魔人の提案
商人の話し方的に若く感じる方もいるかもしれませんが、彼はゲントより少し若いおっさんです。やせ形おっさんです。
「ちょっと待ってくれ。別に報酬なんかは望んでない。俺はグリモアまでの道を知らないし足もない、だからあんたの馬車に乗せてもらおうと考えたんだ」
「護衛の報酬がいらないのですか?それなら買い取った魔剣もあるし儲けは十二分か。分かりました、護衛をお願いします」
なんだ、結局雇うんじゃないか。
「いつ出発する?」
「明日の朝一に出発します。いくら魔物の危険がないとはいえ夜に出発するのは馬鹿のすることですから」
「ここに集合でいいか?」
「それで大丈夫です。護衛の件よろしくお願いしますね」
「あぁ、俺の名前はシンだ」
「これは失礼しました。私はクレイヴと申します」
「よろしくなクレイヴ」
さて食料問題と足は解決した、あとは寝床だ。今日はどこで寝ようか、野宿ならお手の物だぞ。数ヵ月森の中を歩いたからな。
「お話は終わりましたか?」
「ん?すまない長いこと話し込んでしまったな。明日の朝この村を発つことになった」
「もう行ってしまわれるんですか?寂しくなりますね」
彼女ともこれでお別れか、短い間だったがずいぶん世話になった。トランの実以外に何かしてやれることはないか?・・・辺境都市まで一緒に行くか?2人だけでは村で暮らしていくのは厳しいものがあるだろう。提案だけでもしてみるか。
「どうだろう、アイリスも一緒に来ないか?」
「えっと、お誘いは嬉しいのですが村にアンナを残していくわけには・・・」
「いや、アンナも一緒に来てもらおうと思ってる。都市なら何か仕事が見つかるはずだ」
「でも私みたいな子供を雇ってくれる人はいるでしょうか」
「仕事が見つかるまで俺が面倒を見てもいい。今は金はあるしな」
「なんでそこまで良くしてくれるんですか?」
「アイリスがいなければ未だに森を彷徨っていたかもしれないし、いろんなことを教えてもらった。恩を返し切れていないんだよ」
ここまで捲し立てるように話したが、決めるのは彼女だ。この村に思い入れもあるだろう。あくまでも彼女の気持ちが優先だ。恩返しなど俺の自己満足に過ぎないしな。
「少し・・・考えさせてください。アンナとも相談したいです」
「私はお姉ちゃんと一緒がいい」
「私もよ。だからちゃんと話し合いましょう」
「明日の朝、家まで迎えに行く」
「わかりました」
2人はもう家に帰るようだ。さて
「話は聞いていたなクレイヴ」
「当たり前ですよ。目の前で気まずい会話をしているのに気にするなというほうがおかしいです」
「で、借りを返すつもりはないか?彼女たちは護衛としては役に立たないだろう。客だ」
「移動中の彼女たちの食料はアンタから買うよ」
「そうですねぇ、他に何か説得材料はないですか?」
「・・・彼女はトランの実を持ってる。本当なら今日乾燥させる予定だった。トランの粉は高いらしいな?」
「トランの粉を辺境都市で売ることが出来たら儲けは十分ですね」
「じゃぁ?」
「彼女たちがその気なら馬車に乗せるのはかまいませんが、少々狭くなりますよ」
リングに入れれば十分な広さになるはずだ。
「荷物は把握しているか?」
「それは商人ですから」
「もう気付いてるだろうが、これはアイテムボックスだ」
クレイヴにリングを見せながら提案する。
「これに荷物を入れれば馬車も軽くなるしスペースも取れる、いい案じゃないか?」
「トランの実を乾燥させるためのスペースも取れそうですね」
そこまで考えていなかったな。さすがは商人、頭の回転は速いようだ。
「あぁ、一石三鳥だな」
「えぇ、その通りですね。・・・そろそろ村人の人たちも家に帰り始めましたし店じまいですね。一緒に馬車で寝ますか?」
一瞬あらぬことを疑ってしまったがそれがいいかもしれない。このリングがあれば荷物も退かせるしな。
「そうだな、お邪魔させてもらおう」
もう一度ゲントに会って話をしておくべきか。彼はどこだろう?まだ門にいるのかな。
「その前に少し用事を済ませたい。ここから馬車を動かすか?」
「いえ、このままここで寝ます。許可ももらってますよ」
「分かった。用事が済んだら戻ってくる」
さて、確か門はあっちだったな。・・・何やら門が騒がしいな。何かあったのか?ゲントもいるみたいだし聞いてみるか。
「ゲント」
「おぉ小僧か。どうした」
「それは俺の台詞だ。騒がしいみたいだが何かあったのか?」
「あぁ、どうやらマティスが森でウルフの群れを見かけたらしいんだ」
「マティス?」
「そこにいる爺さんだよ。村の外にある畑で仕事をしているときに見かけたらしい。これで4回目だ。だが今までウルフの群れを見たのはマティスしかいないんだ」
だから爺さんの見間違いだとゲントは笑う。だが爺さんの顔は真剣そのもの。話を聞いておいて損はないだろう。
「爺さん」
「なんじゃ、お主もわしのことを年寄り扱いするのか」
「違うよ爺さん、アンタの話を聞きたいんだ。話してくれるな?」
「・・・畑のすぐ近くの森からウルフの群れがこちらを見ていたんだ」
「今の時期森のギリギリまで来るなんて信じられない。爺さんの見間違いだって」
もう1人の男が言う。ほんとにそうか?何事にも例外は存在する。今までの3回は何もなかったが今回もそうとは限らない。
「とりあえず俺が見てくる。爺さん案内を頼めるか?」
「もちろんじゃ。・・・まさか村のもんよりよそ者のほうが頼りになるとはのう」
「なに!?あんたの妄言に今まで付き合ってやっただけでも感謝しやがれ!!」
この爺さんなんで煽るんだ。この男も頭に血が上り過ぎだ。
「こんなとこで問答している暇はない。もし本当にウルフがいるなら日が落ちる前に対処すべきだ。早く案内してくれ」
「着いてこい」
先を歩きだす爺さんに着いて行く。・・・外見のわりに意外としっかりとした歩みだ。この爺さんが耄碌してるとは思えないな。
「ここがわしの畑じゃ」
爺さんと歩き始めて20分と少し北東に移動してきたか。確かに森が近いな、なんでこんなところに畑を?
「村からずいぶんと離れているな。何かわけでもあるのか?」
「ここら辺の土壌が村の周りよりもいいんじゃ」
ずいぶんとさっぱりした理由だったな。農家にとっては重要なことなんだろう。
「それで?どこで見たんだ。ウルフの群れは」
「あそこの木々の影からこちらを見ていたんじゃ」
爺さんが指差したほうを見る。今はなにもいないようだな。感知を広げてみるか。・・・少し森に入ったところに複数の反応があるな、これがウルフの群れか。
「爺さんはここで休んでろ。森を見てくる」
「気をつけてな」
森の中に入って行く。ん?この思い出したくもない匂いはあれか。数分歩くと気配が濃くなってきた、近いな。
ガサガサ
来たか?茂みの中から1mほどのウルフが続々と出てくる。やっぱりだ、コイツらも食料難らしい。口元が赤く染まっている。一時的な解決にしかならないが仕方ないだろう。未だ俺の周りをぐるぐる回るウルフにさっき買ったばかりの干し肉を投げてやる。
「俺からの贈り物だ。トランの実よりはうまいだろうよ」
ウルフが視線を干し肉と俺を何度か行き来させると。
「オオォォーーン」
遠吠えに合わせて次々とウルフが出てくる。予想以上に数が多いな。干し肉は足りるか?足りなさそうだ。このままだと村を襲うのも時間の問題だな。
「仕方ない。最後の手段だ」
手近なウルフに近付く。
「これからよろしくな。ウルフ」
・・・爺さんの畑が見えてきた。
「ウルフはいたか?」
「いたよ。50はいたはずだ。それ以上は数えてない」
「そんなにいたのか!?早く村のみなに知らせなければ!!」
「その必要はない。もう片付いた」
「は?」
「だから片付いたと言ったんだ。もう大丈夫だ、村へ帰ろう」
「お、おう。そうじゃな」
爺さんはどこか納得していないようだったが問題が解決したんだ。村へ帰ろう。
「じゃ、帰ろう」
早いとこ村に戻ってクライヴと一夜過ごすとしよう。明日も早いようだしな。
村が見えてきた。ゲントはまだいるな。ずっといるのか?
「どうだった」
「ウルフの群れはいたが、もう対処してきた」
「ほんとにいたのか?小僧が絡むことは信じられんことばかりだ」
俺だって望んでやってることじゃないんだが。
「ゲント、アンタはいつまでここに立ってるんだ?」
「お前たちを待っていたんだ。早く入れ、柵を閉じるぞ」
なんだかんだ言ってやっぱ良いやつだなこのおっさん。
「お言葉に甘えて入らせてもらおうかな。今日は働き過ぎた」
「おう、休む場所がなかったらわしのところへ来い。寝る場所くらいだったら世話してやろう」
「今日は先約があるんだ。また今度誘ってくれ」
爺さんの言葉を背に広場へ行く。クレイヴはどこだ?あそこだな。
「良い夜だな。隣いいかな?」
「狭くれ良いならどうぞ」
「明日の準備だ。荷物をリングに入れるぞ」
そう言って片っ端からリングに収納していく。
「ちゃんと返してくれるんだよね?」
「心配するな。辺境都市に着けば元通りだ」
「辺境都市まで返さないってことだね。まいったな」
一応、人質ならぬ物質だ。
「じゃ、おやすみ」
「そのリングは私でも使えますか?」
「俺専用だよクレイヴ」
「そうかい」
日が落ち夜が深まってきた。明日から馬車の旅だ。アイリスは来てくれるかな。来てくれなかったら男と二人旅か。嫌すぎるな。彼女が来てくれることを祈ろう。
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