ある日の<俺> 2023年3月22日 春分の日の翌日
桜ももう、満開ですが……。
あ、と思って俺は立ち止まった。
だって、桜の花が開いてきてる。
このところずいぶん蕾が太ってきてたけど、一昨日ここを通ったときは、まだ咲く気配が無かったんだ。
昨日は春分の日で、びっくりするほど暖かかったから、それで目を覚ましたんだな。花の周りの、これから開いていくだろう丸いピンクの蕾が、ころん、と鈴ラムネみたい。かわいいなぁ。
ここは昔高等学校だったらしいけど、統廃合で廃校、その後は役所の庁舎として使われている。桜は、かつて校庭を囲むように植えられていたというが、今は駐車場になってしまい、わずかに東側の列が残されているのみ。
開花し始めた木は、その列の一番南端だ。等間隔で、同じように日を浴びているだろうに、やっぱり南から咲くのは……なんか、不思議だ。
そう思いながら、俺はスマホのカメラを立ち上げた。──うん、俺もついにガラケーからスマホになったんだよ。元義弟の智晴がさぁ……。
カシャ、と桜のベストアングルを撮る。午後の明るい空の下で、開き初めた花たちが笑ってるように見える。
『桜が咲いたよ』という件名で、娘のののかに送信。ののかにも、このかわいい花を見せたくなったんだ。
そうしたら。そのののかからもメールが来てた。同じように画像が添付されている。
『春だね!』
俺がいま見ているのと同じような、丸くふくらんだ蕾たちと開いた花たち。
あ──昨日来てたのか。忙しくしてて気づかなかった。でも、うれしいな。あの子も俺に見せたいと思ってくれたんだな。
ののかのくれた画像と、目の前の桜と。濃いピンクの蕾、薄紅の花びら。昨日の曇天と、今日の青空を繋いでいる。日本全国にある桜が、俺と大切な人たちを繋いでいる──。
そんなふうに考えたら、涙が出そうになった。いい大人というのに。
離婚後、元妻の許で暮らす娘にはなかなか会えないけれど、でも。きれいなもの、うれしいものを、俺は娘に見せたいと思っている。きれいなもの、うれしいものを、娘も俺に見せたいと思ってくれている。
俺は、幸せだ。