ある日の<俺>9月20日。 彼岸花立ち上がる
今日は彼岸の入り。
道理で。
都会過ぎないこの街の、あちこちに真っ赤な彼岸花の群れ。見れば驚くほど鮮やかな花なのに、咲き始めるまで誰も気づかない。忍者みたいなやつだな。そういえば、「忍び花」という異名もあったっけか。
この花は、ことに群落となるとまるで紅蓮の炎が燃え盛るようにも見える。けれどもちっとも熱くなく、さらに秋めく日差しの中で、ひいやりと花弁を広げている。
滝川さんちの土蔵のそばにも、四、五本ばかり咲いている。というか、いきなり立ち上がったように見える。
「昔、飢饉の時なんかは、あの花の根っ子を食べたというよ」
と、滝川のお爺さん。台風一過、今日は一転晴れ上がったので、また土蔵整理のお手伝いだ。
「え? でも、彼岸花って毒があるんですよね?」
驚く俺に、お爺さんは頷く。
「だから、食べられるように工夫したんじゃよ。粉にして、水によぉくさらして、毒を薄めたらしい」
「美味しいんでしょうか?」
俺の抜けた質問に、滝川のお爺さんはにやり、と笑った。
「試してみるつもりなら、あそこにあるの、掘っていいぞ?」
「・・・いえ、遠慮します。美味しいもんなら、今でも食べられてるはずだろうし」
ほっほっほ、と笑う滝川のお爺さん。
・・・温厚に見えるけど、実は結構ヒトが悪いかも?
お爺さんの鉄道唱歌は、大阪まで来た。東海道の旅は、もうすぐ終わりだ。