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竜王の転生~結束の旗と独立宣言~  作者: Abel
一章・独立宣言編
9/70

一夜を過ごして




「そして問題がある」


「どうしましたか、竜王様」


 エルが音を立てないように戸を閉めると、エルの寝室にはエルと余の二人きりとなった。

 リンネは思い出したかのように不機嫌さを隠しもせずに炊事場の方に布団を持っていった。

 リューネからは、


「これがオレたちに出来る最大限の譲歩だ。何も聞かないし聞こえてない。うん、それだけでいい。姫様に変なイメージ植え付けるな」


 と言われた。まったくもって何を伝えたいのかわからなかった。

 二人っきりになってから、どうにもエルがそわそわとしている。布団を見つめながら、頬を赤らめて身体を震わせている。


「エルよ、どうした」


「ひゃう!? いえいえ。いえいえいえいえ! ななななんでもないですよ!?」


 何でもないわけがあるか。そんなに顔を真っ赤にして。溶岩の中に棲息するマグマスライムのように真っ赤だぞ。


「……落ち着け。落ち着くのだ、エリクシア・ヴァンピール。このくらい百年前の決戦に比べれば何も怖くないそうだ何も怖くない恐れることはないだってワシの目の前に竜王様がいるのだこれから捧げるのだそうこれは極めて幸せなことで――」


「何をごちゃごちゃ言っているのだ。お前が言い出したことだろう。早くするがよい」


「処女ですよっ!?」


 ……何がだ?


「……余は布団の使い方を聞いているだけだが」


「えっ。へっ!? ほわぁっ!? なんですと!!!!!!?!?」


 顔を真っ赤にさせたりさせなかったり。忙しい奴め。

 普段はこの時間には眠らないようだが、今日ばかりは余たちに合わせると言っている。

 本当に此奴は……やれやれ。


「ほれ、教えるがよい」


「ひゃわっ!?」


 未だにぶつぶつ呟いているエルを抱きかかえ、布団の上に放り投げ、再会した時の意趣返しも兼ねて馬乗りになる。

 必然的に余が押し倒したような格好になるが、このまま寝るのだ。構わない。

 布団の上に美しいエルの銀の髪が広がる。思わず手にとって指に絡める。

 ……素晴らしい手触りだ。これほどまでに美しい髪を、余は見たことが無い。

 竜王であった頃からエルは何も変わっていないはずなのだが、人になって感性が変わったのかもしれない。


「あ、あの……?」


 不安げに余を見上げるエル。頬の赤みは少し薄れたが、身体は緊張しているのだろう。


「こうしてお前の髪を触れる日が来るとはな」


「り、竜王様……?」


 竜の身体であったころは、どんなものでも触れれば壊れてしまった。

 壊れないとすれば、余と同じくらい強靭な身体を持つ魔族のみ。

 けれど余と並ぶほどの存在などいなかった。いなかったから、余は王であった。


「不思議だ。こうしていると落ち着く」


 エルの髪をつまみ、手の中で転がす。そのままゆっくりと手を動かし、エルの頭に乗せる。

 びくり、とエルの身体が震えた。壊れてしまわないように、優しく撫でる。


「百年経ってもなお、余に忠義を誓ってくれる……ありがとう。エリクシア」


「あ……っ」


 ぽろ、と。余の言葉がエルの何かを壊してしまったのだろう。

 目から大粒の涙を零しながら、泣きじゃくる。漏れる嗚咽を、抑えることができないのだろう。


「ちがっ、ちが。エルは、エルは……。守れなかった。竜王様を。竜王様、勇者に負けて、エルが、エルが止めれればよかったのに……っ」


 ――あぁ、なるほど。

 エルの過剰にも感じた、百年越しの忠誠。きっと、ずっと後悔していたのだろう。

 余の為に戦うと誓い、そして一軍を率いてたった一人の勇者に挑み、敗北した吸血鬼は。


「よい。結果的ではあるが、余はこうして生きている」


「でも、でも、でも……っ」


 拭いても拭いても溢れてくる涙を懸命に我慢しようとしているエルを、そっと抱き締める。


「今は泣け。今なら、余が抱き締めてやれる」


 エルと出会ったのは、ヴァンピールの一族を討伐しようとした人間たちを余が全滅させた時だ。

 だが初動が遅れてしまい、生き残ったのはエルだけだった。生まれたばかりのエルは、その日を境に一人となってしまった。

 余と同じ、たった一人に。

 だからだろう。余はエルを傍に置いた。戦う術を学ばせた。知識を学ばせた。長い時を生きる吸血鬼にとって必要になる。


「――あ、あの」


「どうした」


「も、もう大丈夫です。大丈夫、ですから……」


 抱き締めて昔を思い出しているうちに、エルが落ち着いてくる。

 ……ふむ。しかしこれは。


「エルよ、この布団とはどう使うのだ?」


「え、えと……布団は掛け布団と敷き布団に分かれてまして……その間に潜り込んで、挟まれる形となります」


 なるほど。だからエルと共に倒れた時に上下で布団の間にズレがあるわけだ。

 エルの言葉通りに上の布団を捲り、その中に潜り込む。……冷たいではないか。


「あ、あとは……入っていれば、熱が移って暖かくなります」


「なるほどな」


 エルを抱き締めたまま、掛け布団に包まる。エルには大きすぎる掛け布団は、膝を曲げれば余もすっぽりと入れる。

 布団に挟まれながら、エルを抱き締める。


「り、竜王様……?」


「エル、お前を抱いていると暖かいな。このまま眠らせてくれ」


「えっ。あ、あのその……っ」


 返事を聞かずに、エルを抱き締める。小柄すぎるエルは柔らかく、抱き心地が非常に良い。

 そして、暑すぎず寒すぎず。ちょうどいい暖かさだ。昨夜は周囲の警戒も兼ねて浅い眠りで過ごしたから、今日はよく眠れそうだ……。


(な、生殺しですか竜王様!?)




   *




「……昨夜はお楽しみでしたか、ラウル様」


「どうしたリンネよ。昨夜からずっと“じとめ”ではないか」


「そんなことないですよ。大丈夫です。別にラウル様には関係ないことですよ」


 翌朝。目を覚ませば余の腕の中でエルは可愛らしく寝息を立てていた。

 吸血鬼は日中の間は行動できない……というより、日光を苦手とする。

 無理をすれば行動できなくはないが、身体機能が著しく低下する。

 そういう特性を持つ吸血鬼だからか、エルは寝ようと思えばずっと眠っていられる。昔もそうして三日ほど眠り続けていることもあったくらいだ。


 眠っているエルを起こさぬようにそっと離れる。ずっとくっ付いていたからか、離れてしまうと少々寂しさが込み上げてくる。

 ……これからは頻繁にこうやって眠るとしよう。


「楽しみか、と聞いたな」


「っ」


 余の言葉にびく、と身体を震わせた。ふふ、ばればれではないか。


「そうだな。楽しんだとも。ああ楽しかった。初めての体験だったさ」


「は、初めてって……っ」


 余の言葉にリンネが頬を赤らめていく。はて、体調でも崩したのか。


「うむ。竜の身体でエルを抱き締めたことなどなかったしな。心地良くてそのまま眠ってしまった。なぜか慌てふためくエルは見てて愉快だったぞ」


「…………………はい?」


 リンネの頬の赤みが急速に引いていく。何を考えていたのだ、こいつは?


「姫様、頼まれていた薪割り終わりましたが――……どうしたんですか?」


「いいのリューネ静かにしてて私自分の浅ましさが許せないの……」


 部屋の隅に座り込んで、どうしたのだこいつは。

 もうそろそろ出発せねばエルに頼まれた花の収穫もできないだろうに。

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