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青い鳥の吟遊歌  作者: 鳳
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グランドールの門番

 アルの友人と名乗ったビリーを連れて宿を探す。

この時期は田舎から出稼ぎや観光でやってくる人が多いので、早めに宿を取らないとすぐに一杯になってしまうのだ。

 陽が赤くなり始める手前で、どうにか今日の寝床を確保することが出来たヴィアたちは、宿の隣にある気取ったところのない庶民向けの食堂へと夕食も兼ねて繰り出した。

 そこで前回アルが言葉を濁した色々を聞くことになった。

アル──アルベルト。姓はなく、あえて言うのならば国名が入るという。

実はこの国の王子であったアルは、幼い頃から神殿で育ったのだそうだ。名だけは知られていても、公の場に姿を出したことは一度もなく、秘された第二王子。

 王家には時々オッドアイの子供が生まれるそうで、その瞳は忌まわしいものとされ、殆どが神殿に預けられてきたらしい。

 ビリーはその神殿に生活必需品を運ぶ商家の見習いとして出入りしていて、アルとはそこで出会ったのだそうだ。

「ふぅん。それで、神殿を抜け出して神官たちに追われている理由は?」

「俺が余計なことを言っちまったからだ」

 アルに聞いたのだが、答えたのはビリーだ。

「実はよ、神官の奴らなにか企んでるようなんだよ」

 神殿の生活は高潔で質素であることが美徳だ。神殿に世話になった者たちからお布施という形で金品を受けとるが、それも殆どが孤児や貧民のために使われる。

「だけど、やっぱり生活してくためには必要最低限の物は必要だろう? そういう物をうちから買ってたんだけど」

 どうやら最近、他の商人が頻繁に神殿に出入りしているらしい。それも、取り扱っているのはかなり物騒な物だ。

「武器だよ。剣やら甲冑やら火薬やら。買ったそれを、地下に大量に貯めてやがんだ。あいつら、国に謀反を起こすつもりだ」

 ビリーの話に、ヴィアは目を丸くした。俯いているアルを覗きこむ。

「本当なの?」

「この眼で武器を確認した。だから俺が……」

「王宮に知らせるために、神殿を抜け出した」

 ヴィアの言葉に、アルは首を縦に振った。ぎゅっと握り締めた拳には強い力が入っている。

ヴィアは少し考えてから大きく頷いた。

「大体の事情は了解したよ。王宮に入るための方法を考えないとね。無策で行っても、待ち構えている神官に捕まるだけだもん」

「協力してくれるのか?」

「もちろん。その代わり、全てが上手くいったらアルの物語を詩にさせてね」

「え、それはちょっと……」

 赤い顔で微妙な表情をするアルを笑顔で流して、ヴィアはビリーに向かった。

「それで、あなたはこれからどうするの? というか、なぜわざわざアルを追ってきたの」

「そりゃあ、心配だったからな。王宮と神殿でしか生活したことのないアルが、なんの準備もなく飛び出していけるほど世間は甘くないだろ。実際、盗賊に襲われたしな」

「ふぅん」

 ビリーの言い分に、ヴィアは頷いた。

そんなヴィアをアルが不安げに見てくる。

「それよりもさ、こんなにのんびりしていて、本当に大丈夫なのか?」

「うん?」

「ユージーンと合流できるのかって」

 心配そうなアルにヴィアは笑って見せた。

 食堂の入り口に付いているベルが、新たな来客を知らせる。

「もしも旅の途中ではぐれた場合は、次の街で一番東にある宿に泊まるって決めてあるんだ。もしそこが満室だったら、二番目に東の宿、そこも駄目だったらその次って感じで。それでも会えなかったら、次の日の昼間にその街で一番高い建物の前で集合する。今日泊まる宿に、この食堂に居るって伝言してもらってるから、もしユージーンが追いついてきたらここに来るよ」

「まさに今ですね。ご心配お掛けしました」

 そう言って、後ろからひょいとユージーンが顔を出した。

まだ旅装も解いてない状態で、本当にいま到着したばかりなのだろう。

「ほらね。心配はしていなかったよ?」

 ヴィアは驚いているアルに笑って、ユージーンに首を傾げた。

ユージーンは苦笑して、空いている席に荷物を下ろす。

「ヴィアはそうかもしれないですけど、アルを不安にさせてしまったようですからね。ところで、そちらの彼はどなたです? まさかまた拾ってきたんですか、ヴィア」



 ユージーンの誤解を解いていままでの経緯を説明すると、「ここまで関わったからには、仕方ない」と王宮に入り込む計画に賛同してくれた。

「……なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 困惑を滲ませて訊ねてくるアルに、ヴィアは何を今さらと笑った。

「乗りかかった船というやつだよ。それにアルは、私がこういう事大好きなのを知っているでしょう」

「そうだけど」

「っていうよりよ、なんであんたたちはこんな話を聞いてそんな普通なわけ? アルが王子だとか、神殿の謀反だとか、もっと疑うのが普通だろ」

「おい、ビリー」

 途中で口を挟んできたビリーが疑わしげにヴィアたちを見る。

そんな友人を咎めるようとするアルを制して、ヴィアは首を傾げた。

ビリーの主張は当然だ。だが、ヴィアたちも彼らの言葉だけを鵜呑みにしたわけではない。 

「長く旅をしているとね、色々なことが起こるんだよ。疑ったまま物事を見れば、本質を見誤るのが当然でしょう? それに、アルがこの国の王族なんじゃないかっていうのは、最初から思っていた事だしね」

「え?なんで」

 驚くアルの手袋越しの指を差して、ヴィアは悪戯っぽく笑った。

「見事な彫金をされた金の指輪、中心に据えられたのは一切の混じり気がないグリーンダイヤ。宝石の産出が盛んなグランドールでも、その石を持つことを許されているのは王族だけだって聞いたことがあるからね。指輪の内側にはアルベルトと名前が彫られていたし、その名がこの国の第二王子の名だと以前小耳にはさんだことがある。そして、アルの様子から指輪が盗んだ物だという可能性は低いと思ってた」

すらすらと語っていけば、アルとビリーは唖然と口を開けた。

 アルを拾ったとき、気を失っている彼から勝手に指輪を外して確認したことを、今さらながら謝っておく。

アルは怒った様子もなく、感心したように何度も頷いた。

「物知りなんだな」

「興味を持って耳を傾けていれば、いくらでも知識というものは入ってくるものだよ」

 得意げに笑ったヴィアは、荷物の中からリュートを取り出すと弦を鳴らした。弾いたのはグランドールの民衆に伝わる子守歌だ。

その歌はまたたくまに食堂の中にいた人々の気を引いた。彼女たちの周りに集まりだした人がヴィアを吟遊詩人と知るや、口々に他の歌を所望し始める。

ヴィアは店主の許可をもらって彼等のリクエストに応え始めた。

 歌と歌の間には、色々な人が色々な話をしていく。それらはどうでもいい家庭の愚痴から、最近広まっている噂話、国や領主への不満や賞賛など多岐にわたった。

 皆が満足する頃にはヴィアたちのテーブルには今晩の食事を好きなだけ食べてもお釣りが来るくらいの貨幣が積まれている。

 ユージーンにはもう慣れた光景であり、ビリーは小さく口笛を吹いてヴィアを褒めた。

 そして人々の話をときには真摯に、ときには可笑しそうに聞いていたアルは少し疲れたように苦笑した。

「こんなにたくさんの人と一気に喋ったのは初めてだ」

「初めての経験おめでとう。感想は?」

「俺は、無知だなって思った。こうだって教えられた知識ばかりで知った気になっていた気がする。それはきっと、誰かが王子である俺はこれを知っているべきだって決めたことばかりなんだ。こうやって近くで直接聞かないと分からないことがたくさんある」

 そう言ってアルは、各々のテーブルに戻った人たちを見回す。

「みんな、色々なことを考えて生きてるんだ。そんなの当然のことなのに、でも教科書の上じゃあ知ることができない。ヴィアが人の生活を物語って言うのが分かる気がする」

「そうでしょうとも。それを感じやすく歌にするのが吟遊詩人の役目さ」

 笑うヴィアに、アルも笑い返してくる。

気分の良くなったヴィアは気まぐれにリュートを掻き鳴らした。

 その音色に耳を傾けて酒を飲んでいたビリーが、何となく思い出したように言った。

「そういえば、アルも歌を歌ってたよな」

「え?」

「あの、なんだっけ? グランドールの門番だとか、英雄王とか宝とか歌ってるやつだよ」

「ああ。あの歌か」

 アルも思い至ったように頷いた。首を傾げているヴィアとユージーンに小さな声で歌う。

 それはヴィアの知らない詩だった。


「グランドールの門番よ

決して屈する事なかれ

 守りし宝は消せぬもの

 誰にも渡してならぬもの

 それは英雄王が手にした全て

 彼の人が隠した大事な秘宝


 グランドールの門番よ

 森の珠が現れしとき

 黒き扉は開かれよう

 宝は忘れてならぬもの

 それは英雄王が残した王家の宝

 彼の人が隠した愛しき至宝」


 声変わりが終わってないアルの声は高低が曖昧なうえに掠れていて、それが逆にどことなく哀愁を漂わせていた。

いままで何度も口ずさんできた詩なのだろう。よくアルの声に馴染んでいる。

ヴィアは余韻を味わいながら首を傾げた。

「それって、他の人にも聞かせたことある?」

「え、分かんないな。俺はこの詩しか知らないし、たぶん神殿では無意識で歌ってたかも」

 やはり無意識で口にするほど馴染んでいるのだ。

大きな家に伝わる詩は、実を言うと特別な意味を持つものが多い。普通は安易に人前で歌っていいものではないのだ。

 そう言ってやると、アルは驚いたように目を丸くしたが、ヴィアの忠告に素直に頷いた。

 その代わりにと、ヴィアの知る歌の数々を少年に伝授していく。

意外にアルは乗り気でそれらの歌を覚えていった。

夜も更ける頃には、高く澄んだ少女の声と、不安定ながらも不思議と聞き心地のよい少年の声が、店の中にいつまでも流れていた。



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