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青い鳥の吟遊歌  作者: 鳳
8/10

青い小鳥が謳う詩

 アルの意志が決まれば後は行動のみだ。

 目下の問題は鍵の掛けられたこの牢からの脱出だろう。ヴィアは髪をまとめるピンを二つほど外して鍵穴に差し込んだ。

幸いここは裁を待つ仮牢で、作りはそれほど頑強ではない。数分でカチリと音をさせると、アルが呆れたような息を吐いた。

「どこで鍵開けの技術なんて学んだのさ」

「内緒だよ」

ヴィアは唇に指を当ててにんまりと笑う。

 薄暗い通路、連れて来られたときに使った階段を上る。

途中で倒れていた看守を跨ぎ超して、彼等の待機所らしき場所から取り上げられていた物を取り戻した。

「なるべく高い所に行こう」

「こっち」

 騒ぎの中心を探そうと言ったヴィアに頷いてアルが先導した。

流石は王子様。小さな頃に外へ出されたといっても、通路を歩く足に迷いは殆どない。

音がするのは外のようだった。城内を行く人は少なく、ヴィアたちは階段を上りながら騒がしい方向へと向かった。

 人が多く剣戟の音がするのはどうやら中庭らしい。

中庭に面した三階の回廊に出たヴィアたちは、争いの規模の大きさに驚いた。大きな庭に沢山の人が出て争っている。

 さらに奥に入ろうとするならず者と、ここで食い止めようとする王宮側との攻防。

数では圧倒的に王宮側が不利だった。それを訓練された軍人の強さでまかなっている。

 しかし押し通られるのも時間の問題だろう。数の暴力とはそれほどのものだ。

どうしてこれほどに王宮側の手勢が少ないのだろう。素早くあたりを見回したヴィアは、「あっ」と驚きの声を上げた。

「この人たち、あちこちに火を付けたんだ」

 王宮のいたるところで煙が上っている。幸い火の手が大きくなりそうな気配は無いが、放っておくことは出来ずに人員を割かれているのだろう。

「兄さん!」

 隣で手摺りから身を乗り出すようにして下を覗いていたアルが、切羽詰まった声で叫んだ。

彼の目線を追うと、中へと入る通路の前で、アルの兄が敵と斬り結んでいる。剣を合わせているのはビリーだ。

「あいつっ!」

 歯ぎしりせんばかりの顔で旧友を睨むアルの手は、血管が浮き出るほど強く手摺りを握り締めている。

ヴィアはさっとアルの全身に目を滑らせた。

腰には取り戻した剣があるし、覇気は十分。いつでも戦える状態だ。

「アル、行って」

 ヴィアの声ではっと顔を上げたアルに、にっこりと笑ってみせる。

「お兄さんの所に行ってあげて」

「でも」

「ここは大丈夫だよ。騒ぎは下、奴らが突破してもこの回廊には用がない。わたしのことは心配しなくても平気だから」

 力強く言って見せても、アルはまだ逡巡するように回廊の先へと目をやる。

その肩を叩いて力強く押し出した。

「行って。後悔のないように」

 ヴィアの目を真っ直ぐに見つめ返したアルは、ひとつ頷くと手摺りを掴む手に力を込めた。驚くヴィアの目の前で、軽々と手摺りを乗り越える。

三階から躊躇無く飛び降りたアルは、真下にあった木をクッションにして地面へと降りた。

「もしかしてアルって、腹を括ると剛毅な質?」

 思わず笑いがこみ上げる。遠ざかる少年の背中に頼もしさを感じて、わき上がる情動のまま声を出して笑った。この感情の発露の仕方なら、ヴィアは知っている。

「感情のまま君の物語を歌うのもいいけれど、いまは我慢しよう。その代わり、少しだけ手助けを」

 リュートを取り出して手摺りにもたれる。

一番人の気を惹く詩を。もっとも感情のこもる詩を。誰もが聞かずにはおれないヴィアの特別な歌。

ヴィアはリュートを爪弾き始めた。

 


 さすがに三階から飛び降りた衝撃は大きかったが、アルはすぐに駆け出した。

目指すのは兄のところ。そして友人と信じていた男のところだ。

 アルに気づいた賊が斬りかかってきたのを咄嗟に受けたとき、どこからともなく澄んだ音が聞こえてきた。

ここ数日で聞き慣れた楽器の音色だ。

賊がそれに気を取られた瞬間、その腹を蹴り飛ばす。

その場の誰もが注意力を削がれたのを感じて、アルは一気に中庭を駆け抜けた。

 誰が歌っているかなど明白だ。何のためにと考えたら、この状況が示すとおりだろう。

だからアルは足を止めない。その声がどれほど美しくても、その詩がどれほど心奪われるものでも、彼女の気持ちを無駄にしてはいけないのだ。

けれども、耳に滑り込んでくる歌の切なさに、どうしても涙が滲んだ。


「青い瞳の渡り鳥が歌う

 海の向こうの物語 恋の歌に花の夢 勇ましき英雄の武勇伝

 ある日囀る鳥に 出逢った貴人が言った

 私の下で歌え けれど渡り鳥は歌わない

 鳥は空に囀るもの 籠の中では歌えない

 鳥は自由に囀るもの 聞くも聞かぬも貴方の自由

 歌わぬ鳥に しかし貴人は許さない

 私の下で囀れと けれど渡り鳥は歌わない

 歌は心で歌うもの 誰かの為には歌えない

 歌は自由に歌うもの 誰かの為しか歌えない

 貴人は怒って翼をもいだ それでも歌わぬ鳥の喉を潰す 歌えぬ鳥は息絶えた

 青い瞳の小さな渡り鳥の歌 

 親を求めて空に歌う 哀切と誇りを込めて自由に歌う」


 ヴィアの両親が買った不興。不興というにはそれはあまりにも理不尽だ。

けれどもヴィアは、そんな理不尽に屈しない。恨まない。それはどれほどの強さを必要とすることだろうか。

アルは彼女の前に立つことを恥じない自分になりたいと心から思った。

 数人の兵士と賊の横を通り過ぎてビリーに迫る。

目の前の敵と歌に気を取られている彼はアルの接近に気づいていない。

眼帯を外して露わにしているアルの緑の瞳に、こちらに気づいて驚いている兄の姿が映る。

 アルはビリーの背に飛びかかった。不意打ちに倒れ込む男の背中を膝で押さえ、すかさず首筋に剣先を当てる。

「動くなよ、ビリー。切れるぞ」

 声で背に乗るのが誰だか分かったのか、皮膚が切れるのもかまわずビリーが振り返った。

こちらを捉えることの出来る片目が驚愕に見開かれる。

「お前、どうやって……」

「教える義理はないよ」

 いまだに微かに胸が痛むのを押さえて、アルは冷たく言い放った。

「仲間にやめるよう言うんだね。そうじゃないと、頭と体がさよならだ」

「……」

 実際アルには人の首を切り落とすような膂力はないのだが、首を切るという覚悟で脅す。

 ビリーの返事を促そうと剣を握る手に力を込めたとき、一歩踏み出した足音が聞こえて、アルは顔を上げた。

「アルベルト、なのか?」

「……兄さん、ごめんなさい」

「なにを謝る」

 ここにアルが居ることを訝しんで不思議そうにしているが、真っ直ぐに弟のオッドアイを見返すその表情に、長年恐れていた嫌悪や侮蔑は含まれていない。

 ビリーを王宮へ入れたのはアルだ。そのビリーが仲間を引き込み、この騒ぎを起こした。

彼の嘘を信じて神殿を飛び出し、こんな大事を起こしたのはアルの責任で、もともとの原因である神官たちを信じられなかったこともアルの弱さが招いたことである。

王子であるアルに遠慮が働いて壁が出来るのは致し方ない。本当ならアルの方からその壁を破らなければいけなかった。

けれど王宮に捨てられたと思っていたアルは卑屈になっていて、神官たちのその穏やかな優しさを胡散臭く感じてしまっていたのだ。

そう考えれば尚更しょげた気分になるが、ここで俯いてはいけないと顔を上げた。

 そのとき、体の下でくつくつと笑い声が上がった。

ビリーが圧倒的に不利な状況で、こちらを嘲笑するように笑っている。

「なんだよ」

「いや、なにを暢気に喋ってるんだと馬鹿馬鹿しくてな」

 蔑みさえ込められた声音に、とりあえずアルへの疑問を置いておくことにしたらしい兄が、這いつくばるビリーに剣先を向けた。

「お前の方こそ、ずいぶんと余裕だな。どうやらほぼ制圧し終わったようだぞ」

 周りでも、すでに歌に気を取られた賊の大半が縛についている。やはり、こういったところで格の違いが出るようだ。

しかし、ビリーは高らかに嘲笑を上げた。

「だから馬鹿だって言ってんだ! 仮にも王宮を襲うのに、この程度の手勢で来るわきゃないだろうが。もうすぐ後続がどっと押し押せてくんだよ。ここにいる三倍の人数がな!」

 明かされた事実に、アルは顔色を無くした。

城内に散っている人々が戻ってくる気配はいまだにない。

城の中には戦うことの出来ない者もたくさん抱えているのに、どれほど衛兵たちが賊に引けを取らずとも、それ以外の被害は免れない。

「このっ! いますぐそいつ等を撤退させろ!」

「誰がさせるか。全部蹂躙してやる」

 暗い瞳でビリーが笑う。アルがさらに言い募ろうとしたが、それは新たな声に遮られた。

「そうですね、撤退させる必要なんてありませんよ」

「……ユージーン?」

 どこから入ってきたのか、ずっと別行動を取っていたはずのユージーンがこちらに近づいてくる。

浮かべているのはいつもの柔和な笑みなのに、手にした抜き身の剣には血糊が付いていた。

それが不気味で、無性に不安を煽る。

「どうして、……っ!」

 膝で押さえていたビリーが突然体を起こした。

困惑に僅かに力が抜けていたアルは跳ね飛ばされて、傍にいた兄に慌てて支えられる。

 咄嗟に逃げようとするビリーの背中に手を伸ばすが、到底届かない。

悔しさに涙が出そうになった瞬間、横をすり抜けようとしたビリーの足を、ユージーンが切りつけた。

 悲鳴を上げてもんどり打つビリーを蹴り転がして、彼はその喉元に剣を突きつけた。

「逃げられるなんて思わないでください。いえ、もうどこにも逃げ場など無いんですが」

 冷たい目でビリーを見下ろしていたユージーンは、唖然としているアルに気が付いて苦笑した。

「ああ、すみません。誤解させてしまいましたか? 大丈夫ですよ。この男が当てにしている後続というのは、もうすっかりお縄に付いていますから」

「なに言ってやがる! 冗談も休み休み……」

「冗談なんかじゃありませんよ。初めて会ったときから俺もヴィアもあなたのことは怪しく思っていましたからね。だから俺がわざわざ別行動して色々と探っていたんですよ」

「待ってよ。怪しく思ってたって、どうして」

 思わず声を上げたアルに、ユージーンが説明してくれる。

ヴィアいわく、アルが山賊に襲われたことを話していないのに知っていたことだとか。神殿騎士が賊の討伐に出て取り上げた武器を一時保管することはよくあるのに、短絡的に謀反だと騒いでいたこととか。

「なによりも、彼の雰囲気は堅気のものとは違う匂いがしましたから。長く旅をしていると、そういうことに鼻が利くようになるんですよ」

 同じものを見聞きしていたはずの、いや、もっと長くビリーと一緒にいたはずのアルは、さっぱり気づくことができなかった。

自分の至らなさ加減にアルが頭を落としたとき、ユージーンの淡々とした説明を聞いていたビリーが突然暴れ出した。目の前に突きつけられた剣など無視してむちゃくちゃに腕を振り回す。

けれど足に怪我を負っているビリーが逃げられるはずもなく、アルも彼の無駄な足掻きに哀れみさえも感じてしまった。

「嘘だ! いや、たとえ俺の正体がばれていたとしても、あの人数をお前ひとりでどうにか出来る訳がねえ! はったりだ!」

「だから、冗談でもはったりでも無いですよ。ほら」

 そう言ってユージーンが周りを見回した。

城の中や庭の奥から姿を現したのは、後続の賊などではなく、多くの衛兵たちだった。彼らはビリーも含め、まだ立っていた残党を取り押さえていく。

引っ立てられながらあらゆる罵声をあげて遠ざかっていく、かつて友だと思っていた男の後ろ姿をアルは複雑な思いで見送った。

その姿が完全に消えてから、疑問を込めてユージーンを見上げる。

彼は頷いて、片づけの始められた庭を見回した。

「少々伝手があって彼らに協力してもらったんです。城の中は多少手薄になってしまっていましたが、結果良ければ全てよしですね」

「そんなわけあるか。お前、なんで俺にアルベルトのことを黙ってた」

 口を挟んだのはアルの兄だ。

怒りの込められた一国の王子の視線だが、ユージーンは「すみません」とあまり気持ちの籠もってない言葉で流した。

「兄さん?」

「ああアルベルト、アル。本当になんでお前がこんなところに居るんだ。驚いただろうが」

「ご、ごめんなさい」

 反射的に謝ったアルの肩をユージーンが叩いた。

「アルのおかげでこうやって先に手を打っておけたんですから、あまり叱らないであげてください」

「そうは言うが。……いやそもそも、どこでお前はアルベルトと出会ったんだ?」

「連れがいろいろあって、困っていた彼を拾ったんですよ」

「ああ、昔お前を拾ったという奇特な吟遊詩人の少女か」

「ええ、それで彼女がアル自身で動くべきで、あまりお膳立てするべきではないと言うので」

 つまり、ここまでのあれこれやアルの葛藤なども、全てヴィアの予想したとおりということだろうか。

複雑な思いに駆られるものの、それよりも気になるのは目の前のふたりの関係性だ。

「あの、兄さんとユージーンは知り合いなの?」

「ああ。こいつは昔、ある国で騎士をやっていたことがあってな。そのときに知り合ったんだが、冤罪で追放されてからはほとんど疎遠になっていたんだ。それなのに忙しい時期に急に現れたと思ったら、やれ賊が出るだろうから気をつけろの、外で集まっているのを一掃してやるから戦力を貸せだの」

 この国で騎士になれと誘っても嫌がったくせに、よくよく指図すると兄は顔を顰めた。

「もうお国に仕えるのはご免なんですよ。それに、大きくて厄介だった盗賊団をひとつ潰せたんだから良いじゃないですか」

 のほほんと笑うユージーンにため息をついて、兄がアルの髪をくしゃくしゃにした。

「とりあえず、何でお前がここにいたのかは、あとでじっくり聞かせてもらうからな」

 説教つきでと言う兄のひそやかな怒りを感じ取って、アルは視線を逸らした。

これは、のらりくらりとしているユージーンへの八つ当たりも込められているかもしれない。

 状況が落ち着いたと見て下りてきたヴィアが、こちらに気づいて駆けてきていた。



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