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盲目の違法渡航者  作者: 雪村縁
1章 「人間」の世界
7/7

1-5

前回更新10日前……早速前言撤回してしまいました。

とても長くなる予感がするので短めで区切りました。

 子どもは膝を震わせながらも、晴とシオンを睨みつけていた。


「その出血で起き上がれるとは、大した生命力ですね。そういった種族なのでしょうか」


 シオンは感心しながら、引きずっていた男から手を離した。男は結構な勢いで後頭部から地面に激突したが、起きる気配はなかった。


「角と翼と、この生命力。おそらく竜人じゃないかな」


 竜は多くの世界で空想上の生物として描かれる。額に角、全身に堅牢な鱗、高い自己治癒力、巨大な胴体に、さらに大きな翼を持って空を支配し、牙は岩をも砕き、口からは灼熱の炎を吐き出す。

 しかし晴の知っているだけでも2つほど、実際に竜が生活している世界がある。空想話は若干誇張されている部分があれど、概ね語られる通りの生物である。そんな生物の特徴を一部、人間の体に宿したような種族であるのが、竜人と呼ばれる所以だった。

 シオンは晴の言葉に「なるほど」と返すと、踵を鳴らして姿勢を正した。


「報告いたします。銃を持った集団は見た目30代から40代の男8人。皆魔力を持っていませんでした。人除けの影響下で迷っていましたので、全て気絶させて回収し、7人は森の外へ、リーダーらしき男はこちらに連れてきております。顔も姿も見せておりません」

「ご苦労様。流石シオンだね」

「いえ。いかがいたしますか? この場で起こして話を聞きましょうか」

「いいや、家に戻ってからの方がいいよ。目が覚めた時、冷たい森の地面と温かいベッドの上とでは心証も変わる」

「かしこまりました」


 晴は依然としてくつろいだまま、口だけを動かしていた。

 シオンが子どもの方を一瞥する。子どもは尻もちをついた体勢のまま、じりじりと後退していた。

 回復魔法の青い光は、微弱ながらも子どもの腹部に纏わりついたままだった。アカリはそれを見つめるような姿勢で、ピクリとも動いていなかった。


「治療が終わるまで、押さえておいた方がよさそうですね」


 シオンはそう言いながら、手を動かしもせずに魔力を放った。

 それは薄紫の光のようで、一瞬にして子どものもとにたどり着く。そして全身を覆う透明な壁となって、子どもを地面に押さえつけた。体に障らないよう、比較的緩やかな挙動だった。

 障壁魔法。魔力を壁として現象化し、特定のものを遮る魔法である。

 クローディアとの戦闘でアカリの使った魔力の防壁もこの魔法で、指定範囲の外側と内側を定義して、侵入するもの全てを遮断していた。一方シオンは、子どもの肉体のみを指定して遮断し、全身に沿って覆うように形成することで、これを拘束手段に変えていた。指定する物質や範囲が細分化されるほど、術者の事象演算能力が問われるが、この魔法はシオンの最も得意とするものの一つだった。晴に渡した、紫外線のみを遮断する魔法具も、この魔法に卓越したシオンだからこその一品と言えるものだった。


「……ぁ……を……」


 子どもは押さえつけられて、何か言おうとしていた。

 しかし晴の耳にもシオンの耳にも、子どもの声は何を言っているのか聞き取れなかった。どんな言語を使っているのかという以前に、ひどく掠れたその声は、単語としてすら意味を成していなかった。

 シオンは子どもの顔が見える位置まで近づくと、優しく話しかけた。


「我々はあなたの敵ではありません。今、あなたの傷の治療をしています。暴れられると差し支えますので、少しの間そのまま我慢してください。言葉がわかりますか? わかるなら首を縦に振ってください」


 子どもは鋭い目つきで睨んでいたが、少し間をおいて、こくりと頷いた。

 シオンも微笑んで頷くと、晴に向き直って言った。


「言語は同じもので伝わるようです。何か質問されますか?」

「いや、その子も戻ってからにしよう。まずはお風呂と、温かいご飯だよ。僕もそろそろお腹が空いてきたし」


 シオンははっとして空を見上げた。

 この森の木々は間隔も狭く、鬱蒼と葉を茂らせていた。日光は遮られて僅かしか届かず、常に薄暗い空間が広がっていた。ほんの小さな隙間から除く空は、既に暗くなり始めていた。晴には関係のないことだったが、シオンは太陽の位置と共に時間の感覚も少しばかり見失っていたようだった。


「申し訳ありません。森の中は日が差さないので失念しておりましたが、そろそろ夕食時になるようです。向こうの時間では何時に発たれたのですか?」

「15時20分くらいかな」

「なるほど、こちらの時間とほぼ同じですね。戻ったらすぐにご用意しましょう」

「よろしくね」


 時空を隔てた世界には時差が存在することが多い。しかしこの世界は、ほぼ同時刻かつ同じ早さで時間が流れている。それは、晴がこの世界を渡航先に選んだ理由の一つだった。もちろん最大の理由は、この家があることと、近くシオンが管理の為に訪れるのがわかっていたことである。


(ああ、他にも色々と、シオンに話さないといけないことはあるけれど……)


「ふわぁ……」


 晴の眠気は収まるどころか、思わず欠伸を漏らしてしまうほどになっていた。晴は自分の口が開いていることに気づくと、咄嗟に右手を使って口を隠した。

 それを見たシオンは視線をそらし、同じように口を隠す。手のひらで隠しきれない端から緩んだ口元が覗いていた。

 声はなかったが、余計に視線に敏感になった晴は、見られているのを察していた。

 またしても羞恥に顔が熱くなりかけたところを、眠たそうな声が遮った。


「ふう、終わったよ、晴」

「ああ、お疲れ様、アカリ」


 クローディアから吸った魔力を全て使い切ったアカリは、ゆったりとした足取りで晴の元へと戻って来た。晴の左手が血でべっとりと汚れているのを見て、何も言わず魔法の水球を出現させた。晴は温度のない液体が左手に触れたのを感じて、手を振ってゆすいだ後、右手も加えて軽く擦るように洗った。


「どうだった?」


 晴が聞くと、アカリは晴の革靴にぽんと前足を置いた。とりあえず死ぬことはなさそうだ、ということだろう。

 実際、子どもの腹部にあった傷は、僅かな痕を残すばかりで概ね塞がっていた。手足の銃創も、傷は残っているけれど、出血は完全に止まっていた。


「それはよかった。アカリのおかげだね」

「感謝だけじゃ足りないね。ボクの晩御飯はイーズリーのキャットフードにして。缶じゃなくて袋に入ってるやつ」

「あるかなあ? シオン、どう?」

「もちろん、ありますよ」

「やった、さっすがシオン。猫の気持ちをよくわかってる」

「偶然ですよ。ちょうどご期待に添えたようで何よりです」


 晴もシオンの用意の良さには流石の一言しか浮かばない。

 イーズリーと言えば、時空管理局の認可を得て複数の世界に展開しているペットフード専門の会社で、品質の高さのわりに値段がお手頃なこともあって絶大な人気を誇っている。晴とアカリが来ることを予想して用意しておくこと自体は難しいことではないけれど、イーズリー社のキャットフードというだけでも20種類以上存在しているはずだ。


(シオンのことだから、全種類あるんだろうなあ)


 晴はそう思いつつ、口には出さずにただ感心を表情に浮かべた。

 そしてふと胡坐を解いてすっと立ち上がると、右手の甲をシオンに向けて見せた。その手首に光る、アカリと繋がる強固な鎖の形をしていた魔力は、いつの間にかいつものか細い糸に戻っていた。


「汚れてない?」

「はい、少しも」

「そっか」


 晴の指には、変わらず一片の曇りもない小さな青の指輪が嵌まっている。細いプラチナの感触は、晴にとってひどく鮮明だ。

 細心の注意を払っていたつもりではあったけれど、シオンの言葉を聞いてようやく晴は心から安心していた。

 もっとも、サファイアと純プラチナ製のリングは、多少汚れたところできちんと手入れすれば元の輝きを取り戻す。指輪を血で汚したくない、というのは晴の気分の問題だった。

 一番の不安は解消したけれど、晴にはもう一つ確認しておかなければならないことがあった。


「シオン、その男ってどんな格好をしてる?」


 その質問は想定済みだったのか、シオンはつらつらと説明した。


「ニット帽に、ポケットの多い厚手のジャケットとズボン、ゴム製の長靴。全て森に紛れる迷彩色に統一されています。武器は猟銃の形に近い散弾銃。弾も確認したところ、12粒入っているものでした。銃は危険ですので処分してあります。他にはポケットにナイフと煙幕弾、閃光弾もありました。こちらはそのままにしています」


 簡潔ながらも、晴の知りたい情報は全て含まれていた。ポケット内の武器を残した判断も完璧だった。これなら直接触れて確認する必要もないだろう。

 晴は男の装備を頭の中で並べて、呟いた。


「猟師にしては物騒だね。始めから対人を想定してるみたいだ」

「この男を中心に他の7人も統率が取れていたようですので、過去に何らかの訓練を受けた者の可能性はあります」

「たぶん警察か軍だろうね」

「団体犯罪ということでしょうか」

「いいや、きっとこれが正しく公務なんだよ」


 晴はシオンが疑問符を浮かべるのがわかったけれど、聞かれる前に話を切った。


「さて、戻ろうか。シオン、悪いけど二人はお願いするよ」


 腕力のない晴には、気絶している男といつ逃げ出すかわからない子どもを運ぶ力はない。アカリなら魔法を使えば運べるだろうけれど、流石に魔法の使いすぎだろう。

 しかしシオンにとって、このお願いは造作もないことだった。

 見た目にはただの細腕の女性にしか見えないが、シオンは障壁魔法と並んで身体強化魔法を得意としている。大人の男をここまで持ってこられたのも、魔法で腕力を強化したからだろう。しかしその出力よりも、持続性にこそシオンの凄さがある。1人や2人を軽々と片手に持てる程度になら、24時間ずっと強化していられるのだ。

 シオンは左手に男を抱え、右手の上に子どもを、籠状に広げた障壁魔法ごと乗せた。魔力の見えない者には、シオンの右手の少し上に膝を抱えて丸まった子どもが浮いているように見えることだろう。晴には見えないながらも、魔力の雰囲気から、それが子どもを運ぶための物だとわかった。


「器用なものだね」


 晴がそう褒めると、シオンは「これくらいが取り柄ですから」と笑って、家へと戻る道を歩き出した。


(自己評価が低いんだよね、シオンは)


 他人にできないことができるのだからもっと自信を持ってもいいだろうに、と思いながら、晴は右手からアカリに繋がる魔力の糸に、左手でちょんと触れた。アカリはそれを合図に、シオンに続いて歩き始めた。


「アカリ、お風呂の前にブラッシングをするからね」

「5分間だからね」

「わかってるよ」


 再三の催促に、晴は少しうんざりして、投げやりな返答になった。

 アカリの歩く速さが少し上がり、右手が引っ張られた。躓くほどではないけれど、だいぶ歩幅を大きくしないとついていけなかった。


「ごめん、ごめん。ちゃんと丁寧にするから」

「別に怒ってない。眠くて加減を間違ったんだ」


 晴が謝ると、アカリはそんなことを言って歩調を戻した。


「絶対わざとだ」

「わざとじゃない」

「嘘だね」

「嘘じゃない」


 晴とアカリは、いかにも子どもらしく言い合いながら帰途についた。

 シオンの右手の上で、縦長の瞳が二つ、不思議そうにそのやり取りを見ていた。

次話でようやく本題に入れそうです。

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