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竜王の転生~結束の旗と独立宣言~  作者: Abel
一章・独立宣言編
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今を知り、これからを知る。



「まぁ! では貴方様があの竜王様なのですね!」


 バレてしまった。

 というかこのリンネという少女、今の今まで猫を被っていたのだろう。

 夜営の為のテントを建て、眠くなるまでの談笑交じりに余のことを語ると途端に目を輝かせおった。

 記憶喪失とでも言えばよかったが、転生したと言ってしまったし。何より嘘は吐きたくない。

 その所為で余が魔族であったことも竜王であったことまで話さねばならぬ事態となり、口を滑らした結果さらに目を輝かせおった。


 むぅ。恐れられているはずだが……。余はガイア聖王国に侵略を始めた張本人であるというのに。

 怯えるどころか楽しそうに余の話を聞いている。

 そんなリンネとは裏腹に、余の過去を知ってリューネがあからさまに余を警戒している。

 唸るな。獣かっ。


 ……その代わりといってはなんだが、今の時代の話もいろいろと聞けた。

 まず、この時代は余が勇者に討たれてから百年ほど経っている。

 そして驚くべきことに、人間と魔族の争いは未だに続いているという。


 余の敗北によって、勇者による魔族粛清でも始まるかと思ったが……違うようだ。

 勇者は余を討ったことを当時の王に報告した後に姿を消したらしい。

 勇者が姿を消せば当然人間側に混乱が生まれる。ばらばらだった魔族側は生き残った者たちによってある程度が纏められ、混乱している人間たちと戦況を膠着状態に持ち込んだ。

 見事な手腕ではある。だが、それでも百年も争いが続くのだろうか。


 勇者がいなければ、人間側が圧倒的に不利であることは否めない。余を失ったところで魔族の優位性は何も変わらないはずだが。


「……なるほどな。それであの『心具』とやらの登場か」


「鋭いじゃねえか」


 突き立てた余の旗に背中を預けながら、リューネがこちらに視線を向ける。

 しかし此奴、一切食事を摂ろうとしない。兜を外そうとすらしない。

 信用されていないのがわかるが、食事をせずに身体が持つのか。そのような小柄で燃費が良いとしても、男性である以上しっかり食べて肉体を鍛えなければ成長できないだろうに。


 リューネが剣を引き抜いてこちらに見せてくる。刀身に文字が刻まれているのがはっきりと見える。

 余が生きていた時代の精霊文字だ。今では古代文字と一括りにされてしまってらしいが、読むことは出来る。


「心具とやらは、そんなにも強力なのだな」


 先ほどの『空を穿て、慟哭の風クレッシェンド・ストゥルム』を見ての感想だが、確かにあれほどの威力が出るのであれば魔族との戦いを膠着に持っていくことは容易いだろう。

 いや、それ以上だ。膠着だけではない。勝利することも出来るはずだ。余が興味を抱いた勇者の力ではないにしろ、それは人間が手に入れた生き残るための力だ。

 正直に言って、余は人間との戦いにおいて勝ち負けは気にしていない。所詮この世は強いものが生き残り、弱いものは淘汰される。

 それが自然の摂理だ。弱いものは強きものに守ってもらわなければ、生き残れない。


「……ヒトの世界にも色々あるんだよ」


 バツが悪そうに語るリューネは剣をしまうと、再び外に視線を向けた。これ以上の追求はしてはいけないと判断し、リンネのほうに向き直る。

 リンネと違いリューネは未だに余を警戒している。とはいえ、人間となり旗しか持っていない余よりも周囲に潜んでいる魔族のほうが脅威なのだろう。

 うむ。そればかりは人間になってよかったと思えるな。


「それで竜王様は、どうして人間に転生なされたのですか?」


「知らん。気付けばこの身体となっていた」


「何か、意味があるのでしょうか……?」


 意味、か。

 余が人間になる。それは死の間際に余が抱いた人間への興味から来たものだとしたら、随分と意地悪な転生である。

 非力であることはまだいいが、成人として目覚めさせた上で全裸。そして人との交流が険しい地域での覚醒など実に不自由極まりない。


「意味があろうとなかろうと、どちらでもよい。転生した以上はこの世を謳歌するだけよ」


 何しろ人の営みには長い間興味を持っていたしな。

 勇者の力への興味もあるし、人間として暮らすことは期待に胸が高鳴る。

 とはいえ人の暮らしとはある程度の知識はあれど、実際のことはなにもわからない。

 ……やはり此処は、リンネたちに同行させてもらうのが一番だろう。


「リンネ。お前たちは雪原の先の村に向かい、何をしようというのだ?」


「そうですね……。隠すほどでもないですか」


 居住まいを正して、リンネが真っ直ぐに余を見てくる。


「この先の村は、グレシャス村と呼ばれています。この世界で唯一、人間と魔族が協力して生活している村であると聞いています」


「……ほう。人間と、魔族が」


「そこにいるとされる、吸血鬼に会いに行くのです。どうすれば人と魔族がこれ以上争わないで済むか、知るために」


 力強い瞳をしている。余の好きな瞳だ。長い旅の間も手入れを欠かさなかったのだろう。腰まで届きそうな美しい桃色の髪とスカイブルーの瞳は、リンネを一際愛らしく、輝かせて見せる。

 可憐で美しい。一国の姫であることを疑わせぬ。その仕草も佇まいも、一つの芸術の領域に達している。

 中身はまだまだ興味が出たものに真っ直ぐな子供のようだが、その中身とは裏腹に重たいものを背負っている。


「余も同行しても?」


「勿論ですっ。竜王であった貴方様であれば、吸血鬼様も話をしてくれるかもしれません!」


 それは期待してはいけないと思うがな。そもそも相手が余を竜王だと信じるわけがない。

 なにしろ余は敗者だ。魔族の中で負けたものは死ぬか殺される。生まれ変わったとはいえ、負けた事実が残る以上余は魔族にとって汚点とも言える。


「……でも、お名前がないのは不便ですよね」


「別にどうとでも呼んでくれればいいが」


「いけません。名前とはとても大事なものなのです。他人を尊重し、敬愛する。自分を確立するために必要なものです」


「むぅ。だが」


 名を考えるなど今までしたことなど一切ない。名は重要なものであるという認識はあれど、今まで余には不要なものであったしな。

 これから人の世界で暮らすならば確かに必要ではあろう。だが残念なことに、何も思い浮かばない。

 うーむ。うーーーむ。


「……ラウル、などはいかがですか?」


「む?」


「姫様!?」


 少し考え込んで、リンネが口にした言葉。

 リューネがぐるりと向きながら驚愕の声をあげる。その名には大事な意味でも込められているのか。

 ラウル。……ラウル。


「ラウル……か」


 ふむ、口にしてみてじんわりと余の中に溶け込んでいくような気がした。

 その名にどのような思いが込められているかはわからない。

 だが、リンネは微笑んだままだ。この名前を使って欲しい、という思いが感じられる。


「リンネ。ラウルという名、ありがたく使わせてもらう。これから余のことはラウルと呼んでくれ」


「はいっ。よろしくお願いしますね、ラウル様っ」


 ……様?

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