編集担当と書いて『メインヒロイン』と読む?
アル・ハーベットさんが忌々しげに、ポスターに向けてペンを投げつけた。
スコッ! とメガネ少年の眉間にペンが突き刺さる。
「ひぇ!?」
「ちなみに、そのポスターは仇敵の『聖者出版社クリスタニア・ナイツ』の超人気作品でね。売れなくなる呪詛を仕掛けてやろうと盗んできたんだが……、対抗魔術がかけられていてダメだったんだよ。忌々しい」
ちっと舌打ちをするダークエルフの編集長。
「なんだか、いろいろあるんですね……」
「ちなみに、その『賢者ウィッキミルン』の作者も『召喚作家』らしいよ」
「え!? 僕と……同じ?」
「そうさ。一年前、連中は魔法を開発してね。特殊な力を持つ『書き手』を、クリエイター・ワールドと呼ばれるお前さん達の世界から、スカウト……召喚することに成功したんだよ」
「は、ははぁ……」
なんとなく事情が飲み込めてきた。
ライバルの出版社『聖者出版社クリスタニア・ナイツ』の召喚した『書き手』、名前は「タマリ・マクル」。
その人気作家の本に対抗するために僕を召喚した、というわけか。
でも……。
「そもそもなんで僕なんですか? 『小説家になるお!』には無数に書き手もいるし、ブクマが5桁、6桁のトップランカーから、殿堂入りでプロになった「書き手」もいるはずじゃ?」
「……わかってないねぇ、ラノベ脳少年ワタル。必要なのは『書き手』としての力量だけじゃぁない」
「……え?」
「存在の力さ。その世界に満足し、成功に執着する人間はここに召喚できない。でもワタル。君は……違った」
ごくり、と喉を鳴らす。
「それって……」
「闇の底で光を求め足掻く亡者は、蜘蛛の糸でも掴むんだろう? なら、足掻いて這い上がってお見せよ。無念、絶望、妬み……。全ての感情を上に向けてよじ登るんだよ! 空へ……高みへ」
魔女は窓の外の青空を指差した。白い鳥が舞い上がり、風に花弁が運ばれて行く。
「なんだか……解った気がします」
「ま、難しい話はあとさ。そろそろ、担当が来る頃……」
と、ドタバタと走ってくる音が聞こえてきた。
バァン! と木のドアが勢い良く開き、ピンク髪の少女が駆け込んできた。
「アル! 性交……じゃなかった、成功したのか召喚に!?」
「あぁ、したとも」
「マジか! すげぇ! その子なのか!?」
キラッキラの笑顔を僕に向ける。眩しい。
「ど、ども」
するとズドド! と駆け寄ってきてガッシ! と僕の手を握る。手がめっちゃ湿ってて温かいし、やわらかい。爽やかな柑橘のような香りが鼻をくすぐる。
「オッス! オレがお前の編集担当のリムル!」
「た、担当?」
「そ! 編集担当と書いて、メインヒロインと読む!」
「読まないと思いますけど!? 僕は……ワタル」
「ワタル? いい名前だね! これからはオレがお前の編集担当だ、よろしくっ!」
「え、えぇ……?」
なんというか、元気なおてんばギャルという感じだった。ぶんぶんと握ったままの手を上下する。
卵型の輪郭にぱっちりとした瞳は綺麗なブルー。すこし目尻が下がっていて可愛らしい。髪はセミロングでピンク色。両サイドで尻尾のように小さく結んでいる。
特徴的なのは、黒い悪魔みたいな尻尾があることだ。感情を示すのか、『!?』とか『ハート』の形になったりする。何てビジュアル重視なんだろうと感心する。
服装はアイドルが身に付けるヒラヒラの青い服装風で、ミニスカートに白いニーハイソックス。
それはそうと………胸が見当たらない。
「アル! この子いま、オレの胸を見て劣情を!」
「ななな!? 見てません」
断じて劣情など抱いていない。僕の妹よりもぺったんこな胸のくせに。
「言っておくがワタル。その娘……リムルはサキュバス族だから。『あっちで仮眠しよう』とか『医者の資格がある』ってのは全部誘い文句だから気をつけてな。精を抜かれて作家としてダメになるよ」
編集長がため息をつく。
「サキュバス……!? 淫魔?! これが!?」
お色気要素が見当たらないんですけど。
「そうだワタル! オレがメインヒロインとしてまず身体検査してやんよ? 異世界からの召喚で疲れたんだろ? 二時間休憩、あっちで仮眠しよう。な? 医者の資格があるから大丈夫だって、痛くしないから!」
ぐいっぐいっと僕の手を引っ張るリムル。
部屋の向こうには扉がもう一つあり、『仮眠室』という文字とハートマークが描かれている。
「ちょちょっ!?」
言った側からこれか!? これはダメだ、ダメなやつだっ!
<つづく>