっきりと最悪の状況を言う。
「ソレイユが近々潰れます」
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その日、俺は北川に呼ばれ、屋上に行った。
「高木もいるのか」
「ええ。金本サンに話があります」
「あんたが良ければでいいんだけどね」
話を聞くと二人の現在の役職を全て俺に譲渡したいそうだ。願っても無い話だ。更に利益が増えるのだから。
「お前達はどうするんだ?」
「引退だよ。もう十分稼いだしね」
「後は全部金本サンに任せますよ」
ならば、断る理由はない。
「有難く受け取らせてもらう」
俺が忘れていた後悔を思い出すのは一ヶ月後の事だ。
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「か、金本!そ、ソレイユが!」
「倉田、どうしたんだ?」
「ソレイユが年内に潰れるって」
「本当か!?」
ソレイユが・・潰れる!?バカな・・もしそうなればメダルが元である『なんでも証券』が価値を失ってしまう。全ての責任を俺が背負わなければならなくなる。まさか!?あいつらそれを分かってーー。
「金本サンの負けた顔、やっと見れましたね」
「!」
高、木ーー。
「自分は負けるはずがない、なんて思った時点でもう貴方の好きな鴨と同じですよ」
高木の目線が一瞬だけ哀れむような目線に変わる。
「さようなら金本サン。私は受験勉強で忙しいので」
「ま、待てーー」
高木は何も言わない。代わりに。
「金本さん!ソレイユが!」
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「嘘ですよね?潰れるなんて・・」
奴隷供が喚き出す。邪魔だ。俺は行かなきゃいけない。
「く、倉田!ここを任せる!」
「・・・」
「おい、倉田!」
倉田は応えない。何でだ!こいつなら俺を理解してくれるはずだ!
「ごめん」
「何で!?」
「俺はーーわかんねぇ!わかんねーよ!俺はお前がわからない。俺はーーずっとお前が怖かったんだよ!」
倉田はそう言って逃げて行った。しかし、追いかける事は許されない。
「答えて下さいよ金本さん!」
「どうなっちゃうんですか!」
「金本さん!」
「金本君!」
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この後、収拾がつかなくなり、暴動も起きて、俺はかなりの怪我を負った。ニュースにはならなかったが、俺は転校を余儀なくされた。退学にならなかったのは義務教育だからだろう。
俺は負けた事よりも高木や倉田を裏切った事を後悔した。欲に飲まれた時点で負けは確定していたのだ。
だが、一度味わった快楽を忘れた訳ではない。
転校先の地域で高校に進学した。高校近くのゲームセンター。メダルゲームにのめり込み、不良に絡まれるクラスメイトを見つける。
「なぁ、そこの君」
「な、何で・・しょうか?」
だから、次は負けない。
「提案があるんだ」
了