雪原を進んで
「しかしこうなんというか、お前は火の魔法とかは使えないのか?」
「五月蝿いな黙って見てろよっ」
雪原を進んでいるが、中々ペースが悪い。リューネが剣を使って器用に雪かきしながらでは流石に思うように進まない。
騎士として剣で雪かきしていいのか、と思うが野暮なことは突っ込まないことにしよう。生憎とまだリューネは余を信用してくれていない。
別に雪かきをしなくとも進むことは出来るが、進路を確保することについてリューネが折れてはくれなかった。
確かに余とリューネならば容易くとも、リンネには辛いかもしれない。そこを配慮しての意見だろう。
そんな余たちの会話をリンネはにこにこと見守っている。
「ラウル様。人間は一つの属性しか使えないのです」
「そうなのか?」
「はい」
リンネが言うには、人間は生まれながらに魔法の素養があるかが分かれる。
魔法が使える者と、使えない者。そこからさらにどの属性が使えるか適正が分かれるらしい。
「通常の四属性――火、風、水、土。そして闇と光の六つに分類されています」
両手で指折りしながらわざわざ数えてくれる。うむ、実に可愛らしい仕草だ。
魔法の属性ごとの役割などは余もわかっているが、此処は復習のために口を挟まないでおこう。
「火は炎を生み出し、操り、物体を焼き、明かりにもなります」
リンネの言葉は続く。
水は水を生み出し、操る。物体を洗い、流したりする。
風は運ぶ力である。風を操り、何かを裂くことも出来る。
土は育む力である。土魔法を極めたものがいれば、どんなに痩せこけた土地も豊かな土壌に変えられるという。
闇は深遠。夜を司る力。人の心に強く作用する魔法。
光は希望。空を表し、闇とは正反対の方向へ人の心に作用する。また、光源としても役に立つ。
一概にどれが重要かは比べようが無い。どれもが大事で、かけがえのないものだ。
「知恵のある魔族であれば五つは扱えたが……そうか、人間とはまた違うのだな」
「はい。やはり魔族と比べると人間は弱いのです」
「んなことねーっすよ姫様。心具を得たことで人間は――」
「リューネは黙って雪かきしててください」
「うす」
リューネが不憫ではないか?
黙々と作業に戻るリューネだが、何が嬉しいのか鼻歌交じりに雪かきを続けている。
リューネがあけた道を、進む。
「リューネは風の魔法を使うことが出来ます。申し訳ないことですが、私は魔法が使えないのです」
「ふむ……適正がなかったのか」
「はい。残念ですが、七人いる兄弟姉妹の内、私だけが魔法の適正も武芸の才も持ち合わせなかった落ち零れなのです」
「それは違いますッ!!」
リンネの言葉に同情を覚える間もなくリューネが割り込んできた。
「確かに他の王子、王女様たちは皆秀でたものを持ち、魔族との戦いには先陣を切るなど武勇伝を積み重ねていきました。けれど、姫様は違います。姫様は唯一、人間と魔族の共存を考え、それを成そうとしている。落ち零れなんかではありません。秀でたものを得なかったからこそ手に入れた、平和の象徴なのですっ!」
熱弁をふるうリューネの姿は、素顔こそ見えないものの、心の底からリンネを敬愛している感情が感じ取れた。
一介の騎士にここまで情熱的に敬愛される。その姿こそ、リンネの本性なのだろう。
「そうだな。余も、そう思う」
「ラウル様……?」
「その心意気、立派である」
本来であれば他の兄弟姉妹と比べられ、劣等感に苛まれてしまうだろう。
魔族の中でもそういう存在は数多くいた。その中には世を恨み、一族を裏切る者も少なくなかった。
けれどリンネは、そんな中でも懸命に自分が出来ることを探したのだろう。
無力な自分でも、出来ることを。
だからこそ辿り着いた、人間と魔族の共存という答え。
実に、美しい。
リンネの頭を撫でる。触り心地の良い手触りだ。さらさらの髪を崩さないように、丁寧に撫でる。
「あっ……」
「ど、どうした!?」
不意打ち気味に撫でてしまったからか、リンネの瞳から大粒の涙が零れ始めた。
慌てて手を引っ込める。気に障ることをしてしまったのか、嫌だったのではないか。
「す、すみま、せん……っ」
泣き出してしまうリンネを前に、頭の中がまっしろになる。必死に涙を抑えようとするリンネを前にして、何も出来ない。
「――姫様を泣かせるんじゃねえよ」
「わかっている! 泣かせるつもりなどなかったわ!」
雪かきをしていたリューネが剣を構えて迫ってくる。今にも心具を使ってきそうなほどの殺気だ。
わかっている。わかっているが……泣くのを止める方法など、余は知らないのだ。
今までずっと、誰しもが勝手に余に従ってきた。少女などど関わることなどもなかった。
間接的に弱き者たちを守っていただけで、余は何もできないのだ。
「だい、大丈夫です……ちょっと、思い出しちゃっただけで……」
涙を拭いながら、リンネが次第に落ち着いていく。リューネはすかさず涙を拭い、リンネに言葉を掛けている。
「ごめんなさい、ラウル様。もう大丈夫ですから」
「姫様。やっぱりこいつは村に連れて行くのをやめましょう。何があったかは知りませんが、姫様を泣かせる奴をオレは信用できません!」
「――それはダメです」
余も感じたこと。余はこの二人と関わらないほうがいいのではないかという思いを、リンネが振り払う。
リンネにどのような思惑があるかはわからない。だが、心の底から世界の平穏を、人と魔族の和平を願っているのは確かだ。
「行きましょう。足を止めている暇はありませんよ」
ころっと表情を変えて、笑顔を浮かべる。
呆気にとられつつも、リューネの舌打ちに現実に引き戻される。
重い空気になってしまったが、リューネは黙々と雪を掻き分け、リンネの為の道を作る。
まるで、これからも、これまでもそうであるかのように。