ある日の<俺> 2025年1月20日 大寒 春の灯
凍りついたアスファルトの上を、排気ガスが生き物のように這い回る。
信号待ちの交差点、ぼんやりと眺める冬の蜃気楼。錯綜するヘッドライト。右折車が対向車の切れ目を狙っている。
襟元、見えない冷気が忍び込む。ネックウォーマーに顔を埋めるようにして耐える。凍えた手に、手袋は役に立たない。ただただ悴んでいる。
大型トラックのヘッドライトに照らされて、雪が散る。息が凍る。信号はまだ変わらない。黄色点滅、あと少し。
寒くて、寒くて──
闇の中、雪が凝って花になっていくさまをじっと見ている。風に散らされた雪が、数えきれないほどの花に凝る。
あれ? 雪じゃない。あれは雪じゃない。花だ。白い梅の花。道路わきの古木がたくさんの花を咲かせている。昼もここを通ったのに、ちっとも気づかなかった。
こんなにも寒いのに、お前は春を忘れていなかったのか。
な忘れそ
春な忘れそ
梅の木が教えてくれている。春を忘れるなと。どんなに寒くても、必ず春は来るのだと。
大寒の、こんな寒い日に突然逝ってしまったお得意さん。まだそんな年じゃなかった。寒がりで、冬は苦手だと言っていた。
『今日も寒いねえ』
そんな会話をしていたのは、ほんの数日前のことだった。
『今年は特に寒いように思いますよ。春はいつ来るんでしょうね』
両腕を擦りながら俺が嘆くと、梅が咲かないとね、と彼は笑った。
『故郷の里では、梅が咲いたら春なんだ。
野山がいっせいに花に包まれて、蝋梅に連翹、木瓜の花、桃に桜も加わって』
『それは見事な光景でしょうね。いいなあ、花盛りの春かあ』
『紅梅より白梅が先に咲く。だから故郷では白梅のことを春の灯と呼ぶんだよ。
暗い冬の終わりを告げる春の灯……』
ここに春があるよと、白梅の灯した明りに励まされて花たちが咲き、互いに励まし合いながら冬を押しのけ春を広げていくのだと、そんな昔話があるのだと教えてくれる。
『春のともしび。なんか、素敵ですね』
『だからかな、俺は花の中でも白梅が一番好きなんだ。
冬の闇に春が灯ると、心にも春が灯るような気がする。あたたかくなって──』
そう呟いたときの彼からは表情が抜け落ちて、とても虚ろに見えた。漠然とした不安に襲われて、俺はつい彼の名を呼んでいた。
『どうかしたかい、何でも屋さん』
不思議そうな顔。
『……いえ、何でも』
『そう? ──ああ、久しぶりに旅に出たいな。梅が咲いたら旅に出よう
春を追って旅に出るんだ』
雪のちらつく鈍色の空を見上げた彼の、磨き上げた水晶のような透明な瞳。ここではない遠いどこかを見るような……自分の命が潰えるときを知っていたのか、それとも──。
いや、彼は寒い冬に春の灯を見つけて、励まされて咲く花たちを見るために旅に出たんだ。きっとそうだ。
浅い春の訪れとともに去った人。出会いも別れも、いつも突然だ。
だけど──。
な忘れそ
春な忘れそ
忘れないよ。
大寒の話を今頃…。風邪を引いてひと月以上経ちます。
インフルではないのですが、治りがけに雪に降られて悪化。胃に来てしまって、柔らかいものしか食べたくない状態に。たまに普通のものも食べられるのですが、どうにもムラがありまして。今もおじやを炊いてます。これを読んでくださった皆さまも、どうかご自愛ください。




