『賢者ウィッキミルンの優雅な日常』は第3巻発売中、らしい
「さて、大して中身の無い回想シーンは終わったかな?」
「うあぁぁ! 中身の無い回想で悪かったですね!?」
僕がこの異世界に召喚されるに至る、辛い「過去編」の経緯はあっさりスルー。それはさておき、まずは確かめなきゃならないことがある。
「あの、ちなみに……戻れるんですかね、僕」
異世界でこのまま暮らすとなると妹や両親が心配する。出来れば夕飯までには帰りたいのだけれど……。
「元の世界にかい? あぁ、それなら2時間もすれば勝手に戻るから、気楽にしてな」
「マジッすか……」
軽い……。設定がライトだ。
「だけどね。この魔法円でスカウトされて『契約作家』となった以上、向こう側で『契約の印』に触れなくても、こっちから任意に呼び出せるから便利だよ」
「便利ってか、意外とエグいですね!?」
「逃げようったってそうはいかないよ、ウヒヒ……。ライトノベルを書いてもらうまではね」
「は、はぁ……」
いかにも「魔女」といった悪っぽい顔をして僕を指差す編集長。
改めて眺めると、ダークエルフというだけあって肌は浅黒く耳はすっと長い。背は……僕よりも頭一つ分も高くて、胸が大きくて、スラリとした美形のお姉さんだ。
歳は一体いくつだろう? ものすごく長寿命と聞いたことがあるけれど、290歳とかだと嫌だなぁ。
それと『契約の印』とはおそらく、パソコン画面に表示された「受賞しました」のメッセージだ。クリックして異世界召喚なんて、酷いフィッシング詐欺にあった気分だ。
「さて。いろいろと契約内容を説明しなきゃねぇ」
編集長、アル・ハーヴェットさんは、黒髪を耳にかきあげる。すまし顔で僕を見下ろすと、パチンと指を打ち鳴らした。
すると部屋の窓がパカッパカと開き、眩しい光が差し込んできた。
「うっ……!?」
目はすぐに慣れた。窓から見えたのは青空と、見慣れない街の風景だった。
古い中世ヨーロッパ、南フランスの田舎町のような風景で、レンガの家に赤い焼がわらの屋根が可愛らしい景観を作っている。
思わず窓に駆け寄って外を眺めて歓声を上げる。
「すっごいファンタジー感!」
石畳の街角をのんびりと歩く人々が見えた。道行く人は金髪に青い瞳、あるいは栗毛やプラチナブロンドの髪の人間だ。それに交じり、ファンタジーではお馴染みのエルフっぽい女の子や、トカゲ頭の兵士のような格好をした亜人間、獣耳を生やした人とか……実に多彩でいい具合のファンタジー風景が広がっていた。
「気に入ったかい? ここは、リームの国の王都、ロンドリアだよ」
「はい! 骨太ハイファンタジーの香りがしますね! なんていうか、設定が細部までしっかり行き届いている描写というか!」
「……ラノベ脳少年は普段からそうなのかい? 学校でイジメられてないかい?」
急に眉を曲げ、僕を心配そうに見つめるダークエルフの編集長。
「親戚の姉さんみたいに心配しないでください! べ、別にイジメめらてませんから!?」
「そうかい? よっぽど闇を抱えてなきゃ、召喚になんて引っかからないからてっきり……。でも、ここでは大歓迎だからね! ゆっくりしておいきなさい」
「あぁぁ!? もうっ!」
明るい笑顔が逆に辛い。
「まぁ、こっちに座りなさいな」
編集長は近くにあったソファにどさりと腰を下ろすと、気だるそうに身体を預けた。
部屋の中を見回すと、汚い机が5つに革張りのソファに応接セットがある。
僕も対面のソファに座る。
それに壁一面の本棚には、書類や様々な背表紙の本が並んでいる。出版された本や資料だろうか。やはり「編集部」という雰囲気がする。
反対の壁には見慣れない文字で書かれたポスターが数枚貼られている。可愛いイラストが描かれているけれど、何かの小説の紹介だろうか?
書かれている文字はアルファベットを崩したような、カタカナのような不思議なものだ。
「あ、あれ? なんで……読めるの?」
何故か読めた。
見たこともない文字なのに、理解できる。ポスターに書かれていたのは、やっぱり小説の紹介だった。
『賢者ウィッキミルンの優雅な日常 ~砂漠の国編~
大好評、3巻発売開始! 著者:タマリ・マクル』
「えぇ!? なにコレ……読めるじゃん?」
ポスターには、メガネをかけた日本人っぽい風貌の「黒髪の少年魔法使い」が、仲間たちとともに砂漠の向こうの敵――鉄巨人とそれを操る黒い影たちに立ち向かうような構図のイラストが描かれていた。
っていうか……。どこかで見たようなタイトルだ。
『小説家になるお!』には沢山の小説が投稿されていた。その中で確か見たような……。人気作やランカーではなくて……中堅どころの、微妙な作者の作品で、似たようなタイトルを見た気がする。
「驚くことはないさ、ラノベ脳少年ワタル。お察しのとおり、魔法円を通過した時、お前さんはこっちの世界の言語や文字を自動的に翻訳する力を得た。言わば常駐能力さ」
「すごい! 異世界で苦労する『帰還不能』と『言語の壁』をあっさりクリアだなんて……!」
「凄いもんだろう? こう見えても私はね、元魔王軍の最高幹部、魔王ディガルドヴァザード……げッほげほ。……おっといけない。この名前を言っちゃいけないんだった。兎に角、魔法にかけては自信があるからねぇ」
無理やり、余裕の微笑みを浮かべるアル・ハーヴェットさん。
俄然興味が湧いてきた。元の世界に戻れるのなら、この世界を存分に楽しみたい。
「今、元魔王軍って……。もしかして以前世界を相手に戦ったとか?」
「まぁ遠い昔のことさね。武勇伝でも聞かせてやりたいが……。今は、出版社を隠れ蓑にし、憎き仇敵、『聖者出版社クリスタニア・ナイツ』と戦っているってわけさ」
「出版社……クリスタニア・ナイツ?」
<つづく>