ある日の<俺> 8月26日。 顧客サービスは大切
ボロといえどもビルなので、全体をバルサンするのはやっぱり難しい。
専門業者呼ぶか? でも、ビルのどの辺りに棲息してるんだろう、カマドウマ。
山田さんに頼まれた買い物を届けたついでに、世間話に「うちにカマドウマの死骸が・・・」と言いかけたら、「それ、何? 初めて聞いた」と驚かれた。見たことないのかな。思いついて、
「便所コオロギとも呼ばれてるらしいです」
と言ったら、「ああ、あれか。でっかいし、いつ跳びあがるか分からないから、確かに怖いよね」と同情された。
「あれってじめっとしてる所に出るんだけど、お宅は湿気が多い方?」
そう聞かれて考える。
うーん、どっちかといえば乾燥してる方だな、あのビル。ボロだけど、じめじめはしていない。屋上菜園には土もあるし、水やりとかするけど、あそこであの虫を見つけたことはない。
「もし、その猫がくわえてきたのが一回だけだったら、別に家に湧いてるわけじゃないと思うなぁ。きっとどっか別の所から獲ってきたんだよ」
うーん、そうかも。この前は屋上に来る雀を獲ろうとしてたし、夜にはヤモリを苛めてたし・・・(猫の狩猟本能だからしょうがない) あいつ、夜陰に乗じて狩りに出かけてるのかも。
もう少し、様子を見るか。
「あ、山田さん。買い物、それでいいですか? 足りないもの、あります?」
「うーん、あんぱん食べたかったけど、買い物リストにかかなかったから。それにしても、骨折なんてするもんじゃないよねぇ・・・」
山田さんはフリーのカメラマンらしい。普段はあちこち駆け回ってるんで滅多に自宅に戻らないらしいが、取材先でなんでもないところで転び、右足を骨折したので、この際静養しろと懇意の編集者に説得されたらしい。
俺はその編集者に「買い物だけしてやって欲しい」と依頼された次第。山田さんは通販が嫌いなのだそうだ。
色んな人がいるなぁ。だから俺もこの仕事をやっていけるんだ。
今日はこれから犬の散歩の依頼をこなして、帰りに山田さんにあんぱんを差し入れることにしよう。
これも顧客サービス。こういうのがまたのご依頼に繋がるんだよな。
俺って堅実。