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竜王の転生~結束の旗と独立宣言~  作者: Abel
一章・独立宣言編
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今は貧しくとも




「申し訳ありません。今はこのくらいが精一杯なのです」


 エルが用意してくれた食事は、リンネたちの保存用の食事よりも質素だった。

 麦を煮込んだもの。野草に火を通したもの。人数分に分けられた小さい干し肉。

 量があるわけでもない。心苦しそうにエルが言葉を漏らす。


「人間と魔族の共存を謳っている村ですが、内情はこの有様でして」


 干し肉を摘んで口に放り込む。小さいが、味はしっかりとついていて申し分ない。

 大食漢がいれば困ったものだが、幸いなことにリンネもリューネも文句は漏らしていない。


 エルが言うには、ここ数年急激に収穫量が減り、さらに知性を持たない獣たちに少ない実りすら漁られているという。

 それだけならばエルが出張れば解決するのだが、収穫量が減った状態というのは村人から気力をも奪っていく。

 表に出さぬよう皆誠心誠意勤めてくれるが、実りの少なさを目の当たりにしてしまうとどうしても、ということだ。


「それでも村人たちは、この村を出て行こうとしませぬ。ワシが何度行っても、この村から出ようとしない……ワシは、貧しい思いをさせるためにこの村を作ったわけではないのに」


 身体を震わせるエルに、リューネも余も何も出来ない。

 この村を作った経緯を知りたいリンネもまた、上手く言葉が出てこないのだろう。先ほどから複雑な表情をしている。


「……エリクシア様。お聞きしたいことがあります」


「なんじゃ、リンネ殿」


 強い決意を込めた瞳で、リンネがエルと向き合う。

 エルもそんなリンネの決意を受けてか、曇っていた表情を晴らす。


「食糧事情はともかく――エリクシア様は、人間と魔族が共存していける。そう確信してこの村をお作りになったのですか?」


「……そうきたか。うーむ。なんというか……ちょっと違うのう」


 リンネがこの村に訪れた理由は、まさにそれだ。

 人間と魔族の共存。今まで争っていた者同士で、手を取り合って生きていけるのか。


「ハッキリ言っておくのじゃ。人間と魔族、その全てが共存できるとは考えていない」


「っ……」


 エルの言葉に、リンネの表情が曇る。リンネの理想を、エルは真っ向から否定する。


「そもそも魔族は我が強く、己が一番大事じゃ。それが纏まり戦となったのは、一重に力を持って魔族を統一した竜王様の尽力あってこそ」


「で、では。強大な力があれば世を平和にすることができるということですか?」


 ……それは違う。だが余は言葉を挟まない。挟んではいけない。

 これは、これまでを生きたエルの口からでなければ、伝わらない。


「強い力で抑えつければ、必ず反発が起きます。竜王様が気付いていなかっただけで、暗躍する魔族は多かったのです」


 いや、気付いておったが。勝手に余の部下を名乗ったエルを含めた十の魔族たち。

 ハッキリ言ってしまえば、どいつも半信半疑だった。エルすらも。それくらい、余にはあやつらの言葉が薄かった。

 世界のため、魔族のため。そう言って擦り寄ってきて、目当てが余の力であることくらい、見抜いていた。


 だから、かもしれぬ。


 勇者に負けて、素直に敗北を認められたのは。勇者の語った力を羨み、眩しく感じ、興味を抱いたのは。


 どうでもいい(・・・・・・)

 余が部下たちに対して抱いていたのは、そんな気持ちだった。




 リンネは納得がいかない表情をしている。自分が信じた理想を体現した村に辿り着いたというのに、そこを造り上げた魔族がそれを半ば否定しているのだから。


「ワシがこの村を造ったのはじゃな……どいつもこいつも、腹を空かせておった。それだけじゃ」


「それ、だけ……?」


「ああ。敗北し、生き恥を晒し。竜王様の下へ帰れぬワシは放浪の末にここに辿り着いた。人間と魔族の争いによって大人たちがいなかった村に。――その時の村人たちは、ワシに食事をくれた。暖かい食事を、魔族であるワシに。驚いた。じゃが……飯を食った時に、泣いてしもうた」


 遠い日のことをまるで昨日のことのように、エルは語る。


「その時に感じたのじゃ。こんな暖かい飯が食えるなら――人間も魔族も“関係ない”と」


「……」


「じゃからワシは、最初の考えに辿り着いた。全ては上手くいかないだろう。けれど、共存を望む者は受け入れると」


 エルの姿勢は、間違っていない。そう余は断言できる。一つの答えだ。

 けれどそれはリンネが求めている答えではなかった。

 リンネが望むのは、全ての人間と魔族が共存できる世界。世界そのものの平和。

 エルの姿勢では望めない。エルはあくまでも、この村で満足している。


「――話にならねぇ。それが竜王に仕えた吸血鬼の答えかよ?」


 静寂に包まれそうになった空気を壊したのは、リューネだった。

 リンネはショックを受け放心しているが、リューネは違う。

 明らかに、憤慨している。リューネの思想は、リンネから得たものだ。

 裏切られたと思っているのだろう。リューネもまた、全部を守りたいと考えているのだろう。


「これ以上は、ワシは何も言わん。腹を膨らませたいと言っておきながら、昨今では満足な食事も取れてない現状ではな。ワシは今のワシが情けなくて悔しいぞ」


 いつの間にか食事は終わっていた。エル自身が食器を纏め、桶に溜めた水で洗っている。


 リンネもリューネも無言だ。……余は何も言わないほうが良いだろう。


「あ、そうそう」


 食器を片付けたエルが、先ほどまでと打って変わって微笑んだ。


「リンネ殿とリューネ殿。頼みがあるのじゃが。それと竜王様も」


 ……うむ?


「食糧が厳しい、というのは理解してもらえたはずじゃ」


「はい。……それはもう、早急に解決しなければと思うほどに」


 目的はすれ違えど、この村の状況を知ってしまった以上、リンネも黙ってみていられないのだろう。


「うむ。そこでリンネ殿と竜王様に山に向かって欲しいのじゃ……です」


 余を交えたからか、言葉が混ざっている。こうも使い分けされると妙にむず痒い。

 けれど言葉遣いを直せと言ってもエルは聞き届けないだろう。故に、無視しておく。


「山に、なにかあるのですか?」


「山の中腹辺りに、あの環境でしか育たない珍しい花が育っているのじゃ」


「花……ですか?」


 エルが言うには、その花に実る真っ赤な果実がほしいという。

 その実は一粒食べればとたんに腹を満たしてくれる魔法の実らしく、これまでもその実で飢えを凌いできたらしい。


「あの実があれば、これから訪れる寒気も越えられるのじゃ」


「なんで姫様がそんなことを――」


「おや、滅んだとはいえ王国の者が一宿一飯の恩をないがしろにすると?」


「う、ぐ……」


 どこからどう見てもリューネの負けである。してやったと笑うエルと唸り声をあげるリューネをリンネは微笑ましく見守っている。

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