受賞! 暗黒魔王出版社新人賞
「君は『受賞』した。暗黒魔王出版へようこそ」
「なんの賞ですかこれぇッ!?」
僕は魔法円の真ん中で叫んだ。
ぶすぷすと身体からは煙が立ち昇り、その場にぺたんと尻餅をつく。
木の床に描かれているのは五芒星と円。周囲にはルーン文字らしき謎記号。いわゆる「魔法円」と呼ばれる幾何学模様が、パリパリという電光を伴って青白い光を放っている。
魔法円の中心で腰を抜かしたのは、突然の『受賞』の告知を受けた僕――波間ワタルだ。
部屋のパソコンに表示された『受賞のお知らす』という、日本語さえ怪しいメッセージをついワンクリック。
途端にまばゆい光に包まれて、ここにいた。
以上、説明終わり。
「フィッシング魔法円成功……って、コホン。新人賞受賞おめでとう。我が暗黒魔王出版社は、君を歓迎する!」
「怪しすぎる!?」
察しのいい僕は理解する。どうやら異世界に『召喚』されてしまったらしい事に。
何故かって、目の前でふんぞり返って僕を見下ろしている美女は、どうみても「ダークエルフ」なのだから。
妖艶で美しい顔に、褐色の肌。すっと切れ長の目に瞳は赤い月のよう。何よりも特徴的な耳は先端がしゅっと尖っている。
ファンタジー小説やゲームでお馴染み、ダークエルフの美人さんが目の前に居るのだ。
服装は血のような色合いのロングドレス。襟や袖、肩にフワフワの飾りがついていて、グラマラスな大人の女性特有の身体のラインがよく分かる。
それに――とても綺麗に手入れが行き届いた、黒髪。
「艶やかな黒髪が『メロンを2つ並べたような』大きな胸の上で、さらさらと流れ……ハッ!?」
しまった! と、慌てて口を押さえる。つい比喩を口走っていた。小説を書く上でこういう事はよくあるけれど、実生活では注意しないとダメな癖だ。
「早速の解説ご苦労。実にエロ思春期少年らしい素晴らしい比喩表現力に敬意を表す。なかなかの上玉、もとい。書き手と見た」
ダークエルフのお姉さんがジュルリ、と舌なめずりをする。赤い瞳が獲物を見つけた肉食獣のようで怖い。僕は尻餅をついたまま少し後ずさる。
「すっ、すみませんつい! ラノベ脳なもので」
「寧ろ良いのだラノベ脳少年。とりあえず聞こう。……君の名は?」
「検索エンジンに引っかかることを期待してるんですね? 僕の名は、波間ワタル」
「物分りが良いなラノベ脳少年波間ワタルくん。ちなみに君は今、大魔法使いにして魔王出版の美人セクシー編集長たる私――アル・ハーヴェットが召喚した」
「召喚!? マジで? すごい!」
本物のダークエルフの魔法使い(しかもセクシー美女)に召喚されたらしい。初体験の出来事は小説のネタになりそうだ。
「随分と理解が良いな。流石はラノベ脳。ならばもう理解しているとは思うが、君の身も心も、今から私の所有物ということになる。この意味が……わかるかな?」
ダークエルフが「いかにも」な邪笑を浮かべている。
「……貴女が、僕のマスターか」
そう言って欲しいのだろうと察しがつく。
「良いなその響きゾクゾクする。今後は『編集長』と書いてマスター。『召喚作家』である君をサーヴァントと呼ぶことにしよう」
「は、はぁ……編集長?」
どうやら目の前のダークエルフのお姉さんは『編集長』らしい。
確かに10メートル四方ほどある部屋を見回すと、魔女の部屋という雰囲気じゃない。窓は雨戸が閉ざされていて暗い。部屋の中には蝋燭が灯されて、魔法円を妖しく揺れる炎が囲んでいる。
蝋燭の向こう側には、レトロ感のある事務机や革張りソファーに応接セット。それに「返品」と書かれた紙の貼り付けられた本や、分厚い紙の束がそこかしこに山となって積まれている。
異世界の魔女の部屋というよりは、どう見ても『編集部』そのものだ。
「さて、本題に入ろう。ラノベ脳エロ思春期少年波間ワタル」
魔女編集長さんは表情を引き締めると歩み寄り、セクシーな腰に左手を添えて、右手で僕の鼻先をつく。
ふわ、と甘くていい匂いがする。
「サーヴァント呼びは何処へ!? あと枕詞みたいにラノベ脳とか付けないでください」
「では、思春期エロ少年波間ワタル」
「エロ少年も名字も要りません」
「……ワタル。早速だが君には書いてもらいたい」
「な、何をですか?」
「この王国の未来を担う青少年の健全な育成! それを阻害し子孫繁栄を躊躇わせるような……編集長の私が読んでこっ恥ずかしくなるようなライトノベルを!」
「編集長がラノベを恥ずかしいとか言わないでくださいね!?」
そう。
確かに僕は「小説」を書いている。
いわゆる「ライトノベル」というジャンルの小説を。
せっせと書いては、『小説家になるお!』という小説投稿サイトに投稿している。
それが僕の趣味であり密かな生きがい、愉しみだったから。
だからこそ僕はこんな罠に引っかかった。
異世界召喚という「受賞しました」メッセージ詐欺に。
そもそも『暗黒魔王出版社』の新人賞に応募した覚えなんて無かったけれど……クリックせずにはいられなかった。
不人気作品しか書けない、底辺作家――それが僕だから。
現実は厳しかった。
投稿した小説は底評価に低アクセス。
ブックマークは二桁にさえ届かない。
いつしか、作家になりたいという夢は、希望と共に投稿サイトの奈落の底、深い「闇」へと沈んでいった。
なんで、どうして……?
そんな深い闇を抱えていたからこそ、ダークエルフに召喚されたのだろう。
とりあえず、僕の身に何が起こったのか。
状況を整理するために、時間を10分ほど遡ろうと思う。
◆
<つづく>