エリクシア・ヴァンピール
「失礼、取り乱しました」
「……………えーと、あのー。貴女が、この村を作った吸血鬼――エリクシア様、ですよね?」
余の上からどいたエリクシア――エルがリンネと向き合う。
余に抱きついた上に頬ずりまでしてきたエルの姿はもうそこにはなく、咳払いをして和装を正している。
けれどリンネもどのような態度を取ればいいかわからないのであろう。無理もない。エルを慕っているであろう村人たちでさえ、先ほどのエルの行動に眼を丸くしているのだから。
一部は放心すらしているではないか。エルめ、普段どういう態度で村人と接しているのだ?
「そうじゃ。ワシがこのグレシャス村を作った――ああそうです竜王様の種族名を付けさせて頂きましたが大丈夫ですか何なら今すぐ改名しますさあすぐに命令を!」
「……そのままでいい。そのままでいいから、リンネの話を聞いてやれ」
「はいっ!」
……百年前のお前はもっと冷静沈着で吸血の一族を纏め上げた天才であったはずだが。
いやはや、あの頃から此奴だけは余に忠義を誓ってくれていたが、まさかここまで変な方向に捻じ曲がっているとは。
「ここじゃ話がしずらい。ワシの屋敷に行こう」
余にちらちらと視線を送りながら移動の提案をしてくる。
別に断る理由はない。
だが、宿を探しているリューネが未だに戻ってこない。あやつを待たなければ、迷子になってしまうであろう。
「すいませんエリクシア様。私の騎士が宿を探してまだ戻ってこないのです。恐らく手当たり次第に村人と交渉している筈ですが」
「ああそれなら安心するが良い。お主も騎士も纏めてワシの屋敷で休めばよい」
「いいのですか?」
「勿論じゃ。というか是非とも休んでくれ。……竜王様とお話もしたいし」
何故だろうか。余は物凄く逃げ出したい気分だ。
エルは隙あらば余を見ては目を細めている。ジト目、と言えば良いのだろうか。何か機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
だがまったくといっていいほど原因が思い浮かばぬ。うーむ。どうすれば。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
*
「なんつーか、普通っつーか」
「リューネ。失礼ですよ」
「す、すいません……」
「いいのじゃいいのじゃ。気にしとらん」
呼び戻されたリューネの意見も最もではある。エルの屋敷は、とても屋敷と呼べるほどのものではなかった。
他の家屋のおよそ倍程度の大きさである。村人の家が四人で暮らせば狭いほどだから、エルの屋敷も許容人数は多くはない。
それでも、この村で一番大きな家である。
「村人たちと同じで良いと言ったのじゃがの。誰も納得してくれなくての」
そう言って、困ったようなことをいいつつも実に嬉しそうだった。
それだけ慕われているのだ。村人たちも、エルを特別に扱いたかったのだろう。
村人たちの反応を見れば、どれほどエルが村に貢献してきたかがわかる。
屋敷にお邪魔して、エルについていく。
家の造りは非常に分かり易い。知識が浅い余でもわかる。
入って右に進めば炊事場、左に進めば談話が出来る部屋が二つほどある。寝るのはこの談話の部屋ですればいいし、食事は炊事場に椅子がある。
人間の文化としては立派とはいえないだろう。所々脆そうな部分もあるし、風も吹き込んでくる。
「こんなところに姫様を寝かせるだなんて……せめてマシなベッドでもあれば」
リューネはぶつくさとぼやきながらリンネに続く。リンネを慕ってるリューネからすれば、もっと質のいい場所で寝泊りしてほしいのだろう。
ただでさえ長旅で不自由をかけてきたことを気にしているようだ。
「安心するが良い。来客用の布団くらいちゃんと上質なものを用意しておるわ」
「す、すいません……。ありがとうございます」
聞こえていたのだろう。エルが笑いながら振り返る。
リンネが諌めようとするも、無言で制している。
僅かの間でリンネとリューネの主従関係を見抜いたのだろう。そこらへんの観察眼は、昔から変わっていない。
「だが生憎と上質な布団は二組しかなくての。騎士よ、悪いが」
「ああ。オレは別になんでもいいぜ。寝られれば何処でも大丈夫だ」
騎士の長をしていたというわりに、リューネは粗野で乱雑だ。悪く言っているわけではないが、今の状況では非常に助かる。
これでリューネが「オレも良い布団じゃなきゃ嫌だー」などと騒いでいたら……まあ、リューネの性格上有り得ないが。
「もう一つは竜王様がお使いくださいな」
「む。しかしだな」
良質な布団、というのは二つしかない。一つはリンネが、もう一つはエルが使うべきであろう。
そもそも余は布団というものをよく知らない。人間たちが好んで使ったり、一部の魔族が寒さを凌ぐために使うくらいという認識だが。
「余も適当に眠れるが」
「なりません。なりません。たとえ竜王様がよくてもワシが嫌です。竜王様に無礼を働くなど、ワシにとっては天地がひっくり返っても出来ませぬ!」
「だ、だがな」
「そして今の竜王様は人間なのです。どうかご自愛を。人の身体というのは、竜王様が思うより遥かに脆いのです」
う、ううむ……。
エルが一切引き下がる意思を見せない。だが今の余は竜王ではなく人間だ。慕ってくれるのは嬉しいが、それこそエルを不憫な目に遭わせてしまえば、村人たちに申し訳が無い。
「り、竜王様が引かぬのであれば、一緒に寝てもらいます!」
「あら」
「げ」
「……まあ、それくらいならばいいか」
エルの提案を飲むとしよう。幸いなことにエルは小さい。小さすぎる。布に包まるくらいならば容易だろう。
「ほ、本気……ですか?」
「本気もなにも、そうしなければお前は引き下がらないだろう?」
「そ、そうですが……うあうあ~~~~~っ!?」
む。エルが顔を真っ赤にして部屋の隅にある布の山に突っ込んでいったぞ。
あれが布団のはずだが……どうしたのだ。
「待て待て落ち着け落ち着くのだエリクシア……っ。そう今こそ好機。千載一遇の好機。以前は竜の身体であったため結ばれること叶わなかったけど、今の竜王様は人の身体。つまり……竜王様の寵愛を受けられるまたとないチャンスなのじゃ。そう、竜王様の御子を孕むためにも……っ」
何を呟いているかは聞こえなかったが、布団の山からようやくエルが出てきた。大きく深呼吸しているが、未だ顔は真っ赤なままだ。
余に背中を向けてガッツポーズしている。どうしたのか。
「……ラウル様って、ジゴロなところもあったんですね。ちょっとショックというか……わ、私も……っ」
「落ち着いてください姫様。あいつは絶対に意味理解してませんから。セーフですセーフ。落ち着いてください。というか何故姫様まで過剰に反応してるんですか!?」