全裸はダメだそうです
「何故だ。何故私が衣服など身に着けねばならない!?」
「五月蝿い話は服を着てからだこのすっとこどっこい!」
何故人間はこのような動きを制限するものを着るようになったのだ!?
あんなもの着るだけ動きが疎かになるし、暖は取れるかもしれないが手入れも面倒ではないか。
魔族の上位に存在する者たちは礼儀としてすーつ、というものを着こなしていたが、私には不要のものであった。
「っち……ほらよっ!」
「む」
拉致があかないと、騎士が転がっている馬車から荷物を漁って持ってくる。
受け取ると、少し汚れてはいるがズボンとローブのようだ。特に魔力への対策も施されていない、ただの衣類だ。
話をしようにも明らかに警戒されている。……ううむ、仕方ない。
ズボンに足を通し、ローブを首に巻く。ピッタリのサイズであり、騎士の見立ては中々鋭いようだ。
けれど、動き辛い。まだマシなほうだが、動き回るのであれば服を着た分の重さも考えなければならないではないか。
「……これで話ができますね」
ようやく少女がこちらを向いてくれた。
「ありがとうございます。旅の御方。私はリンネ・アッシュクラウン・オーバードガイア。ガイア聖王国の王女です」
ドレスの裾を摘んで一礼してくる、実に優雅な動作である。
舌打ちと共に、騎士も少女――リンネに続いて言葉を吐く。
「リューネだ。リューネ・モルドレイト。聖王国騎士団所属、第三騎士団隊長及び、リンネ様の護衛だ」
「王族なのか、貴様は」
「……はい。今となっては、飾りにもならない肩書きですが」
「む?」
それはおかしい。ガイア聖王国といえば、かつて余が戦いを仕掛けた人間たちの最大国家だ。
肩書きが飾りにもならない、とはどういうことだ。王女であれば、その肩書きは十二分に通用する筈だ。
「……お前、なんも知らないのな。南の出身か?」
呆れたような、けれどリューネの声にはかすかに怒気が混じっている。
無知は罪とはよく言ったものだ。余の態度がリューネの機嫌を損ねてしまったようだ。
けれども知らねばならぬ。余はなにも知らない。故に、知らねばならない。余が死んだ世界のその後を。
「知らぬ。飾りにもならない、とはどういうことだ?」
頭の中が混乱している。頭を過ぎった考えがあまりにも有り得ないことで、馬鹿馬鹿しいと悪態を吐いてしまうほどに。
「王国は、滅びました」
「な……っ」
悲しげに目を伏せるリンネの言葉に、リューネは身体を震わせる。
「王国が、滅んだだと!?」
馬鹿な。馬鹿げている。勇者が現れたとはいえ、余が従えた軍勢をもってしても落とせなかった難攻不落の国家だったのだぞ!?
リンネはそれ以上の言葉を吐かない。両手で肩を抱き締めて、思い出すのも辛いのだろう。
……余の質問は、確かにリンネにするものではない。王女という立場であるならば、自分が愛した国が滅ぶ様を語るのは酷だろう。
「……済まぬな。余が浅はかだった」
「……いいえ。すみません」
謝られた。謝罪すべきは余だというのに。
重くなってしまった空気に耐えかねる。折角人間になったというのに、これでは前途多難ではないか。
王国がどの場所にあるのか、そもそも此処が何処なのかすら知らなければならないというのに。
「そうだ。此処は一体何処なのだ。目覚めればあの雪原にいたのでな」
雪原を指差して尋ねると、リンネが目を丸くし、リューネが驚嘆の声を上げる。
う、うむ? 何かおかしいことを言ったのか?
「え……あの雪原を越えてきたのですか!?」
「越えたというか、あの中で目覚めたが」
「裸でしたのに!?」
「少々冷えたが、別に」
別に耐えられぬ寒さではなかったし、強いて言うなら雪が柔らかく沈む所為で歩きずらいというだけだが。
「私たちは、あの雪原を越えようとしていたところなのです」
「ほう」
どうやらリンネとリューネはあの雪原を越えた先にある村が目的地らしく、その途中でゴブリンの群れに出会ってしまったらしい。
リューネが使った『空を穿て、慟哭の風』は、僅かだが詠唱の時間を必要とする。それ故にリンネを守り使うには不向きであったようだ。
で、そこに余が通りがかった。うむ、ナイスタイミング。
「言っておくが、感謝はしねえぞ」
そっけなく突き放され、横転した馬車へと向かう。馬は逃げてしまったし、車輪が壊れてしまっている。荷物は無事なようだが、これでは馬車として機能することは無理だ。
「歩いていきましょう」
「姫様っ!?」
「リューネ、最低限の荷物を纏めてください。幸いにも村まであと一日ほどで着ける筈です」
「いやそれは馬車を使ってオレが雪を退かせたらの話でっ。オレが荷物を持ったら姫様を守れないでしょうが!?」
詰め寄るリューネに、穏やかな笑みをリンネが返す。そのまま余を見て、再び微笑む。
「護衛は……えと……すいません」
「どうした?」
「お名前、聞かせてもらいませんか?」
尋ねられて、はっとする。そうだ、余には名前と呼べるものが無いではないか。
グレシャスドラゴンという種族名はあれど、余が最後の一匹であり竜王でもあった。竜王になってからは竜王様としか呼ばれなかったし。
今の余は人間だ。すなわち個体を識別する名前が必要になる。
「……すまぬ。余には名前がない」
この場で咄嗟に名乗れるほど豊かな発想力を併せ持っていないのが悔やまれる。
しかし余は余なのだ。名乗ることなど考えもしなかった。
あれか、いっそ竜王が生まれ変わったと告げればいいのか!?
「名前がない……そういえば、生まれたばかり、とも言ってましたよね?」
「そうだ。余はこの雪原で目覚めた。転生した、と言ったほうが正しいか?」
リンネの瞳が、余を貫く。けれどそこには余を疑う意思は微塵も感じられなかった。
「もうすぐ陽が落ちる頃です。今夜はここで夜営をしましょう」
……どうやら、根掘り葉掘り聞かれそうである。何処まで竜王であることを隠し通せるか。