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ロディとドミニクと竜殺しの伝説

作者: 神奈澤

 おれの名はドミニク。誇り高きルクスの戦士(ヘリャル)である。

 他の者はおれ達のことをエルフと呼ぶ。

 おれは今ある男と旅をしている。

 男の名前はロデリック。一部の親しい者からはロディと呼ばれている。

 無造作に伸びている茶色い髪を、赤い布でざっくり纏めている所が彼の特徴である。

 彼を一言で表すならば、純粋な探索者である。

 良く言えば夢を追い求める情熱を持った青年で、悪く言えばそれしか頭のない男である。

 ロディは自身の見聞を広め、自身の目的の為に旅をしている。

 おれはさしずめ、彼の用心棒と言ったところだ。自身の技をどこまで伸ばせるかという武者修行も兼ねている。

 旅をして、足りなくなれば様々な依頼をーー用心棒や配達、遺跡調査や力仕事ーーして身銭を稼いでいる。いわゆる便利屋の様なものである。

 そんな旅のある日、おれ達はロフスクという街で宿を取り一泊する事にした。

 そして疲れを癒す為に酒場へと繰り出していた。

 というのもおれとロディはつい先日まで、とある貴族の先祖が生活していた古城の探索と調査をしていた。

 結果としておれ達は巧妙に隠されていた貴族の隠し蔵を発見し、眩しい程の財宝を回収する事に成功した。

 そして依頼を達成した報酬と、竜の瞳と呼ばれる石を手に入れたのである。

 ロディが言うには、この竜の瞳とは別名で宝珠と呼ばれるものらしい。なんでも国が傾く程の価値があるという。

 最もおれにしてみれば鈍色に輝く只の石ころにしか見えない。眉唾物である。

 それは依頼した貴族も同じであったのか、結果としてロディが受け取る事となった。

 そして今に至る、という訳である。

 そんな食事の最中、隣の席から流れてくる噂話を耳に挟んだ。

 正確に言えば、聞き耳を立てていたのはロディのみで、おれは食事に夢中であった。

 おれの目の前には取れたて新鮮の野菜に、こんがりとした焼き目をつけられ、じゅうじゅうと音を立てる豚肉の薫製肉が鎮座している。

 まさかこんな所で豪勢な肉を野菜と共に食べることが出来るとは思わなかった。

 まず肉を切り分けて口に運ぶ。

 思ったとおりに食べごたえのある、重厚な味である。焼き加減も固すぎずちょうど良い。

 香辛料をたっぷりかけてあるらしく、ぴりりとしたアクセントが実に良い。

 続いて口をさっぱりとさせるために葉野菜を頂く。

 しゃきしゃきとした歯応えの菜野菜が素晴らしい。

 葉野菜特有の青い苦味の後からじわりと感じる甘味が楽しい。

 ふと、視線を感じて我に帰ると、目の前には爛々と目を輝かせたロディの顔がある。

 濃い茶色の髪と翡翠の眼をした典型的な丸耳(ヒューム)の顔だ。

 おれの色が抜けた白い髪と白い肌とはえらい違いである。実に羨ましい。

 そんな顔が気がつけばおれの至近距離にあるもので、思わず心臓がどきりと大きく跳ねた。

 何とか顔には出さない様にした。


 「ドミニク。探したいものがあるんだが」


 おれとロディは昔馴染みとであり、家族同然の仲である。おれは彼が何を考えてるかは大体わかる。

 恐らくは古代の遺跡とか、古代の宝とか、未知の国とかそんな所だろう。

 少しはこいつの話を聞いてやらん事もないと思ったものの、新鮮な野菜を味わう機会など滅多にない。

 それ故にロディの言葉を一蹴し、おれは再びめくるめく味覚の夢路へと旅立つ事にした。


 「聞いてるか? おそらく噂の竜殺しを探せばーー」


 気がつけば息がかかる程近くにロディの顔があった。

 おれは思わずロディの顎先へと、裏拳を強く叩き込んでしまった。

 拳を受けて大きく吹き飛んだロディは、周囲の卓を纏めて薙ぎ倒し、盛大な音を立てて床へと叩き付けられた。

 彼は革鎧と鎖帷子で武装しているから酷い怪我はしていないだろう。おそらく。


 「てめェ! 何しやがる!!」


 無惨になった卓で酒を飲んでいた屈強な禿頭男の罵声が飛び、ロディの胸ぐらを掴み、彼を無理矢理起こして殴りかかる。

 しかし頭を盛大にぶつけたらしいロディはかくん、と垂直に沈んでしまった。

 すると男はたまらず大きく前にたたらを踏む。

 必然的に握った拳は空を切り、ロディを外れて、後ろで見ていた野次馬の顔面へクリーンヒット。


 「この野郎、やりやがったな!!」


 顔面を殴られた男は返す拳で禿頭の顔を殴打。


 「何だ! 喧嘩か!!」

 「おもしれぇ!! 俺も混ぜろ!!」


 それに当てられたのか、あちこちで喧嘩が始まり、あれよあれよと乱闘騒ぎになってしまった。

 おれは少しやりすぎたと反省して、急いでロディを引きずって酒場を後にする事にした。



 「――それで、竜殺しを探しに行くのか? おれはゆっくり食事を楽しみたかったのだが」


 酒場を逃げ出して宿へととんぼ返りしてきた後、部屋でロディから竜殺しとやらの説明を聞き、思わず辛辣な言葉が出てしまった。食い物の恨みは恐ろしいのである。

 

 「……おう、そういう、事だ」


ロディはまだ頭が揺れているのか、顎を手に乗せて肘を膝につけた姿勢で蹲っているが、大丈夫なんだろうか。


 「……この間に古城で聞いたろう。トルキアを建国した竜涎公(りゅうぜんこう)と言えば?」

 「ユリウス……だったか。そういえば竜退治の逸話を聞いた気がする」

 「正解。んで、その逸話の舞台は?」

 「……このトルキア公国だな」

 「そうだ。つまりこの国には、ユリウス公の用いた竜殺しがある、と言うことだな」


 熱く語るロディを煩わしく思いながらも、おれはトルキア公ユリウスの竜退治という逸話を思い返していた。

 あれは貴族の古城で依頼を受けていた最中だったか。

 世間話のひとつとして貴族がおれ達に話したのがきっかけであった。

 逸話や伝説に目がないロディが貴族に根堀り葉掘り聞いてしまうのもやむ無しであった。

 ユリウスとは今おれ達が滞在している国、トルキア公国に伝わる英雄で、トルキアの開祖と呼ばれている。


 竜退治の逸話はかつてユリウスが騎士としての修業で各地を巡っていた頃の話である。


 ある日、ユリウスはある北国に立ち寄った。

 しかし、その国は酷く寂れており、だれもが戸を閉め、外へ出ようとしない。暗い雰囲気が立ち込めていた。

 それでも尚、ユリウスが国を歩いていると、しくしくと泣いている娘がいた。

 どうしたのか、とユリウスが訪ねる。すると娘はこう訴えた。


 「実は北にある山に竜が住み着き、国の一部を燃やしてしまいました。そして残りを燃やされたくなければ、贄を差し出せと仰るのです」


 生贄選びは矢によって選定され、娘に白羽の矢が立った。

 そうして間もなく娘はとして竜の元へ運ばれるのだ、と告げた。

 話を娘から聞いたユリウスは、娘を助けるために竜を討伐する事にした。

 ユリウスは北の山に登り、竜と相対する。

 数刻に及ぶ激しい戦いの末、ユリウスは竜にとどめをさした。

 この時、ユリウスの用いたものは竜殺しと呼ばれる様になった。

 とどめを刺した直後に竜の顎から溢れ出る体液を全身に浴びたユリウスは、その竜鱗のごとく皮膚が強靭になり、一切の武器を通すことはなかったという。

 これこそが後に、彼が竜涎公と呼ばれる所以になったものである。

 竜を倒したユリウスは国へ戻り、英雄として祭られ、トルキアという国を造った……という話である。

 こう書くとごくありふれた英雄物語である。


 「だが噂の竜殺しの正体ははっきりしていないのだろう?」


 ユリウスの用いたとされる竜殺しは現在よくわかっていならしい。

 過去に竜殺しの正体を調べた者は多くいた。

 しかし帰ってきた誰もが竜殺しなど嘘っぱちと言うか、口を噤み、頑なに明かそうとしなかった。故に依然として竜殺しの正体は判らず今に至る。

 結果として竜退治の逸話はトルキア公の格付けの為、でっち上げた逸話である可能性が高いという事になった。今では子供達に聞かせるお伽噺のひとつとして有名であるとの事だ。


 「まあ折角だ。竜殺しの正体を確かめるのも面白いと思うぞ」


 満面の笑みを浮かべ、さも散歩に行く様に告げるロディ。おれは呆れ果ててしまった。

 しかし、こいつが冒険を前にして退いた事など一度もない。

 その頑なさといえばまだ駄々を捏ねる子供の方がやさしいと思える位である。

 仕方なしにおれは縦に頷く。

 まあ、こいつがそこまで喜ぶのなら悪い気はしない。相棒冥利に尽きるというものだ。

 おれは嬉しさを表情に出さない様に努め、ロディから顔を背けた。こいつに嬉しいと思う事を知られては堪らないと思ったからだ。

 そうしておれたちは竜殺しの正体を探る事となった。



 竜殺しの情報を聴き込み始めて二日が過ぎた。

 どうやら竜殺しはこの街より東にある山の麓にある街にあるという噂である。

 思ったよりも有名で、おれは少し驚いた。

 おれは閨を共にした女性に別れを告げて娼館を後にした。意外に思うかもしれないが、ここは情報を得る最適の場所であるとおれは思う。

 野心を持つ男というものは語りたい欲望がある。故に隠したい情報であれど、女性の甘い誘いにうっかりと口を滑らせてしまうのだ。

 獲物を狩る罠に仕掛けるのは甘い蜜と、相場は決まっている。

 更に言えばおれも色々と楽しめるので、実に利に叶った方法だとおれは思う。

 どこか気だるさの残る頭で宿へと戻るとロディは既に帰ってきており、書き仕事をしていた。

 何をしているのか、とおれが問えば情報を整理しているのだという。

 暫く時間がかかりそうなので、おれはロディより先に酒場へと繰り出すことにした。

 酒場の戸を潜れば、今日も賑わっており、雰囲気にあてられてかおれも楽しい気分になる。十の卓と、カウンターに席が八つ。その殆どが酔客で埋まっており、冒険話に花を咲かせている。

 おれは一先ず入口に程近いカウンター席へと腰かけた。その流れでカウンターの中で料理を切り分けている亭主らしき男へ注文を頼む事暫し、程なくして目当てのものが現れた。

 新鮮な葉野菜に巻かれた肉料理干した果物、そして果実酒である。

 おれは食事が好きだ。そして同じくらいに酒が好きだ。

 しかしロディはいつもおれが酒を飲もうとすると全力で止めにかかる。たしかにおれは飲むとすぐに寝てしまう。気がつけば朝を迎えていることが多い。

 その時必ずと言って良いほどに傍らにはげっそりとやつれたロディがいる。そして必ずと言って良いほどに同じ台詞を吐くのだ。


 「お前に酒を飲む権利はない」


 おれは激怒した。何故そこまで言われなくてはならないのか、と。

 しかし精気のないうつろな眼で、奴が聞き分けのない子供を諭すように、おれの目をみて淡々と言うのである。

 俺の命がいくつあっても足りない、と。

 流石に懇々と諭されるとおれが悪いように思えてしまう。とうとうおれは彼にほだされて約束をすることになってしまった。なので最近ではロディの目が届かない所でこっそり飲もうと画策していた。バレなければどうという事はない。

 とはいえまさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとは夢にも思わなかったが、これも日頃の行いの賜物だろう。

 わくわくとした気持ちを抑えつつ、一口目を味わおうとジョッキに手を伸ばした時である。


 「おォ? 色っぺぇエルフのねーちゃんじゃねぇか。でけえ剣なんか背負ってどおした? 傭兵の真似事かァ?」


 蛇がのたつく様な嫌らしい声が耳についた。ちらりと横目で見やれば傭兵崩れらしい破落戸(ごろつき)共がおれを見て、にやにやと下卑た笑みを浮かべていた。

 でかい鼻をした男だ。

 相貌元々良いとは思えず、浮かべている嫌らしい笑みのお陰でもっと酷く見える。


 「そんな真っ白い細腕じゃあ、傭兵なんざ向いてねえぜ。革鎧なんて野暮なもんは脱いでよ、綺麗な服にでも着替えておいらに酌でもしてくんねぇか?」


 でか鼻男は尚も言葉を続ける。そしてその言葉の後、どっと笑いがおこる。笑っているのはこの男の仲間だろうか。

 男の声はかなり酒精を含んでいるらしく、端々が間延びしていてまだるっこしい。随分と酩酊している様だ。

 冷静に考えれば只の戯言である。隣に座っていた無頼漢の酔客がたまたま目に入ったおれに絡んできた、それだけの事だ。

 しかし、おれには許せないことがある。そして酔った男の言葉はきっちりとおれの許せない琴線に触れたのだ。

 だが、おれは我慢した。酒が飲めるのだ、と怒りで爆発しそうな心を無理矢理に押さえつけた。

 おれは無言で視線を外し、再びジョッキを手にしようとしたがそれは叶わなかった。


 「だんまりたァ礼儀がなってねぇなあネェちゃん。おら、此方向けや」


 おれの態度を快く思わなかったのか鼻男が馴れ馴れしくおれの頭を鷲掴む。

 我慢していた所にこの仕打ちである。

 ついにおれの堪忍袋は爆発した。


 「では望み通りにしてやろう!!」


 怒りの勢いに任せて放ったおれの右拳が酔った男の鼻っぱしらを真っ直ぐにぶち抜く。ごきりとした感触が手に伝わる。でかい分殴り甲斐があるな。

 もんどりうって男は椅子ごと吹き飛び、周りの卓を巻き込んで盛大に破壊する。仲間らしき奴等はおれがこの男を吹き飛ばすとは思っていなかったのか、目を丸くして固まっていた。

 おれは女扱いされることが大嫌いだ。おれは戦士(ヘリャル)だ。誇り高きルクスの戦士なのだ。

 それを傭兵の真似事とは。

 更には女性の服を着て酌をしろとは。

 無理矢理に頭を掴んで振り向かせようとするとは。

 こけにするにも程がある。

 腸が煮えくり返る程におれの血は燃え滾っていた。

そもそもが笑われて黙っていられるほどおれはお人好しではない。

 この怒りの代償はきっちりといただく。

 ぶっ飛ばした酔っ払いの仲間が我に帰るや各々が剣や斧、槍等、 自分の得物を手に取りおれへと相対する。

 数は五人。あたりに殺気が充満する。

 おれも血を見ねば気が済まなかった。

 殺気に当てられたか、おれと酔っ払い共の周りからは蜘蛛の子が散るように人がいなくなった。しかし、血の気が多い酒場の客だ。遠巻きにこちらを眺めている。

 怒りはあるが頭は嫌と言うほどに冷静だ。感覚が研ぎ澄まされている証拠である。

 周囲を眺めた後、背中に背負っている三尺五寸の長さを持つおれの剣を確りと握る。ぬらりと引き抜き、敵へと構える。

 切っ先をぴたりと構えれば、相対した者達はぶわりと汗を垂れ流して数歩後ずさる。遠巻きに眺めている野次馬からどよめきの声が漏れる。

 恐らくは五尺六寸程しかないおれの身体で、枯れ木のような細腕で、そんなものを持つなど阿呆の極みとでも思っているのだろう。

 ふふふ、誠に不愉快だ。こいつらを片付けた後でその腐った性根を叩き斬ってやる。

 亭主は荒事に慣れているのか我関せずとカウンターの奥に避難してしまった。

 思う存分暴れて良いという事だろう。


 「今このおれを侮辱した奴等に告ぐ! 今すぐ死にたい奴からかかってくるがいい!」


 おれの言葉にだれひとりとして動く者はいない。おれの苛々はますます募る。

 再度口を開こうとした最中であった。

 群衆の中から赤い布を巻いた茶色い頭が飛び出し、おれと敵の間に割り込んできた。


 「嫌な予感がして慌てて追いかけてみりゃ……こりゃ何の騒ぎだ?」


 現れたのはロディであった。

 彼は周囲を見渡して把握したのか、呆れたようにため息をついた。そしておれと相対する集団へと歩いていく。


 「ツレがすまなかった。これは軽い詫びの気持ちだから好きなもん食ってくれ。この話はこれでお仕舞いだ」


 と、懐からの銀貨を数枚程取り出して剣を持った男に握らせた。

 ロディの行動に男は「お、おう。こっちこそ悪かったな」と何処か緊張した面持ちで謝罪した。

 野次馬も散り、また店の中に喧騒が戻る。

 事が終わったと見てかカウンターの前へ戻ってきた亭主に、ロディは料理を包むようお願いして、代価を支払う。そのついでとばかりに野菜の酢漬けをつまみ食いして「お、なかなか良い塩梅だ」等と呟いていた。

 亭主は快く代価を受けとり、おれの料理と調理していた他の料理を包み始めた。

 その間おれはと言えば剣を引っ込める事も出来ずに固まっていた。怒りは白け始めていたが、まだ心に燻っていて、引っ込みがつかなかった。

 ロディがおれの前に立つ。おれは剣を下ろし、目の前のロディに不満をぶつけようとおれが何か言おうとした直後であった。

 おれの頭を衝撃が襲う。爆発したような痛みが脳天から腹の髄まで突き抜ける。その凄まじさは目から星が飛ぶ程であった。

 何故殴るのか。咄嗟におれの踏み躙られた気持ちはどうなる、と恨み言をぶつけようと口を開いた。


 「お前、隠れて酒飲もうとしたろ 」


 ロディの一言におれは言葉を失った。

 何故だ。

 何故バレたのだ。おれの計画は完璧であった筈だ。だらだらと脂汗が頬を伝う。

 おれが言い淀んでいると、ロディの目がじっとおれを見据える。


 「し、してない」


 その目に耐えきれず、おれは咄嗟に嘘をついてしまった。


 「してないも何も現物がここにあるわけだが?」

 「別の客が頼んだんだ。おれじゃあない」

 「ほぉー。そうかそうか。それはどんな客なんだ?」

 「き、筋骨隆々で色黒の傭兵だ。おれは見たんだ」

 「そうか。なら、この酒はおれが貰っておこう」

 「えっ」


 ロディは言うが速いかカウンターの上にある果実酒を引ったくり、ぐいっと一気に飲み干してしまった。


 「――疲れた身体に良く染みる」


 酒が。

 おれの酒がなくなった。

 おれの心を深い海のような哀しみが襲う。

 何故だ。おれはただ酒を飲もうとしただけではないか。納得がいかない。悔しさがつのる。 哀しみは眼から溢れようとするが、おれはぐっと堪える。戦士(ヘリャル)は泣かない。

 丁度料理を包み終えた亭主から品を受けとり、ロディは呆然としているおれに向き直った。


 「さ、宿に帰るぞ」


 言葉を忘れたように呆けたおれはロディに引きずられ酒場を後にした。



 おれは宿への帰路で何とか立直り、とぼとぼとロディの後を歩く。


 「おーい、まだ拗ねてんのか」


 振り返りおれを見る。何と言われようが許せないものはある。おれの怒りは地より深い。


 「拗ねてない」

 「じゃ、早く歩け」

 「うるさい」

 「あのなあ……あの場はあーでもしなきゃ収まんなかっただろう。はよ機嫌直せ」

 「拗ねてない」

 「お前な……」


 ロディの声に苛立ちがまじりはじめる。

 ふと、おれは後ろから不穏な空気を感じた。振り返らずに注意を向けてみるとそれは人の気配であった。それも複数人の殺意である。

 おれは不自然にならないように歩幅を大きくしてロディの横へと並ぶ。


 「ロディ、どうやらおれ達に用みたいだぞ」


 おれの言葉にロディも気持ちを切り替えた様だ。


 「数は?」

 「四、五人と言った所かな」

 「わかった。次の角で迎え撃つか」

 「わかった」

 「ドミニク」

 「何だ?」

 「やり過ぎるなよ(・・・・・・・)?」

 「任せろ」


 簡単なすり合わせを終えると同時、角を右に曲がる。すると背後から走るような人の足音が複数。

 おれは大剣を構え、刃を寝かせる。

 そうしてタイミングを見計らって団扇の様に振り抜けば、見事に追手二人のどてっ腹に命中した。

 彼らは吹っ飛ばされ、土ぼこりと胃液を撒き散らして転げ回る。

 同時、ロディがすかさず飛び出して固まっていたもう一人の胸を蹴り抜く。こいつも盛大に吹き飛び、夜の闇へ消えていった。

 おれも直ぐ様剣を構え直して角から飛び出せば、残りの人数は三人。想像より一人多かった。おれもまだ甘い。

 しかし、好都合。溜まった鬱憤を晴らす事が出来る。

 興奮のあまり乾いてしまった唇を、ゆっくりと嘗めて濡らす。

 そして奴等が動き出す前におれは一足で前へ飛び出す。

 まずはひとり、と右前方にいる男へと狙いを定める。

 おれが直前までと迫ると、流石に男も気づき、慌てて剣を構えて防ごうとする。しかしもう遅い。

 おれは大剣を右腰に構え、思いきり踏ん張るべく、左足で地面を蹴り抜いた。

 同時、腰を軸に大きく剣の峰を振り抜けば、相手の剣は砕け、衝撃を受けて男の身体は真後ろに吹き飛んだ。

 そして運悪く後ろにいた男にぶち当たり、二人揃って地面へ沈む。

 最後の一人となって戦意を喪失したのか、最後の男は逃げ出そうとおれ達に背を向けた。

 おれが動く前に、おれをかすめて後ろから何かが伸び、逃げる男を絡めとる。それはロディの放った縄であった。

 ロディは直ぐ様距離を詰めて縄が解けないようきっちりと緊縛していく。

 男は抵抗しようとするが、おれが男の目の前に大剣を突き刺せば、白眼を剥いて大人しくなった。

 その直後に鼻が曲がる強烈な臭い。どうやら縛られた男が漏らした様である。

 ……ちょっとやり過ぎたかもしれない。


 「やり過ぎるなって言ったろう……」


 その言葉と共にロディから向けられた視線は、邪神を見るようなものだった。

 おれは心外だと思ったが、取り合えず謝っておいた。

 ちなみにおれの心は少しだけ晴れやかになった。


 襲ってきた破落戸(ごろつき)共を縛り上げた後、情報を吐かせる。その中には先程おれが酒場でぶっ飛ばしたデカ鼻野郎の姿もあった。今は白目を剥いて口から泡を噴いている。おそらく主犯格はこいつだろう。

 おれが意識がまだある男へと睨みを効かせると、男は青ざめ、何をするでもなくあっさりと白状した。


 「つまり、強盗目的でおれ達を襲ったわけだな?」

 「あ、ああ。鼻のお礼参りだ、ってこいつに誘われてよ。お前ら酒場でかなり金を持ってたし、囲んじまえば恐くねえと思って……」

 「そうか」

 「な、なあ。殺さないでくれよ。俺はこの野郎に誘われただけなんだよ。だから……」


 少し煩かったので顎先を拳で打ち抜き男を黙らせた。かくりと男の頭が沈んで動かなくなる。今ごろは夢の世界に旅立っているだろう。


 「――という事だそうだ」

 「……ちっとばかし目立ち過ぎたかもなあ」


 顎に手を当てて考えるロディ。


 「きな臭さと懸念はあるっちゃある。だがまあ、今まで通り適当に行く方針として」

 「方針として?」

 「宿に帰って作戦会議だ」


 そういう事になった。



 宿へと戻ったおれ達は、情報交換とこれからの事についてを話し合うことにした。


 「で、調べてみた結果だが、推測だと俺は竜殺しの舞台は火山の近くにある街だと思っている」


 そう言ってロディは手に持っていた用紙を取り出して机の上に開いた。

 それは地図であり、拡げてみれば男性の肩幅くらいあり、机を半分程隠す大きさがある。


 「このトルキア公国で火山がある街は限られる。この、東海側にある【カルラ地方】の街だ」


 そう言いつつ地図の右端を指す。ここがカルラ地方なのだろう。


 「カルラ地方には火山が数多く存在しているんだが、俺はこの中で霊峰と呼ばれる山に着目してみた」


 ロディが地図のある場所を指してぐるりと円の形になぞった。円の中心には尖った形をした絵が複数描かれており、すぐ下に【カルラ山脈】の文字が見える。


 「古来より山というものは竜そのもの、もしくは噴火の比喩として竜が来るなんて呼ばれてたりする。つまり――」

 「つまり?」

 「結論から言えば竜殺しは霊峰キルリスカヤの麓、【キルリス】にある可能性が高い。地図で言えばここだ」


 そう言うと地図の端、山々に囲まれた街の図形を指で叩く。そしておれが頷いたことを確認した後指を離す。そのままゆっくりと手を地図の左側にずらしてゆき、もう一ヵ所を指差した。街の図形の下には【ロフスク】という文字が見える。


 「で、ここが今俺達がいるロフスクの街だ。キルリスへはこの街道を使っておおよそ七日くらいだな」


 言いつつロフスクからキルリスへ延びた一本の線をなぞる。おれは理解した事を示すため、またひとつ頷いた。

 その後、おれも独自に調べた情報をロディ報告した。こちらの情報でもキルリスに竜殺しがあるという話が多くあった為、裏付けになるだろう。

 だが、報告を聞いたロディは目頭を抑え、暫く揉んでいる様であった。


 「お前、また娼館に行ってきたのか」

 「そうだ。悪いか?」

 「や、悪くはないけどな」

 「遊ぶのは楽しいぞ。いい発散にもなる」

 「お前、判ってて言ってるだろ」

 「そうだ。悪いか?」

 「タチが悪いな……」


 そう告げるとロディはがっくりと項垂れるのであった。全く、融通が利かない男である。

 ともあれ、おれ達は竜殺しを求めてキルリスへと向かう事となった。



 早朝におれ達はロフスクを出発し、キルリスへと向かう。

 街道はしっかりと整備されており、不自由なく進むことが出来た。

 人々が往来の度に踏み固めた道の端には黄金色に輝く稲穂の絨毯が続いている。

 これが冬になると、全て銀色の雪景色に変わるとは驚きである。一度は見てみたいと思う。

 長い畑を道すがら、陽光が透けて赤く燃える森林を抜け、風に揺れる草原を裂いて進んだ。

 トルキアの風景はどれもおれを楽しませてくれた。

 道中は飽きる程に順調で、キルリスに程近い村へと着いた頃には五日程、日没前には到着出来た。

 空は暗くどんよりしており、今にも一雨来そうな気配だったので僥倖と言う他ない。

 おれ達は村に交渉し、普段は会議場兼酒場として使用しているという公共施設に部屋を借り、宿泊する事にした。

 公共施設は二階建てで、玄関を開けると広い食堂がひとつ。

 左の壁から階段が伸びており、昇ると個々に分けられた客間となっている。

 それぞれの客間には一面に藁と、毛皮が敷かれている。思っていたよりは随分と豪勢で、それなりに暖かく過ごせそうである。

 食堂に入ると雨が屋根を叩き始め、それは次第に強くなっていた。暫く止みそうにはない。

 おれ達は一先ず食事をとる事にした。

 宿舎の隅にかまどが併設してある。どうやら調理場らしい。

 物々交換で分けて貰った羊肉をロディの持つ香辛料で適度に下ごしらえした後、かまどの炎でじっくりと焼き上げていく。

 上手い食事を食べる事にロディは糸目をつけない。

 放牧で暮らしている村である。随分と良い肉だ。味も期待して良いだろう。

 火に焼かれ、じゅうじゅうと音を立てて焼かれる肉は、空っぽの腹を刺激してくれる。野菜の甘味も素晴らしいものがあるが、こういった獣臭い肉を頬張るのもまた一向である。付け合わせると臭みが緩和されて尚良い。

 しっかりと焼き上がったのを確認し、かまどから取り出す。松明の光を受けて、煌々と輝くのは羊肉の脂だろう。実に食が進みそうである。


 「んじゃ、食うか」


 ロディの声で、かまどから肉を取り出して机の上へと置く。大きな肉の塊を適当に切り分けて各々が好きに食べるのである。

 ナイフで肉の塊を削げば、切り込みを入れた所から肉汁が溢れる。おれの喉がごくり、と鳴った。

 肉を適当に皿へと取り分け、早速口へと運ぶ。

 じゅわ、と口の中に塩気と香辛料の辛味が利いた肉の旨味が広がる。実に良い味加減である。

 肉の切れ端を数枚食べた後、口直しに葉野菜の酢漬けを食べる。酢の酸味が口を爽やかにしてくれる。砂漠を暫くさ迷った後に飲んだ水の様な解放感があり、実に良い。


 「しかしお前ってつくづくエルフらしくないよなあ」

 「何だと。おれの何処がエルフらしくないとのたまうのだ」

 「好戦的で良く飯を食べる。鉄の剣を使う。先頭に立ってちゃんちゃんばらばら……正直暇がない」

 「エルフが菜食のもやしっ子だと誰が決めたのだ。森で生活するのだから、肉も食べるし武装もするだろう」

 「ま、そうだよなあ」


 他愛ない会話をしつつも肉をもりもり食べ、腹の中へ収めていく。


 「道中は随分といいペースで進んでるな。もしかすると明日にもキルリスへ着けるかもなあ。実に楽しみだ」


 おれも知らぬ街に行くのは楽しみで仕様がない。

 そうしてふたりで食材の殆どを平らげ、早々に眠りに着いた。

 明日は村を出て、荘園地帯を抜ける事になる。

 やがてごつごつとした岩の多い山道が見えてくれば、キルリスまではもう間もなくらしい。

 何事もなければ良いがな、とロディは心配していたが、おれは大丈夫だろうと言っておいた。

 そしておれはまだ見ぬ街並みに想いを馳せ、ゆっくりと目を閉じた。



 キルリスはトルキアの霊峰であるキルリスカヤ山の麓にある。かつては険しい道を越えていたらしい。

 しかしキルリスは湯治の地として、トルキア国内でも三本の指に入るほど有名な街である。

 国内貴族がこぞって湯治へと赴く事もあり、実はキルリスの往来はかなりの数がある。

 道を通る人が多ければ、その分しっかりした道が造られる。

 つまり、キルリスへと行く街道は立派に整備されており、勾配のきつい坂道こそあれど、馬車で楽々と通る事が出来た。

 そんなわけでおれ達は道中、キルリスへと向かう馬車に乗せてもらいあっさりとキルリスへ到着した。僅か半日の事であった。

 街中へと入るには検問を受けなければならない。

 街の外は順番待ちの列が出来ていた。おれ達も順番を待つため、列に並び始めた。


 「しかしやけに人が多いな……」

 「元々湯治場で有名という事もあるが……ちょうど今は祭の時期だからな」

 「祭?」


 首を傾げるおれにロディが説明してくれる。


 「この街で伝承されている竜退治なんだが、実は他の地域の伝説とは少しだけ違う。この街で信奉されているのは街の守護を司る竜なんだ」

 「ほう」

 「元々竜は土地を護る精霊で、自ら吐いた火によって土を豊かにしたり、作物が育てやすくしたり、川を管理して水の流れをゆるやかにしたりしていたらしい。それでこの街の住人は収穫の時期になると竜に感謝としてどうぞ街でご馳走を食べてゆっくり骨を休めてくださいと奉ることが伝統なんだ」


 いかん。これはヤツのスイッチを入れてしまった。これは話半分で聞いた方が良い。


 「キルリスの竜退治においては二つの竜が現れるんだ。ひとつは倒されるべき悪い竜。そしてもうひとつがユリウスに味方した良き竜。この街の守護竜であるユランだ。恐らくは街から街へ伝わった結果、色々と捻じくれて伝わってしまったんだろうな。で、ここでいう悪い竜というのがーー」


 つまり、キルリスでは今の時期に祭をやっていて、街は今かなり賑わっているらしいという事がわかった。

 観光でも有名なキルリスの街だ。であれば祭の時期に他の街から人が来るのも道理だろう。故にこの長蛇の列というわけだ。理解した。

 そういえば竜殺しの手がかりは見つかったのだろうか。

 尚も話を続けるロディに疑問をぶつけてみた。


 「一応調べてみたが、ある文献だと鋭い剣のようなものらしい」

 「ほほう」

 「あとは燃え盛る炎と聞いたな」

 「炎を纏う剣か。凄いな」

 「あとは途轍も無い威力の棍棒とも、清流の如き水、地を劈く雷、巨人の持つ斧、天を穿つ槍、心臓を貫く弓矢、身体を蝕む毒……」

 「ひとまず良くわからないことは良くわかった。わかったからもう口を閉じてくれ」


 おれの頭は情報の多さに沸騰しそうになり、尚も続けようとするロディに慌てて待ったをかけた。


 「まるで雲を掴む話だな」

 「そうだな。でも俺達はそれを確めに来たんじゃないか」

 「く……」


 そうだ、おれ達は竜殺しを確めにきたのだった。

 結果は自ずとわかる。おれは一先ず深呼吸をしておちつく事にした。

 ゆっくりと息を吸って――――ゆっくりと吐く。

 空気がうまい。頭がすーっとしてきた。

 ……何故おれは温泉街にまで来て良くわからないものを追いかけているのだろう。

 冷静になってみると、不思議なもので、謎の虚脱感がむくむくと湧いてきた。


 「……良く良く考えてみれば温泉に入って女の子といちゃいちゃ遊んでいるのが良いんじゃあないだろうか」

 「この数秒でお前に何があった」


 ロディが驚いているが、何だかやる気が何処かへ行ってしまった。

 溢れんばかりの名声や報酬があったり、女性からのアプローチだったり強い者との戦いならもっとやる気も出るのだがなあ。

 まあこいつが喜ぶなら良いか。

 おれは竜殺しを見つけるためにそれなりに頑張ろうと改めて誓ったのである。



 それから暫く、日が高いうちにおれ達はキルリスの街へ入ることが出来た。

 街中はかなりの活気があり、まるで何かの祭りでもやっている様だ。

 どこと無く硫黄の匂いが漂う街中を練り歩く。

 ロディとおれは街中でひたすらに竜殺しについて聞き込む。

 しかし、情報の多さにおれは首を捻ってしまった。どうやらこの街には竜殺しと呼ばれるものが数多く存在するらしい。というのもキルリスという街が、街興しの一貫として【竜殺し】のブランドを持っているらしい。

 おれが見た限りで竜殺しと名のつく武器を三十本は見た。その殆どは土産物であり、竜殺しの丸薬(腹下しで整腸に良い)や竜殺しの剣(木刀でキルリスの彫り文字入り)、銘酒竜殺し(香りが良く、うま味があるらしい)、銘菓竜殺し(パンを薄くしたような焼き菓子)なんていうものまである始末。というか最後の二つは何だ。バカにしているとしか思えない。

 これなら確かに竜殺しの正体なぞ呆れて追いたくなくなるというものだ。


 「いやぁ……。噂には聞いていたが、商魂逞しいな、全く」


 ロディも数多の竜殺しを目にして苦笑を禁じえないらしく、苦笑していた。


 「しかし、こうも多いと埒があかん」


 おれは屋台で購入した竜殺しのタレを塗った、肉の串焼きを頬張った。少し酸味のある甘辛なタレが肉汁と溶け合って、実に旨い……。

 あまりに旨いので味わって数本食べていると、屋台の親父はおまけをしてくれた。


 「お前さんの食べっぷりが見事だからな! 守護竜さまの思し召しもあるだろうよ! ほれ、持ってけ持ってけ」

 「そうか。礼を言う」


 礼を言って屋台を後にした。

 振り向けば何時の間にやら長蛇の列が出来ていた。なるほど、これくらい混むのであれば少し位サービスするのも納得がいく。

 流石に食べきれないので、ロディとわける事にした。

 雑踏を掻き分けながら食べる串焼きというものは実に良い。祭の賑やかさもあってとても楽しい。

 暫く、二人で会話もなく街中をひやかしながら歩く。

 ロディは最後の串焼きからひとつ肉を食べて、思い付いたようにおれへと向き直った。


 「んじゃ、折角だ。ここからは別々に聞き込みしてみるか」


 さて、どうしたものか。

 正直に言えば、既に辟易している。

 ここまで竜殺しが多いとは思わなかったので、既にお腹一杯である。

 直感的に動く事は得意なんだが、こういうじっくり考えるものは苦手だ。

 ともあれ仕方なしにおれはこくりと首を縦に振った。


 「おし、決まりだな。んじゃ、落ち合う場所を決めておくか」


 ある程度打ち合わせをしておれとロディは別行動を取ることとなった。

 日が暮れる頃、ユリウス公の銅像の前で落ち合う約束だ。

 ロディはついでに今日の宿を取りに行くとの事。

 何でも竜を骨抜きにするかなりの人気宿らしい。ここでも竜殺しか、とおれはうんざりした。


 ロディと別れた後、おれは未だ、ひとりで竜殺しについて考えていた。

 ……ふむ。竜殺しか。確かにお伽噺や逸話で聞いたことはあれど、ちゃんと調べる事はこれまで無かったな。

 とはいっても何処に行けば調べられるんだ……? おれは疑問に思う。

 ふと、考え込んでいるおれの耳に、語りがきこえる。吟遊詩人が何かを詠っているのだろうか。何処かで聴いたような噺である。

 ……これは竜涎公ユリウスのお伽噺だ。

 考えて煮えた頭を冷ますにはには丁度良いかもしれない。おれは声に吸い寄せられるように歩いていった。


 声は街の中央広場から流れていた。声はゆっくりとした旋律を奏で、物語を綴っていく。

 円形の中央広場は物語の詠に魅せられた人であふれていた。


 「――今こそは決着の時! 良き竜ユランの尽力もあり、ユリウスは手負いの悪しき竜と対峙する! そして己の手にもつ竜殺しを握り締め、竜をねめつけた! 竜はいよいよ顎を開き、ユリウスを飲み込もうと襲いかかる! しかしユリウスは避けることなく、竜の大きく開いた口へと駆け、そのまま竜殺しと踊る! おお、勇敢なり! ユリウスは閃光の如くに竜の喉を突き刺してその息の根をとめたのである! 竜の口からはおびただしい血が流れて彼を塗らすも、ユリウスの輝きは失われる事はなかったのだ!」


 どうやら話は佳境に差し掛かっている様である。おれはただ歌を聴くことにした。手近な建物の壁に寄りかかる。


 「ルクスの民ね。ようこそキルリスへ」


 呼ばれた声に辺りを見渡すと、隣に座っていた女性と目が合う。

 彼女はにこりと微笑んだ。

 彼女の長い髪は炎が揺らめく様に紅く、不思議な妖艶さを持つ。

 このあたりでは見たことのないひらひらとした服を纏った彼女は、何処か遠い国の出身なのだろうか。不思議な野性味がある彼女の美貌と相まって、燃え盛る火のような印象を感じさせる。


 「いい歌でしょう? ユリウスの竜退治。私はこの歌が好きなのよ。懐かしくてね」


 彼女はおれにそう告げると壺の栓を抜き、手のひら程の大きさを持つ平たい陶器の盃へと注ぐ。

 そこから中身を一気に飲み干すと、彼女の口から熱のこもった吐息が漏れる。酒精の匂いからおそらく酒であろう。


 「懐かしい?」

 「ええ。思い入れがある話だからね」

 「そうなのか。おれもこういう英雄伝記は昔から好きでな。中でもこの話は気に入っているよ」

 「ふふ、嬉しい」


 そして目を細める。彼女は歌そのものを聴いているというよりは、歌を通して何かを見ているようだった。

 おれは郷愁に思いを馳せるご婦人と、静かに歌を聴いていた。

 ーーやがて吟遊詩人の語りが終わると、あたりは盛大な拍手で埋め尽くされる。そして見物料として吟遊詩人へお金を渡していく。おれもいかなければなるまい。

 ご婦人に別れを告げようと顔を向けると、既に彼女は眠ってしまっていた。

 人が多いこの中で放置しておくのは流石に不味いかもしれない。おれは仕方なしに彼女を介抱する事にした。



 おれはひとまず適当な食堂に入り、時間をつぶす事にした。おれ達を見た店主は大層驚き、直ぐ様おれ達を席に案内したあと、何処へと行ってしまった。

 やがて戻ってきた店主に何かあったのかと聞くと、守護竜さまの思し召しです。との言うのである。

 ふーむ思し召しか。まあそういう事なら良いか。

 体調を確認しようと近づこうとすると、手でそれを制し、大丈夫と告げた。


 「少しばかり悪い酔い方をしていた様ね。ごめんなさい」


 おれは気にしてないと返事をすると、ご婦人はやさしく微笑んだ。

 そして彼女は起き抜けに店主に向かって野菜のシチューと肉を注文した。随分と食欲旺盛なご婦人である。店主は驚きもせず料理を作りに行った。

 他愛ない会話をしているうちに店主が料理を運んでくる。おれはそれを見て仰天してしまった。

 でかい。まず器がでかい。鍋は寸胴で、数十人の集団で食べる位の量がある。

 そして中身もたっぷりと入っていた。恐ろしい食欲である。

 中身のシチューはスープの色がとても濃く、じっくりと煮込んであるように見える。だが具材は煮崩れてはおらず、ごろごろとした野菜や、薫製肉等、しっかりと形が見える。

 肉は豚の肉であろうか。煉瓦ほどもあるブロック状の塊が板の上に何個も鎮座していた。まるで塀のようである。


 「良ければ一緒にどう? ひとりで食べるのも寂しくて」

 「では頂こう」


 そういう訳で気がつけばご婦人と料理を食べることとなった。

 特に会話もなく、淡々と食事をしていく。気まずい、ということはない。この食事が旨いのだ。故に次々と皿を空けてはおかわりを繰り返していける。

 気がつけばおれ達は料理の殆どを平らげていた。といってもほぼ食べていたのは目の前に座るご婦人である。驚愕である。

 おれは恐ろしくなって店主に支払いの事を聞いたのだが、店主は満面の笑みで守護竜さまの思し召しですから、支払いは結構です、と告げた。

 よくわからんがまあサービスしてくれるならいいかと思うことにした。

 祭ムードでそういう感じなのだろう。

 全ての食事を済ませ、おれは甘い果実を搾った水を飲んでいると、酒を嗜むように飲んでいたご婦人がゆっくりと口を開いた。


 「……祭を楽しんでいたのだけれど、ふとある人を思い出して寂しくなってね」


 ふとまた遠い目をする彼女は盃に酒を注ぎ、一口。


 「それでも何とか楽しもうと思って歩いていたら、丁度あの歌が聴こえてきたの。折角だから酒の肴にしようと思った訳」


 そうしてもう一度中身を口に含み、香りを楽しむように目を瞑る。


 「ふふ、普段はこんな事言わないのだけれど、美味しいご飯を食べたせいかしら。ごめんなさいね」


 そしてご婦人は何処か寂しげな笑みを浮かべる。

 おれは様子を見て、ご婦人に切り出す事にした。


 「ご婦人、夜も更けてきた。そろそろ店を出よう」


 ご婦人は酒精を含んで火照っているのか、とろりとした表情をしている。

 うーむ、何とも煽情的である。下手な男なら狼になることだろう。

 店を出る前に店主にもし大丈夫なら【竜の尻尾亭】へ寄ってくれと告げられた。

 何でもこのご婦人贔屓の宿らしい。

 おれは快く了承した。

 あれだけ食べてタダにしてくれたのだ。このぐらい安いもの。

 断じて送り狼になった訳ではない。

 店を出て、唐突におれはあることを思い出した。

 立ち竦むおれを見て、ご婦人は声をかける。


 「どうしたの?」

 「忘れてた」

 「何を?」

 「日暮れ頃にロディと待ち合わせしてたんだった」


 そう、おれはロディとの約束を時間をすっかり忘れていた事に気づくのだった。



 ご婦人の案内で待ち合わせの場所まで最短の距離で辿り着くことが出来た。

 とはいえ大幅に時間は過ぎてしまっている。

 一言謝らねばならないだろう。


 「ドミニク、大丈夫か」


 待ち合わせの場所に到着するやロディから心配された。


 「何の事だ何の」

 「お前の事だからどこぞで男にナンパされ、ぶち切れて大立ち回りをしているか、モノをぶっこわして弁償沙汰になってるか、心配していた所だ」

 「よし、その喧嘩買おう」


 怒りに任せて繰り出した右の拳をロディはひょいっと躱して距離を取る。


 「あっぶねぇな。頭が潰れたトマトになったらどうする」

 「その凝り固まった頭などぶっこわした方が生産的だ!」

 「お前人に心配させといてその言い草か。流石に怒るぞ」

 「ああ、やってみろ! いざと言うときはヘタれる甲斐性無しめ!」

 「おまっ、今それを言うのか!」


 ぎゃんぎゃんと言い争いをしていると、突如笑い声に遮られた。二人してその方を見やれば、ご婦人が笑っていた。目尻には涙を浮かべている。

 

 「ふふ……いや、御免なさいね。貴方達のやり取りがついおもしろくて」


 そしてまた思い出したのか必死に笑いを抑えている。


 「ドミニク、この女性は?」

 「ああ、体調を崩されていたから介抱していたのだ」

 「知り合いなのか?」

 「知らん」


 そういえばこのご婦人の事を何も知らないな。


 「お前なあ……」


 ロディは呆れた表情でおれを見る。仕方ないだろう。聞き忘れたものは。

 しばらくおれを見ていたロディだったが、気持ちを入れ換えるようにご婦人へと向き直った。


 「ともかく、色々とうちのツレがご迷惑をおかけした様で。俺はロデリックという者です。こいつは相棒のドミニク」

 「お前」


 やっぱり一発ぶん殴ってやる。

 おれの攻撃を必死で避けるロディを見てかご婦人は柔和な笑みを浮かべている。


 「ドミニクさんには随分と助けてもらったものね」


 ご婦人はどこかやんわりとした笑顔でそう断りを入れてくれる。心遣いがとても嬉しい。


 「おれはこのご婦人を送る事になったのだ。すまないがそちらを優先したい」

 「まあ、温泉宿が逃げる訳じゃあないし別にいいぞ」

 「――あら。あなた達はもしかして湯治に来たのかしら?」

 「ええ。ちと用事がてら。折角ならと思いまして」

 「泊まる場所は何処なの?」

 「ええ、まあ【竜の尻尾亭】という所です」


 ロディの言葉におれははっとした。


 「丁度良い。おれもこのご婦人をそこへ案内する所だったのだ」

 「そうなのか。んじゃ早速行くとしよう」


 こうしておれのロディはご婦人を連れて竜の尻尾亭へと向かうことになった。



 竜の尻尾亭へと到着したおれは高級感溢れる宿の面構えに圧倒されていた。

 石造りでがっしりとした建物はとても荘厳な雰囲気を放っている。

 何でも歴史的な建造物らしく、古くからこの街にあるらしい。

 ユリウスゆかりの宿でもあるらしく、湯治でも有名な所だとはロディの談だ。


 「なあ、ドミニク。ご婦人の姿が見えないがどうした」


 ロディの言葉におれはハッとした。

 周りを見渡してみても気配すら感じない。

 ううむ、我を失ってたとはいえ、いつの間に。


 「まあ良いか。あのご婦人とはまたすぐに会える気がするよ。ともあれ入ろうぜ」


 ロディはこういう所に慣れているのか、物怖じせずに進んで行く。何か釈然としない。

 兎に角、立ち止まっていても仕方ない。おれも進むとしよう。



 この宿はかなり広い。まず建物だけでも本館と分館が有るらしい。

 全てを含めて部屋数が四十もあるというのだから驚きだ。

 一つの建物は三階建てで、横にも長い砦の様な形状である。建物自体もとても大きく、最早小さな城と言っても過言ではない。


 そしてたまたま空きが出たという事で豪華な部屋に無償で泊めてもらえる事になった。おれは更に驚いた。

 これも守護竜の思し召しという事なのかもしれない。守護竜さまさまだ。

 本館の二階に座するその部屋には、馬車に付いた車輪の如く大きな円形の机と大人が二人、余裕で寝られる大きな寝台が二つ鎮座している。

 正直言うとおれとロディの場違い感が物凄い。


 「凄いな……」


 これにはロディも感嘆の声をもらす。おれも同じようなものだ。二人揃ってしばらく固まっていた。

 そうしてロディが荷物を置くや否や、抑えきれずに寝台に飛び込んだのを見ておれも後に続くことにした。

 寝台は上質な柔らかさで、人がじんわりと沈む程である。だからといって身動きがとれないかというとそうではなく、苦もなく寝返りをうてる程にはしっかりとしている。

 最早寝台に横になるというよりは、包み込まれている印象だ。

 おれとロディが笑いながらこのかた味わえない寝台のフカフカな寝心地を楽しむ。


 「うふふ、気に入ってくれたみたいで良かった」


 いつの間にか、ご婦人が寝台の上で座っていた。

 ……今のをばっちり見られてたみたいである。顔が燃えるように熱い。

 それでもしっかり酒壷を胸に抱いているのは流石である。

 中の酒はそんなにうまいのだろうか。とても気になる。

 ご婦人は嬉しそうにはにかむと手元の皿に注がれていた酒をごくりと嚥下した。思わずおれの喉もごくり、と鳴る。

 おれの目線にご婦は気づいた様だ。笑みを作ると、今しがた引っかけていた酒壺を持ち上げる。


 「良ければ一杯如何?」

 「喜んで――」

 「お断りします」

 「おい」


 ロディの素早い返事におれは二の句を告げず、恨めしく視線を向ける事しか出来なかった。

 それを見てか、ロディは盛大にため息をついておれに向き直る。


 「お前は酒を飲んだらいけませんといつになれば理解してくれるんだ……」


 全く、器量の狭い奴め。

 おれは恨みを込めてロディの足を踏もうとした。しかし奴はそれを見越してか足を横にスライドさせておれの攻撃を回避するとおれの左脇腹を指でなぞ――


 「んうッ!?」

 「げへっ!?」


 脇腹を伝うぞわりとした感覚に思わず身体を反転させてロディへ右の裏拳を叩き込んでしまった。

 ロディは威力と速度の乗ったそれをもろに浴びて壁に体を強かに打ち付けた。その後潰れた蛙の様にずるりと床へ沈んでいった。

 ……少しやり過ぎてしまったかもしれない。

 というか変な声を出してしまった。実に恥ずかしい。


 「あらあら」


 ご婦人はそれを見てくすくすと笑っていた。


 「その様子だと随分ともて余しているんじゃない? 良かったら私の運動に付き合ってくれない?」

 「運動?」

 「ふふ、軽く汗を流す気持ちいい事に付き合ってもらうだけよ。一目見たときから良いな、と思ったの」

 「喜んでお相手しよう」


 流行る気持ちを押さえて返事をした。ここまで言われて付き合わない訳にはいくまい。

 というわけでおれは彼女の稽古に付き合う事となった。

 ロディは一応寝台に寝かせておいた。まあ大丈夫だろう。たぶん。



 竜の尻尾亭はキルリスの郊外にある。

 裏手から庭に回るとまず目に映るのが霊峰と呼ばれるキルリスカヤ山だ。

 白く輝く満天の月に照され、神秘的な輝きを放っている。

 そこに佇むご婦人はとても絵になる。纏った異国風の衣服が風にはためきゆらゆらと風に揺れている。とても神秘的な光景である。

 しばしおれは彼女が庭の奥に歩いて行く姿にみとれ、入口付近で立ち止まっていた。

 しかし外で行うとは中々ダイナミックなご婦人だ。しかし月下の中ではロマンチックだがいささか開放的すぎるとおれは思う。


 「さてと。それじゃあ軽く身体を解すとしましょう」


 こく、と酒を一口嚥下して、彼女は気楽そうに呟く。そうして肩にかけていた酒壺と手に持つ盃を地面に下ろした。その直後だった。

 彼女が形を崩したと思いきや、突然おれの目の前にぬるり、と現れた。

 咄嗟に円を描く様に足をずらして体を躱す。

 その直後、何かが風を切る音が聞こえた。その場に固まっていたら彼女の腕で吹っ飛ばされていただろう。

 心臓が早鐘を打ち、身体中からどっ、と汗が噴き出す。


 「うふふ、素敵ね」


 ご婦人は嬉しそうに呟いた。

 おれと彼女の間合いはかなり離れていた。おおよそ馬の全長二頭分くらいだろうか。それを一瞬のうちにつめてきたのである。

 ここでようやくおれは勘違いしていた事に気づいた。これは運動というか、稽古だ。


 「何だかすこぶる調子が良いの。まるで昔に戻ったみたい」


 おれは先程の事件から抱いていたご婦人の、か弱くはかないイメージが崩れ去っていくのがわかった。

 正直この展開は予想だにしなかったが、これはこれで楽しめるのかもしれない。

 しかし彼女は恐ろしく強い。おれの喉が緊張でごくりと鳴った。


 「さあさあ、お楽しみはこれからよ? 遠慮なんかしないで全力でかかって来なさいな」

 「全く、末恐ろしいご婦人だ」


 何とか顔に笑みを張りつけたが冷や汗が止まらない。ご婦人の力には底が見えない。

 しかし彼女とおれの圧倒的な力の差に恐ろしさを感じるものの、そのさらに奥にワクワクしている自分もいる。

 ご婦人の言う通り、おれの全力を持って挑まなければなるまい。

 そうでなければ一瞬でやられる。


 「その大きい剣も使って良いわよ」

 「無論、そうさせてもらおう」


 月明かりの中で静かに、相対する。お互いに構えらしい構えは無く、自然体である。じりじりと間合いを詰めていく。

 おれの肌が緊張で粟立つ。

 額に汗が浮かぶのがわかる。

 途轍も無く長い時が流れたろうか。

 おれは彼女との距離をしばらく測っていたが、どうにも埒があかない。

 おれは攻める事を決意した。ご婦人が動く前におれは愛剣をしっかり握り、真っ直ぐ前へ飛ぶ。

 彼女はそれを見越していたようである。おれの拍子に合わせて、後の先で平手を叩き込もうとしている。

 しかしそれはこちらも予測済みだ。

 おれは肩から倒れるように思いきり上半身を倒して前転。攻撃を避ける。

 立ち上がると同時に軸足を回転させ、勢いを用いて剣を横薙ぎに振るう。

 体重と勢いの乗った剣の威力は凄まじい。おいそれとは弾けない筈である。

 しかし、おれの剣に手応えは無かった。慌てて剣の流れに逆らわないように体勢を立て直す。


 「ふふっ、真っ直ぐな太刀筋! 良いわ!」


 おれの間合いギリギリ外でご婦人は飄々とした佇まいの、所謂自然体で立っていた。

 おれは観念し、剣を下ろす。あれを躱されてはどうしようもない。


 「あれを避けられたら、おれの立つ瀬はない」

 「あら、でもまだ本気を出していないでしょう?」

 「あくまで稽古(・・)だからな。これ以上は命を賭けなければ」

 「そうなの……残念」


 少し寂しそうに彼女は呟いた。


 「まあ良いわ。もう少し私の稽古に付き合って」

 「ああ、宜しく頼む」

 「そうだ。付き合って貰う訳だし、面白くしましょ」


 訝しむおれに彼女は一言、提案をした。


 「私の攻撃を全て受けきったなら、一つだけ、お願いを聞いてあげる」

 「ほう、それは面白そうだ」


 こういう勝負事は大好物である。おれは二つ返事で頷いた。

 返事を聞いて彼女は破顔する。


 「ふふ。では本気で行くわね」


 そう彼女は告げると微笑みながら、更に苛烈な攻撃を始めるのだった。



 「久しぶりにすっきりした! 最高だったわよ」

 「それは良かった……」


 あれから数刻ほどたっただろうか。所々休憩を挟みつつ、ひとしきり稽古を終えてご婦人は満足した様子である。

 反面、おれはかなりの疲労を感じていた。身体中が鉛のように重い。ここまで疲れたのは幼少の頃に行われた親父様の地獄の鍛練以来だ。

 命の危機につい殺す勢いで反撃しそうになったり、正直生きた心地はしなかった。

 まあ本気の本気でやっても恐らくおれは彼女には勝てないだろう。まだまだ世の中は広い。


 「いや、しかし貴女は一体何者なのだ……」

 「ただのか弱い乙女よ?」


 いくらなんでもそれは嘘だ、とおれは思った。


 「それじゃ、約束ね。貴方の願いをひとつ叶えてあげる」


 そういえばそんな約束をしていたか。苛烈な攻撃ですっかり忘れていた。

 というか疲れ果てた頭では正直さっぱり思い浮かばない。


 「……すまないが、少し待ってもらえないだろうか。考える」

 「ふふ、そうね。じっくり考えて」


 そう告げると彼女は地面に置いていた酒壺の紐を肩にかけると、屋内へと歩き始める。


 「それじゃあ、私は温泉で汗を流してくるけど、貴方ともどう?」


 この宿は温泉も併設しているのだったか。

 彼女と温泉で汗を流すのはとても楽しみな話であったが、おれは断る事にした。色々な意味で溺れそうだ。


 「ありがたい事だが、ツレが些か心配なんでな。遠慮させてもらおう」

 「そう。それじゃ、また会いましょう」


 ご婦人と別れておれは部屋に戻る事にした。疲労感はあるが、なんとか戻れそうだ。

 ――さて、あいつはまだ寝ているだろうか。



 部屋に戻ると、ロディは目を覚ましていた。


 「お前ね。流石に俺も怒るぞ」

 「……すまん。悪かった」


 早々に悪態をつかれたが、とにかく疲れていたのでどっと寝台に倒れた。包み込むような柔らかさが、疲れた身体に眠気を誘う。


 「どした、ドミニク。何かあったか」


 心配そうにおれの顔を覗きこんでくる。


 「ご婦人に稽古をつけてもらったが、とにかく疲れた……」

 「それは……良く頑張ったな」


 ロディは驚きの眼差しでおれを見つめるが、正直今は何とも思わない。とにかく疲れていたのですぐに横になりたかった。


 「とりあえず俺は飯食いに行くが、お前はどうするよ?」

 「いや、このまま寝る……」


 そう言うのが精一杯だった。その直後、おれの意識は暗転した。



 「どうしたの? こんな夜更けに一人で」

 「貴方に渡したいものがあってね」

 「やはりそうだったの。懐かしい気配がするものね」

 「借りていた物を返す。そういう依頼だ」

 「この持主は何て言っていたの?」

 「また、共に暮らそうと」

 「……ふふ、あの人らしいわ」

 「どうだろう。受け取ってはくれんだろうか。彼のためにも」

 「ーー拒む理由もありません。受けとりましょう。それを私も望みます」



 次の日、朝日が昇る前に目が覚めた。

 起き上がろうとしたおれの身体を痛みが襲う。身体の節々がぎしぎしと軋み、じくじくとした熱を感じる。

 おれの身体は一体どうしてしまったのだ。何かの病気なのだろうか。恐ろしい。実に恐ろしい!

 おれが痛みに悶えている事を察知したのか、横で眠っていたロディが目を覚ましておれの身体を揺する。

 すると痛みは更に悪化するではないか。思わず呻き声が出てしまった。


 「ドミニク。何処か痛むのか?」

 「身体の節々を動かすと痛むのだ……。ああ、きっとおれは死んでしまうのだろう。お前と別れるのは辛いが――」

 「…………よし落ち着け。命は落とさないから安心しろ」

 「でも病気なのだろう」

 「安心しろ。ただの筋肉痛だよ」


 呆れたようなロディの言葉におれは正気に戻った。

 筋肉痛。そういえばそのようなものがあった。

 元来我々(エルフ)は他種族と比べて身体が強く、しなやかであるらしい。故におれは筋肉痛というものにほとんど縁がない。

 ……考えてみれば昔、親父様に地獄の如き訓練を受けていた時の痛みに似ている気がする。訓練が終わった直後の痛みだったので、てっきりこれも訓練なのかと思っていたが、筋肉痛というものだったのか。おれはひとつ賢くなった。


 「取り合えず温泉で温まってこいよ。少しは楽になるぞ」

 「……また竜殺しのなんちゃらが出てくるのか?」

 「ははは、かもしれないな」


 おれの言葉にロディは笑っていた。この様子なら大丈夫そうだろう。

 おれはまだかなり暗い廊下を渡り浴場へと向かう事にした。



 宿帳をつけていた従業員らしき人物に声をかけ、浴場の場所を聞く。

 従業員は何故かおれの顔を知っていた様で、作業を止めて浴場へと案内してくれた。

 この浴場はここの宿取って置きの湯らしく、その名も竜殺しの湯と言うらしい。何でも件の守護竜が大層気に入っていると言うのだ。

 ここにまで竜殺しか、と辟易したが、期待せずにはいられない。

 鍵を開けて脱衣所へと入る。幸いにして明かりが灯され、中は明るい。

 しかし鍵つきの浴場とは随分と厳重なのだなあと思う。

 この浴場は街側に面する入口から見てこの建物の最奥、山側にあるらしい。

 少し高台にあるこの建物の最上階に入口があるというのだからかなりの高さなのだろう。景色が楽しみである。

 服を脱いで脱衣所を出ると辺りには煙がたちこめ、硫黄のにおいが充満している。

 残念ながらまだ暗く、景観はわからない。

 おれは石畳を滑らないように歩いて湯船へと向かう。

 入る前に桶で湯を掬って、湯を体中に浴びるようにかけていく。早朝の風に当てられて冷えた体が温められ、とても気持ちが良い。

 ここの湯は大地に温められ、間欠した湯だまりに石を敷き詰めて整えた正真正銘の天然温泉らしい。

 かけ湯をした後、岩で囲った湯船の縁へと体を預けるようにゆっくりと横たわる。

 ーーーー良い。

 がちがちに固まって痛む身体が段々とほぐれていくようだ。身体中をじわじわと染み入る心地良さに思わず息がもれる。

 ああーーーー最高だ。

 穏やかに時間が流れていく感覚。実に素晴らしい。

 ただ、湯にたゆたう。遠くより流れる雲を眺め、天より吹く風を楽しむ。

 ……おれはしばらく何も考えない事にした。この時間を楽しむことにしよう。

 そう、思い瞼を閉じた瞬間であった。


 「ここの湯は素敵でしょう?」


 その声に我に帰って瞼を上げるとご婦人がおれの隣で湯につかっていた。

 勿論おれは大層驚いた。

 戸を動かす音も歩く音も水音もさせず、気配すら感じなかったのだ。やはり彼女はただ者ではない。

 おれの反応を見て彼女はにこりと笑う。


 「ふふふ。そう驚いて貰えると気配も消しがいがあるわ」


 笑いながら見慣れたいつもの酒壺から陶器の盃へと酒を注ぎ、すぐさま口をつけて一口。そのまま味わうようにゆっくりと酒を咽下していく。

 酒精を含んだ吐息がもれる。男十人が十人とも惚れるしぐさである。

 ご婦人は温泉に入りながらも酒を手放そうとしない。彼女の身体は酒で出来ているのだろうか?

 しかしここの風呂は混浴だというからゆっくり入れる時間を見計らって来たというのに。

 まあここまで接近されてじたばた騒ぐのも馬鹿らしい。腹を決める。何にせよ探す手間もはぶけた。


 「昨日の権利を使いたいのだが良いだろうか」

 「良いわ。聞いてあげる」

 「実はおれ達はトルキア公の竜退治の伝説と竜殺しについて調べている。もし噂でも知っていれば、聞かせてほしいのだが」

 「……別に教えるのは良いけれど、それを聞いて貴方はどうするの?」

 「別に何もない。おれの相方がそういうのに熱心でな。折角だから叶えてやりたい」


 おれの言葉を受けて彼女はおれと向き直り、真っ直ぐにおれと目線を会わせる。


 「良いでしょう、お話しします」

 「ありがたい。ご厚意痛み入る」

 「良いのよ、大したことじゃあないから」


 そう話して彼女は「少し待ってね」と一言。

 疑問に思う間もなくおれの視界を唐突に現れた何かが覆う。正確には彼女の背中から飛び出したのだ。


 「はー、良いきもち!」


 彼女の解放感あふれる表情に普段なら心臓を鷲掴みにされている頃だが、別の意味でおれは驚いて固まってしまった。


 「ふふ、驚いた?」


 おれは必死にこくこくと頷く。そりゃあ驚く。

 彼女の背中に生えているものはあまりにも無骨なもので、彼女とは正反対のものだ。

 彼女の背中に生えたもの。それは禍々しくも神秘的な輝きを持つ竜の翼であった。

 尚も固まっているおれを余所に彼女は話を続ける。


 「ここまで来たらもうおわかりでしょう? 私こそが竜退治に吟われる竜そのもの。名前はユラン。キルリスカヤの依代にしてこの街を守護する者。そしてーー」


 彼女、いや伝説に吟われた竜であるユランは見慣れた手順で手元の盃に並々と酒を注ぐ。


 「これが竜涎公ユリウスが私に殺し文句と共に用いた銘酒(・・)。その名も【竜殺し】よ。これを手にユリウスが私にプロポーズしてくれたの」


 彼女は懐かしむ様にふわりと微笑み、それから一献。

 憂いを帯びた頃とは違う、柔らかい笑みだった。

 なるほど、それが伝説の竜殺しか。まさか酒とは思うまいよ。


 「ふふ。恥ずかしいわ。当時の私はまだウブだったから、彼のプロポーズで噴火しそうになってね」

 「噴火」

 「その後にみんなでお酒を飲んだのだけれど、酔った勢いで思わずユリウスを丸呑みしちゃったりしてね。涎まみれで出てきたユリウスが本当におかしくて」

 「丸呑み」


 それで竜涎公なのか……。おれの中で伝説譚が音を立ててがらがらと崩れていく。


 「ユリウスと共に過ごした日々は楽しかったわ。どれもつい昨日の様に思い出せる」


 そう語る彼女の瞳は、どこか遠くを見ていた。

 それから幾ばくかの話を聞いた。

 竜としての力を抑え、共に人としての生活を営んだ事。

 他国からの侵略を協力して防いだ事。

 人々の生活を守る為にユリウスが立ち上がった事。

 ここを離れる事は出来ない彼女は、旅立つユリウスに出来る事として自身の竜の力を分け与えた事。

 その力を使い、隣国との戦争でユリウス率いる軍団が活躍した事。

 やがて大公まで上り詰めたユリウスが国として独立した事などとても貴重な話を聞く事が出来た。

 その話が終わる頃には朝日が顔を出し始めた。

 そして徐々に明らかになっていく景観におれは息を飲む。

 霊峰とうたわれるキルリスカヤと麓にある大森林を一望出来る風景は素晴らしい。

 空を見上げると、まっさらな碧空である。

 山の赤と森の蒼、そして空の青が生み出すコントラストは実に趣があるし観ていて飽きない。


 「この景色はいいな。何時までも眺めていたくなる」


 悠然と聳えるキルリスカヤはそこにあるだけで美しい。

 おれが見たまま、感じたままを彼女に伝えれば、ユランは何処か誇らしげに微笑んだ。



 「さあて。息抜きも出来たし、また一年間しっかり頑張らなくっちゃね」

 「何を頑張るんだ?」

 「この街を守るお仕事よ。この地の川を正して土を潤わせ、花を咲かせて実らせる。もちろん悪い虫や竜を追い払うこともね。それが私の仕事」


 そういえばロディが竜は山の主だと言ってたような気がする。

 彼女は精霊だったのか。


 「色々と良くしてくれたし、またあの人とも会うことが出来た。せめてものお返しとしてお土産にこのお酒を貰って頂戴。時には大胆になる事も必要よ」


 おれは彼女から酒壺を受けとった。

 正直何を大胆にするのかはさっぱりだが、彼女の言葉に頷いておいた。


 「それじゃあね、ドミニクさん。またこの時期になったら二人でいらっしゃい。その時はまた、遊びましょうね」


 そうして彼女は湯から立ち上がり、出口へと向かう。

 朝日に反射して飛沫がきらきらと輝いている。

 それは神話を表した絵画のようで、幻想的であった。


 「そうそう。招かれざるお客様(・・・)はしっかり追い払っておいたわ。これでゆっくりと帰れるでしょう」


 何の事か解らず、声をかけようと振り向いた時には彼女ーーキルリスカヤの竜は陽射しに溶ける様にいなくなった。



 おれは気がつけば部屋の寝台に横たわっていた。

 正直どうやって戻ってきたのか覚えていない。とにかく大層驚いた事は覚えている。


 「お、目が覚めたか。無事なようで良かった」


 ロディの声に目を開くと心配そうな顔が映る。


 「覚えてないか? 湯あたりして運ばれたんだぞ。酒壺抱えてな」


 全く記憶にない。確かに長い間風呂には入っていたが……。

 そうだ、それよりもロディにあの事を伝えねばなるまい。


 「ロディ、心して聞いてくれ」

 「なんだ?」

 「ご婦人は竜だった……」

 「ああ、知ってたよ」

 「何だと?」

 「元々探していたからな」

 「何故」

 「そりゃ、渡すものがあったからな」

 「何を」

 「宝珠だよ。宝珠」


 おれは思い返すとロディが大事そうに持っていた光る石を思い出した。


 「もしかして覚えてないのか……。あれこそ竜の凄まじい力の源だ。大公から返すように頼まれたろうに」


 大公……? 最後に仕事を受け持ったあの貴族なら覚えているが。


 「あの貴族はユリウスの直系でな」

 「待て。もしや」

 「そうだ。現トルキア大公だ」


 あの幸の薄そうな顔をした貴族が大公だと。

 そういえば、そんな事を、言っていた、ような……思い出せない。


 「……見つけた宝珠をこのトルキアの何処かにいる持ち主に返してくださいと。それが我ら一族の、ひいては開祖の願いなのです、って仰ってたろうに」

 「すまん。聞いてなかった」

 「お前……まさか俺達がそれを快く思わない連中からの襲撃されるかもしれんって話も?」

 「あのキョロキョロしてた事か? てっきりお前の事だから好奇心旺盛に楽しんでるもんだと」

 「……そうか。まあ無事に完遂できた事だしな、いいか」


 ロディはがっくりと項垂れてしまった。


 「疲れてるのかロディ。そういう時にこそ、ここの風呂はいいぞ。疲れも取れる」

 「そうさせてもらおう……」


 その言葉を残して諦めたようにロディは風呂場へ歩いていった。

 折角の温泉で疲れていては元も子もない。リフレッシュ出来れば良いのだが。

 ……さて、やつが戻るまでどうしたものか。

 考えること少し、そういえば先ほど貰った酒は何処にいったのだろう。

 ロディ曰くおれが抱えてたらしいがさっぱり覚えてない。

 この宿の人々が持っていくとも思えんし、おそらくロディが隠したのだろう。

 おれは酒壷を探し始めた。

 飲むな飲むなと言われれば呑みたくなるのが人情というものだ。

 そもそもおれが貰ったのだ。おれが飲んで良い筈だろうに。

 おれはロディが隠しそうな所をくまなく探し、ついに目当てのものを見つけた。

 それはとても甘い良い薫りのする酒であった。例えるならば萌ゆる若葉だろうか。とてもわくわくする。

 竜殺しと名のつくものなのだから、竜も蕩けるほどの味なんだろうか。

 さぞや美味なのだろうな。

 おれはロディにバレないよう一口頂戴する事にした。

 なあに、もとに戻しておけばバレない。

 酒と女と戦いは戦士の嗜みだ。飲まずに戦士を名乗れるか。

 おれは壺の栓を開けて、中身を一口含む。

 するとなんということか。甘美な味わいと強烈な香りが身体中に広がる。

 おお、これはまるで翼が生えたような解放感。

 目を閉じれば無限に続く花畑が見える。

 赤や青が咲き乱れ花弁が舞い踊る様は圧巻だ。

 これは凄いぞ相棒。これこそお前が探し求める理想郷なのかもしれない。

 おれは熱に浮かされたような高揚感と爽快感とを同時に感じて地平の向こうへと飛び立った。



 俺の名はロデリック。周りからはロディと呼ばれている。

 依頼主に敵対する勢力に襲われることなく、今回の依頼も完遂し、疲れを癒した矢先である。

 俺は今、最大の危機に直面していた。

 その危機は、この相棒に起因する。


 「ロディ。なあロデリックーお前はどうしてそんなに素っ気ないんだ。おれがこんなに想っているのにどうして……」


 俺がひとっ風呂と洒落こんでいる間に相棒であるドミニクが酒を飲んでしまったのだ。

 こいつは戦士という概念にがっちりとらわれている為に食事と酒と女に弱い。

 まあドミニクが普通のエルフ、もしくは普通の戦士だったならば俺もここまで強くは言わない。

 しかし俺がこいつに酒を飲ませたくない理由が2つある。

 ひとつ、酒に弱いこいつが潰れて身動きが全くとれなくなる事。

 現状、俺達は各地を渡り歩く自由業の為、何かがあった時に咄嗟に対応できなくなるのが怖いのだ。

 ふたつ、俺の命が危ない事。

 こいつは酒を飲むと恐ろしい程にデレデレになる。

 羞恥心か理性が無くなるのか良くわからんが、この場合のドミニクは恐ろしい迄に危険だ。

 小柄で細身の姿からは想像できない膂力と冴えた技能の数々で甘えながらも俺を殺しにかかってくる。

 さしずめ、猛獣にじゃれつかれる非力な人間の気持ちである。

 まあ、百歩譲ってこいつが暴れても、俺がひどくダメージを受けて疲れるくらいで何とか出来ないことはない。

 だが、問題はそれだけに留まらない。

 その原因はこいつが異性であるという事につきる。

 俺とドミニクはそれぞれ目的があって二人旅をしているが、実はそれを快く思わない者がいる。

 その人物とはドミニクの親父殿(育ての親)だ。

 俺の恩人でもある親父殿はドミニクを娘として溺愛している。

 俺は紆余曲折あってドミニクの保護者としてこいつを託された訳である。

 親父殿からの言葉をおれは今もしっかり覚えている。


 『くれぐれもドミニクを頼む。無論、お前なら大丈夫だろうがーーーー判っているな?』


 俺はその時、人は握力で両肩を砕く事が出来る事を知った。

 激痛と共に肩がミシミシという音を立て、形を変えていく恐怖を俺は忘れないだろう。

 人はこれを脅迫という。

 故に俺はこいつを守る義務があるし、断じてそういう目で見てはいけないのだ。

 まあドミニクが閨に行っている事は墓に持っていく。異性不純交遊はしていない事は一応確認しているから大丈夫だろう。きっと。

 何より保護者としてそういう事になるのは断じて許さん。

 話がそれた。

 ともあれ依頼も無事に終わり、湯治も兼ねてゆっくり出来た。

 あとはまた、気の向くままにぶらりと旅に出るのも悪くない。

 何だかんだこいつといるのも飽きないし、これからも色々と楽しめるだろう。


 「ろでぃー。 お前はどーしてそんなんなのだ。すこしはおれの気持ちも考えてーー」


 よくわからない事を言い始め、ドミニクが俺の背中に抱きついた。

 背中に柔らかい何かが当たる感触と共にゴキゴキと骨が軋む音がする。気が遠くなりそうだ。

 ……まあ、まずはこの酔っ払いを寝かしつける事から始めるとしよう。

バディものが書きたかったのであります。

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