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青い鳥の吟遊歌  作者: 鳳
9/10

英雄王の秘宝


「そういえば、英雄王の秘宝って結局なんだったの?」

 ヴィアがその疑問を口にしたのは、もろもろの事情説明と事後処理が終わって数日経った頃だ。

アルは連日、兄に勝手な勘違いと行動をお説教される日々で、今日もヴィアたちに与えられた客室にきてぐったりとテーブルに突っ伏していた。

ヴィアの疑問に答えたのは、アルに付き合って遊びに来ていた兄王子だ。

「私も一度も見たことは無いのだが、いい機会だ。良かったら共に見に行くか?」

「え、そんなわたしたちなんかが、そんな王家の秘宝を拝見するなんて、そんな恐れ多くて」

「ヴィア、目がきらきらし過ぎです」

 王家の宝なんて、そんなわくわくする響きに目を輝かせるなというほうが無理だ。それでも一応は言葉だけでも遠慮してみせたのだから褒めて欲しい。

 ようやく顔を上げたアルを促して、ヴィアたちは兄王子につづいて部屋を出た。

連れられて来たのは歴代の王の肖像が飾られたロングギャラリーだった。

細長い部屋の両壁にずらりと肖像画が並んでおり、その一番奥、入り口と対面になる壁にこのグランドールの国図画が飾られていた。

「宝へとつづく通路は、この部屋のどこかに隠されているんだ。鍵は王家にだけ伝わる詩」

 それを聞いたアルが、いつか食堂で歌った詩を口ずさむ。


 グランドールの門番よ

 決して屈する事なかれ

 守りし宝は消せぬもの

 誰にも渡してならぬもの

 それは英雄王が手にした全て

 彼の人が隠した大事な秘宝


 グランドールの門番よ

 森の珠が現れしとき

 黒き門は開かれよう

 宝は忘れてならぬもの

 それは英雄王が残した王家の宝

 彼の人が隠した愛しき秘宝


 ヴィアは顎に指を当てながら首を傾げた。

「その歌が宝までの導だというのなら、それほど難しい暗号ではないだろうね」

 アルが首を傾げる。

「どうして?」

「グランドールの門番というのは、その宝を守る者。宝を隠し守るのはドラゴンだと古来より言われているでしょ。確か、アルの指輪の裏にイニシャルと一緒にドラゴンの印が入っていた気がするのだけど」

「入ってるよ。じゃあ、門番ってのは王族のことなのかな」

「たぶんね。そして歌はその宝がどれだけ大事なものかを繰り返し強調しているんだ。逆に言うとそればかり」

「なるほど。じゃあ解くのに必要なのはそれ以外のほんの少しの部分。つまり森の珠が現れしとき、黒き門は開かれよう……?」

 ヴィアは頷いて、アルをじっと見つめた。

急に強い視線を向けられてたじろぐ少年の、緑の瞳を覗き込む。

「王家に生まれるオッドアイの子どもは、代々神殿に預けられるのだよね。それもお兄さんや城の人の態度を見る限り、それが忌避されて遠ざけられていたわけではない」

 彼女が何を言いたいのか分からないようで、アルは困惑に眉を寄せている。

「歌では宝は誰にも渡してはいけない。英雄王が『隠した』宝だと言っているんだ。宝箱を安易に開けない方法、それは箱の鍵を遠くに置くことじゃない?」

「……黒き門を開ける森の珠」

 アルが詩の一節を言い換える。

「じゃあ、俺が神殿に預けられたのは」

「神殿に預けられていたのはオッドアイではなくて、緑の瞳をした子ども。森の珠」

 正解というように、王太子が頷く。

「では、黒き門というのはこれのことではないですか?」

 今まで黙っていたユージーンが、国図を指差して言う。

国図画はありがちな地図ではなくて、森や山、川や街、そして城が繊細なタッチで描かれている。英雄王の時代のもののようなので今とは地形や街の大きさが多少異なっているが、素晴らしい芸術品だ。

だが、この絵のどこにも門らしきものはない。

 ヴィアは近づいていってまじまじと眺めたが、すぐにはユージーンがなにを指して門と言ったのか分からなかった。だが後ろで眺めていたアルは驚いた声をあげた。

「もしかして」

 振り返ったヴィアを手招いて、アルが絵の縁をなぞるように宙に指を滑らせた。

「この絵の額縁の装飾、たぶん城の正門と同じ意匠だ。城のは白いけど、こっちは黒い。絵と額っていうのは二つで一つの作品だから、額も建国当時のものだと思う」

「おお」

 確かに国図画を収めている額縁は時代を感じさせるものだ。

「なら、この絵とアルの瞳が鍵なんだね」

 ヴィアたちの出した結論に、兄王子は満足そうに頷いた。

彼は絵の前に行くと中心にある城から少し左にいった辺りを示す。そこには山間に出来た崖が描かれていた。

ヴィアは出来るだけ近づいて目を凝らした。

「これ、一見黒の顔料で描かれているように見えるけれど、もしかして向こう側まで穴が空いているんですか?」

「そうだ。アル、覗いてみろ」

 兄に背を押されて、アルが恐る恐る絵を覗き込んだ。

その途端どこからともなく重い物がずれるような音がした。

驚いて飛び退いたアルの隣で、ヴィアは興味津々で眺める。

「始祖は緑の瞳をしていたらしい。彼自身もどのくらいの間その瞳が遺伝するか分からなかったが、秘密の通路を開くカラクリに使用したのだろう。これから先は私も行ったことがない」

 そう言った王子が、絵の下に手を差し込んで持ち上げた。

国図画の向こう側は壁ではなく、暗い通路になっていて遠く先に出口らしき光が見えた。

「ずいぶん暗いね。ヴィア、気をつけて」

 先に通路へ入ったアルが、うきうきと進むヴィアを制して自分の後ろを歩かせる。

 程なくして出たのは、四方を壁に囲まれた中庭だった。

庭と言っても花や木が植えてあるわけではない。見える緑といえば石畳の隙間から伸びている雑草くらいだ。

壁の向こう側は城内の部屋や廊下なのだろうが、窓等は見あたらない。壁の上にも上れるところはなさそうだ。

この中庭の存在を知ることができるのは、あの国図画の裏から通路を通ってきた者だけなのだろう。

 アルが不思議そうにまわりを見回した。

「宝なんて、どこにあるんだ?」

 それらしい物は見あたらない。

この場にあるのは、中央にある石碑だけだ。苔や蔦の這った石碑はかなり古い物と見受けられる。

近づいて表面の苔を払うと、そこには文字が刻まれていた。

「古い、まだ建国前に英雄王の民族が使っていた文字だ。アル、読めるか?」

 兄に問われ、アルがヴィアの横で文字に目を凝らした。

「これ、詩だ。たぶん英雄王が恋人に歌った」

 アルは高低の不安定な声で詩を歌った。

それはたったひとりの女性に贈った情熱的な歌。技巧的な上手さはないが、狂おしいほどの想いが込められている。

胸を締め付けられる詩に、ヴィアは目を細めた。

「いい詩だね」

「うん。でも、これは何なんだろう」

 これが宝と言うには、なんとしても隠さねばならない理由に首を傾げざるを得ない。

「もしかして、これも暗号かなにかなのかな」

「こっちにも何か書いてありますよ」

 裏を覗いていたユージーンが呼ぶ。

裏に回ると、そこにも文字が刻まれていた。

「これは、日記?」

 呟いたアルに、兄王子が頷く。

「ここに記されているのは真実の歴史だと言われている。誰にも知られてはならない、けれど決して消えないし忘れてはならない秘された出来事だ」

 そう言って文字を指先でなぞる。

 ヴィアとユージーンは自分たちは聞くべきではないかと顔を見合わせたが、それに王子は笑って記されているものを読み上げた。

 それは建国当時の歴史だ。

英雄王がまだ王では無かった頃、彼は銀の髪と青い瞳の少女と出会った。ままならない戦いばかりで心が疲弊し、体にも大怪我していた彼は少女に拾われ、彼女の優しさに触れて心を癒されたのだ。

ふたりは次第に心惹かれていき、お互いを想い合うのに時間はかからなかった。

けれど戦禍は悪化し、容姿の関係で少なからず差別を受けていた彼女の部族は追いつめられていった。英雄王は、なんとかその境地を救おうと奔走したが、彼女もまた、彼のためにひとつの決断をしていた。

その頃すでに英雄王は国を一つにするための主導者として表に立っていた。反発している部族は少数だが、厄介なものばかりが残っていた。

だから少女は自分の部族を説得して反勢力をまとめ上げ、その矢面に立ったのだ。ーー負ける側としての道を進むために。

それを知った英雄王も、すでに後には引けない場所まで来ていることを知った。

彼は苦渋の決断をして、少女たちを悪役にして国を平定する道を歩き始めた。他に道はなく、英雄王は愛しい少女とその家族を屠ったのだ。

どれほど後悔しても、国のためにはそうするしかなかった。

英雄と讃えられた彼は、誰にもそれを明かすことは出来ず、けれどこの事実を無かったものにすることも出来ず、この中庭を作った。

代々続くであろう自分の子孫たちに忘れさせないために。

「…これが、英雄王の秘宝」

「彼は、いつまでも少女とその家族を愛していたのだな」

 ふたりの王子が染みいったように呟く。

この石碑は彼らにしたら、始祖から託された想いなのだろう。

英雄王は悪を倒した英雄でなければならなかった。そうでなければ国は彼の下で一つにはならなかった。長い年月がたった今でも、この事実は争乱の種になりかねない。

けれど、彼自身は自分が英雄ではないことを知っていた。そして子孫にも彼の血を継ぐということで驕ってほしくなかったのだ。

 不意にユージーンが苦笑を零した。

どうかしたのかと振り返った三人の視線に、彼は首を振る。

「すみません。ただ、ヴィアの拾い癖は血筋なのだと思って」

 ユージーンは横に並んでいたヴィアを見下ろしてくる。

「ここに出てくる部族というのは、ヴィアのご先祖様ではないのですか」

「うーん、確かにご先祖様はグランドール出身だって聞いたことがあるけれど」

 確かなことは分からないとヴィアも苦笑した。

だが髪と瞳の色は一致するし、そして。

「両親から教えられた歌には、グランドールの英雄王の歌が一番多かった。一度もグランドールに来たことが無かった幼い頃のわたしにも、英雄王とこの国は特別なものだったな」

 目を丸くしている王子たちに、ヴィアは微笑みを向けた。

「外では歌ってはいけないと教えられた歌があるの。ある娘が歌った恋歌」

 ヴィアはその歌を口ずさんだ。

それは、英雄王を慕った恋の歌。さきほどアルが詠み上げた歌と対となる作りの詩だ。

「彼女は、生き延びたのかな」

「どうだろうね。まだ悪になる前に歌って、誰かが受け継いだだけなのかもしれない。それでも二つの詩で分かるのは、そのふたりが深く想い合っていたっていうことだよ」

 歌は、その当時に生きた人々の心を映す。

だからこそ、どれほどの時が過ぎても誰かの心に響いて、伝えなければいけないことを残していくのだ。



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